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無糖カフェオレと甘いイチゴ

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『政弘さん』と愛美が付き合い始めて4か月。
過去のつらい恋愛のトラウマで俺様男が大嫌いな愛美にとって、緒川支部長が嫌いな上司である事は変わらない。
会社では相変わらず俺様で無愛想な緒川支部長だが、仕事を終えてスーツを脱ぎ、シャワーを浴びてきっちりと整えた髪を下ろし、コンタクトレンズを外して眼鏡を掛け普段の姿になると、愛美の大好きな優しい『政弘さん』になる。
支部に所属しているたくさんの営業職員の上に立つ支部長という仕事柄、帰りが遅くなったり休日も出勤したりと多忙ではあるが、仕事の後や休みの日を一緒に過ごす時の『政弘さん』は穏やかに笑い、これでもかと言うほど甘くて優しい。
愛美はいつも、大好きな『政弘さん』の腕の中で大事にされている幸せを噛みしめている。


「今日は何作ったの?」
「中華丼です。すぐ用意しますね」

『政弘さん』はダイニングセットの椅子に座ると、キッチンに立つ愛美の背中を愛しそうに眺めた。
愛美が二つのどんぶりによそった中華丼とお茶をトレイに乗せて振り返ると、ニコニコしながらこちらを眺めている『政弘さん』と目が合う。

「ん?どうかしました?」
「いや……。ずっと忙しかったからなかなか会えなかったし、愛美の作った夕飯ご馳走になるのも久しぶりだなーって」

緒川支部長とは会社で毎日顔を合わせるけれど、たしかに“政弘さん”と会うのは久しぶりだ。

「ホントですね。じゃあ、たくさん食べてください」

中華丼をテーブルに置くと、『政弘さん』は目を輝かせてスプーンを手に取った。

「食べていい?」
「どうぞ」
「いただきます!!」

『政弘さん』は嬉しそうに中華丼をスプーンですくって口に運んだ。

「美味い!」
「良かった。おかわりありますよ」

自分の手料理を美味しそうに食べてくれる『政弘さん』を見るたび、こんなところは子供みたいでかわいいと愛美は思う。

   (この顔を見てるだけで幸せな気分になっちゃう……)


食後のデザートに、洗って器に盛り付けたイチゴをテーブルの上に置くと、『政弘さん』がフォークで刺したイチゴを愛美の口元に運んだ。

「自分で食べられますよ?」
「いいから口開けて。ハイ、あーん」

愛美が少し照れ臭そうに口を開くと、『政弘さん』は愛美の口の中にそっとイチゴを入れて微笑んだ。

「美味しい?」

愛美は口をモグモグさせながらうなずき、口の中のイチゴを飲み込んだ。

「すっごく甘いです!」
「良かった。これ全部愛美が食べていいんだよ?」
「えっ、全部は多すぎます!せっかくだから政弘さんも一緒に食べましょう」
「じゃあ……」

『政弘さん』は少し身を乗り出して、口を開けた。

「え?」
「俺にも」

愛美がイチゴを食べさせてあげると、『政弘さん』は嬉しそうに笑う。

   (政弘さん、時々甘えん坊になるな……。そういうところもかわいいんだけど……)

二人でイチゴを食べ、紅茶を飲みながら話していると、話題は自然と仕事の事になった。

「それにしても……今日の夕方の契約書類はすごい数でしたね」
「ああ……ごめんね、ギリギリなってあんな数……。大変だっただろ?」
「まぁ……あれが私の仕事ですからね。あんなにたくさんどうしたんですか?」
「俺のお客さんがエステサロン経営しててね。前からスタッフに保険の話をさせて欲しいって頼んでたんだ」

エステサロンと聞いて、道理で契約者が女の人ばかりだったはずだと愛美は納得した。

「先週別の用があって連絡したら、今日なら店は閉めて店内で研修とかするから来ていいよって。その時に保険のタイプとか付加する特約を選んでもらったり説明したり……。で、今日まとめて手続きしてきた」
「既契約者からの紹介とは言え、職域開拓しちゃうなんてすごいですね。担当はやっぱり……」
「オーナーの希望でもあるし、当分は俺が担当するけど、いずれは支部の誰かに任せるつもり。俺が契約もらっても個人の成績にはならないから」

女性ばかりの職場に、若くてイケメンでおまけに独身の緒川支部長が訪問するとなると、きっとそのエステサロンの女性スタッフたちは色めき立つのだろう。

   (しかもエステサロン……。きっときれいな人ばっかりなんだろうな……。支部長は嫌いだけど、中身は政弘さんだと思うとなんか複雑……)

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