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志樹くんハピバ旅行の夜の出来事③(R15)

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お酒の力を借りるのもチラリと頭をよぎったが、飲んでうまくいった試しは一度もないのでやめておいた。普段抑圧しがちな反動なのだろうか、やりすぎだと顔を覆った朝が何度あっただろう。
なお志樹くんがお酒を勧めるのに『俺しかいないから』という言葉をチョイスしたのにもいちいちときめいていたのだけれど、これも一向に伝わっていないはずだ。
世の恋人たちは本当にすごい。口下手な自分を呪う。今だって、
「これ…」
から、二の句が告げない。目の前に差し出された、通販で届いた包装のままの『プレゼント』に志樹くんも首を傾げるばかりだ。
「開けていい?」
ますます困り果てる。これは、どっちが開けるのが正しいんだろう。確かに志樹くんへのプレゼントのつもりで、着るのは私で…?
「ハサミ、あったかな」
彼が立ち上がって部屋をぐるりと見回るすきに、固く封をしていたテープを剥がした。ベリベリと可愛くない音に反して、中から出てきたのは、想像以上に可愛いレース地と、フリルと、リボン。そういう用途のものをウッカリ間違えて買ったらとんでもないと、吟味に吟味を重ねた、清楚感もありながら普段使いには少しもったいない、その絶妙なラインのランジェリーは、ひとりで開封していたらきっと気分も高揚していたに違いない。問題は、
「えっと…」
直視していいのか迷っているのか、視線を彷徨わせる志樹くんにどう説明するか、だ。
「見てもいい、です。というか、見てもらわないと困るというか…ちゃんと、志樹くんの好みに沿ってる、かな」
「え? ええと、どう、だろう」
ウロウロと所在なさげに歩いていた志樹くんが、ようやく隣に腰を下ろす。
「まったく詳しくないから、見当違いのこと言ってたらごめんなさい…」
「ハイ…」
「着てくれるってことで、合ってます、か?」
「ハイ……」
「見せてもらえたり、も?」
「シマス………」
「沙藍さんが着たところを?」
「……そのつもり、でした……」
「無理してない? 大丈夫?」
うつむいてばかりいたら、誤解されてしまう。
(ああ、絶対、顔、真っ赤だ…)
のろのろと顔を上げて、気遣わしげな志樹くんと目を合わせる。
「喜んでもらえるなら、無理じゃない…」
「そっか。…貸して?」
丁寧に、まるで壊れ物を扱うように、パッケージに入った一式を志樹くんが取り出した。
「似合うと思う。俺の好きな沙藍さんに」
心臓は痛いくらいに高鳴っていて、私の小さな声なんてかき消してしまうくらいだった。
いや、もしかしたら本当にかき消してしまっていたのかもしれない。
「じゃあ、着替えて…」
言いかけたのと、浴衣の帯に手をかけられたのはほぼ同時だった。
「へ…」
簡単に合わせははだけて、目を白黒させている私を宥めるようなキスが頬に落とされる。左に。右に。
不意に胸元の締め付けが緩くなって、背中のホックが外されたのだと知った。
「お酒」
あらわになった胸元を隠すのにいっぱいいっぱいで、最早返事は紡げない。
「我慢してくれてありがとう、助かった。どうにかしちゃうところだった」
後頭部に回された手は熱い。大浴場から戻る時とは逆転してしまったな、と思った。
腰が引けるのも、息を継ぐ間も与えられないくらいの力強さにクラクラする。
食べられてるみたいな、キスだった。
(もう、どうにかされてるのに…)
これ以上があるなんて、知る日はいつになることか。
これだけでもう、胸がいっぱいで苦しかった。




おわり。







Q)どうして『プレゼント』に着がえさせてくれなかったんですか?
A)確実に汚すからです。存分にいちゃついたあと、くたくたな沙藍ちゃんに、志樹くんが甲斐甲斐しくつけてくれて、存分に愛でてくれました。
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