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一章 (ミステリーダンジョン編)

3.未完成の刻印

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 俺はヂラスに担がれて、彼の工房に来た。
 ダンジョンの壁をくり抜いて作られた工房は、主に間接照明で照らされていた。
「こんなところ……よく掘ったな」

「まだ話さないほうがいい。傷が塞がっていないんだ」

「……悪かった」

 ヂラスは針を取り出すと、まだ塞がり切っていない俺の腹を縫った。
 血を拭き取ったヂラスが、真剣な眼差しでこちらを見ている。
「お前、これ………」

「どうした……」

「……勇者だな?あのバカ勇者が、お前さんをこんな目に合わせたんだな?」

 俺はそれを肯定をすることができなかった。
 地位にしがみつこうと必死で、勇者の手のひらで転がされていることに気がつかなかった。好きだったマイラまでも、最初から俺をハメていた。挙げ句の果てには、何の抵抗もできずに刺された。
 こんな不甲斐ないことがあるだろうか。自分を恥じる。
 何もない時間が流れる。

 そんな俺を見て、ヂラスはため息をついた。
 俺たちが出会ったのは一年ほど前。ヂラスが西の森でワイバーンに襲われていたところを、すんでのところで俺が助けたのだ。
 後先考えずに突っ込み、結局俺はワイバーンの炎で炙られて瀕死状態になった。
 その時治療してくれたのもヂラスであった。またこうして治療される羽目になるとは。

「お前さん、もう……冒険者辞めた方が……いいんじゃないか?」

「何言ってんだよ」

 反論するが、実はヂラスの言う通りである。「奇跡の世代」のと呼ばれる俺が、これ以上冒険者を続ける理由はないのだ。

「俺が……汚点だからか?」

「いいや、それは違う。危険を顧みずにワイバーンに突っ込むあの姿。お前さんには汚点なんて言葉は似合わないよ」
 俺を褒めてくれている。しかし、ワイバーンにトドメを刺したのはヂラスだった。だから、今の言葉も皮肉にしか聞こえない。

「俺が言いたいのはな、人にはそれぞれ向き不向きがあるってことだ。何も、冒険者だけが人生じゃないだろう?家庭教師として魔術、魔法を教える。魔法の書を生産する。それ以外にもやり方は沢山あるはずだ。」

「あぁ。しかしそれは、魔法の才能がある奴がすることだろう??」

「仮にもお前さんは魔術大学を卒業しているじゃないか」
 その言葉に、少し心が軽くなる。そうだ。「奇跡の世代」が何だろうと、俺は魔術大学を卒業できるだけの実力はあるはずなんだ。
 改めて、生涯C級冒険者から抜け出せないことが不思議でならなかった。

「俺には……何が足りないんだろうな」
 俺はずっと抱えていた悩みを打ち明ける。
 魔術大学を卒業して冒険者になると、E、F級を飛ばしてD級の資格を与えられる。それも形式上の話で、一週間ほどの研修期間を経てC級冒険者に昇格する。
 魔術大学卒の冒険者はA級まで昇格すれば「成功」と言われている。そのため、B級冒険者は登竜門となる。
 また、一般の冒険者の場合、C級まで昇格すれば「成功」と言われている。
 そう。俺は魔術大学を卒業したにも関わらず、一般人と肩を並べているのだ。登竜門にすら辿り着けていないのは、哀れとしか言いようがない。
 更には、「奇跡の世代」という重石がのし掛かる。そんな現状に俺は酷いコンプレックスを抱えていた。

「んー……経験が足りないんじゃないか?」
 ヂラスは案外簡単に答える。

「……は?経験?」

「あぁ」

「でも、強い魔物は何体も倒したし、知識もある。それのどこがーー」

 ヂラスが俺を制止して話す。
「お前は何も見えていない。奇跡の世代にならなければいけない。汚点を脱しなければいけない。それが義務だと思って、周りが見えていないんだ」

「義務?……そんなつもりはーー」

「いや、絶対にそうだ。」
 口を開けたまま考え込む俺を見かねてか、呆れてヂラスが言う。
「じゃあ旅に出るといい。」

「旅?」

「そうだ。お前には力が必要だ。重石に対抗する力ではなく、それを利用するための力が。その力をつけるための旅に出るのだ。」

「利用する力……」

「難しいことを考える時間はいくらでもある。今は心と体を休めるのだ。今夜はここで過ごしていくがよい」

「……あぁ、ありがとう」

「精霊王はを見ている」

「おい、それはどういう……」

 ヂラスはすでに眠りについていた。今のは寝言だったのだろうか。それとも……
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