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無糖カフェオレと甘いイチゴ
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『政弘さん』は不確かな約束とおやすみのキスを残して帰っていった。
愛美はため息をつきながらテーブルの上のカップを片付ける。
(政弘さんと付き合いだして4か月くらい経つけど、泊まった事って一度もないな……。あ、最初の頃に私が酔いつぶれたときに、家がわからなかったからって言って、一度だけ政弘さんの部屋に泊めてもらった事があったけど……それ以外はないな……)
お互いに大人の恋人同士なのだし、一人暮らしをしているのだから、たまにはどちらかの部屋に泊まっても不思議はない。
だけど『政弘さん』も愛美も、お互いの部屋を行き来はしても、「泊まっていけば」とか「泊めて」とか、言われた事もなければ言った事もない。
(私から言うのは照れくさいっていうのもあるけど……ただでさえ付き合う前に散々醜態晒してるのに、わがまま言って嫌われたりとかしたくないし……)
大嫌いな緒川支部長から、好きだから付き合ってくれと一方的に言われ、成り行きで仕方なく付き合い始めた。
緒川支部長は仕事を離れ素の自分に戻ると、見た目も話し方も性格も別人のように優しくなるとわかってからも、過去にひどい恋愛で受けた愛美の心の傷は深く、また傷付くのが怖くて、最初のうちは心を開けなかった。
急な仕事のせいで約束をドタキャンされたり、何時間も待たされた時は、酔った勢いや高熱のせいで朦朧として、何度も謝る彼をバカとか大嫌いとかひどく罵倒した。
そんな事があっても『政弘さん』は、愛美が好きだから一緒にいたい、めちゃくちゃ大事にすると言ってくれた。
最初の約束通り『政弘さん』は、愛美をとても大事にしてくれる。
支部長という彼の立場や、仕事柄ある程度は先方の都合に合わせなければならず、帰りが遅くなったり休日も出勤せざるを得ないのだという事も、愛美は理解しているつもりだ。
ただ、もう少しでいいから、長く一緒にいられたらとも思う。
けれど、平日は夜遅くまで働き、休日も職員のために出勤して疲れている彼に、子どもみたいなわがままを言って困らせたくない。
今まで付き合った、愛美を傷付けたひどい男たちとは違う。
誰よりも大切に愛してくれる大好きな『政弘さん』を、愛美もまた何よりも大切だと思う。
(忙しくてあまり一緒にいられなくても、いつも私の事を考えてくれてるって、すごくわかる……。ホントはもう少し長く一緒にいたいし、もっと一緒にいてって言えば、きっとそうしてくれるのもわかってるけど……政弘さんに無理はさせたくないもんね)
駐車場で車に乗り込んだ『政弘さん』は、ため息をつきながらエンジンをかけた。
別れ際になると、愛美はいつも寂しそうにうつむく。
だけど、ただうつむくだけで「帰らないで」とも「もう少し一緒にいて」とも言わない。
(付き合い始めた頃は言ってくれた事もあるのにな。……って言っても、俺が無理やり言わせたようなもんか……)
遠慮しているのか、我慢しているのか。
もう少しわがままを言って甘えてくれたらいいのにと思う。
(4か月経つけどまだ敬語で話すし、呼び方もさん付けだもんなぁ……。年が6つも離れてるから遠慮してる?それともやっぱり俺が嫌いな上司だから心を許せないのかな……)
『政弘さん』はゆっくりと車を発進させた。
愛美のマンションから自宅までの、走り慣れた夜道。
いつも一人で車を走らせながら、本当は朝まで一緒にいられたらと思う。
(俺だってホントはもっと一緒にいたいけど……一晩中一緒にいたら、寝かせてあげられないかも知れないしなぁ……)
たとえ一睡もできなかったとしても、自分が少しくらいの無理をする事は気にならないが、愛美に無理をさせたくない。
多くの個人情報を扱う重要な仕事だけに、その管理にはかなりの神経を使う。
寝不足でぼんやりしていてミスをしました、なんていう理由は通用しない。
(せめて休みの日くらいは一緒にいられたらなぁ……)
愛美はため息をつきながらテーブルの上のカップを片付ける。
(政弘さんと付き合いだして4か月くらい経つけど、泊まった事って一度もないな……。あ、最初の頃に私が酔いつぶれたときに、家がわからなかったからって言って、一度だけ政弘さんの部屋に泊めてもらった事があったけど……それ以外はないな……)
お互いに大人の恋人同士なのだし、一人暮らしをしているのだから、たまにはどちらかの部屋に泊まっても不思議はない。
だけど『政弘さん』も愛美も、お互いの部屋を行き来はしても、「泊まっていけば」とか「泊めて」とか、言われた事もなければ言った事もない。
(私から言うのは照れくさいっていうのもあるけど……ただでさえ付き合う前に散々醜態晒してるのに、わがまま言って嫌われたりとかしたくないし……)
大嫌いな緒川支部長から、好きだから付き合ってくれと一方的に言われ、成り行きで仕方なく付き合い始めた。
緒川支部長は仕事を離れ素の自分に戻ると、見た目も話し方も性格も別人のように優しくなるとわかってからも、過去にひどい恋愛で受けた愛美の心の傷は深く、また傷付くのが怖くて、最初のうちは心を開けなかった。
急な仕事のせいで約束をドタキャンされたり、何時間も待たされた時は、酔った勢いや高熱のせいで朦朧として、何度も謝る彼をバカとか大嫌いとかひどく罵倒した。
そんな事があっても『政弘さん』は、愛美が好きだから一緒にいたい、めちゃくちゃ大事にすると言ってくれた。
最初の約束通り『政弘さん』は、愛美をとても大事にしてくれる。
支部長という彼の立場や、仕事柄ある程度は先方の都合に合わせなければならず、帰りが遅くなったり休日も出勤せざるを得ないのだという事も、愛美は理解しているつもりだ。
ただ、もう少しでいいから、長く一緒にいられたらとも思う。
けれど、平日は夜遅くまで働き、休日も職員のために出勤して疲れている彼に、子どもみたいなわがままを言って困らせたくない。
今まで付き合った、愛美を傷付けたひどい男たちとは違う。
誰よりも大切に愛してくれる大好きな『政弘さん』を、愛美もまた何よりも大切だと思う。
(忙しくてあまり一緒にいられなくても、いつも私の事を考えてくれてるって、すごくわかる……。ホントはもう少し長く一緒にいたいし、もっと一緒にいてって言えば、きっとそうしてくれるのもわかってるけど……政弘さんに無理はさせたくないもんね)
駐車場で車に乗り込んだ『政弘さん』は、ため息をつきながらエンジンをかけた。
別れ際になると、愛美はいつも寂しそうにうつむく。
だけど、ただうつむくだけで「帰らないで」とも「もう少し一緒にいて」とも言わない。
(付き合い始めた頃は言ってくれた事もあるのにな。……って言っても、俺が無理やり言わせたようなもんか……)
遠慮しているのか、我慢しているのか。
もう少しわがままを言って甘えてくれたらいいのにと思う。
(4か月経つけどまだ敬語で話すし、呼び方もさん付けだもんなぁ……。年が6つも離れてるから遠慮してる?それともやっぱり俺が嫌いな上司だから心を許せないのかな……)
『政弘さん』はゆっくりと車を発進させた。
愛美のマンションから自宅までの、走り慣れた夜道。
いつも一人で車を走らせながら、本当は朝まで一緒にいられたらと思う。
(俺だってホントはもっと一緒にいたいけど……一晩中一緒にいたら、寝かせてあげられないかも知れないしなぁ……)
たとえ一睡もできなかったとしても、自分が少しくらいの無理をする事は気にならないが、愛美に無理をさせたくない。
多くの個人情報を扱う重要な仕事だけに、その管理にはかなりの神経を使う。
寝不足でぼんやりしていてミスをしました、なんていう理由は通用しない。
(せめて休みの日くらいは一緒にいられたらなぁ……)
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