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君いい目をしているな

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「俺たちもついに先輩だな!」


 四月になり、僕たちは中学ニ年生になりました。入部した当初は、とても一年間続けられるとは思っていませんでした。身長は7cm伸びて147cmになりました。嬉しいことですが、178cmのチュピくんはまだまだ高い壁です。


「鬼塚コンビは現役続行か・・・」


 通常、少林寺拳法部は高校三年生になると引退です。しかし、高校二年生の部員がいないため、黄金世代は引退せずにシフト制で部活へ来ることになりました。
 特に、合宿や大会前などの大事な時期は、全員で来るとのことです。高校一年生に上がった女子の先輩は、確かな実力と人柄で後輩から尊敬されていました。しかし、顧問の先生は「高校一年生で部活を背負うのは負担が大きい」、「黄金世代が今抜けると中学生の男子部員が調子に乗る」と判断したそうです。
 上野先輩は、「俺たちは中学生にして男子部室の支配者になれるんだぜ!」とよく自慢していたので心底ガッカリしていました。
 厳しい絶対王政は継続したまま、新年度がスタートします。


「お前らはもう先輩だ!後輩に舐められるな!気合い入れろ!」


 二年生に上がる前に、高校生の先輩たちから何度も言われていました。後輩ができることは楽しみでしたが、先輩になるプレッシャーもありました。三月と四月で能力や人格が大きく変わるわけではありません。しかし、学年が上がれば周りからの目は厳しくなるのです。
 僕たちは期待と不安が入り混じる中、体験入部期間を向かえました。


「三十分以内に十人連れてこい!」


 体験入部が始まると、新入生を連れてくるように指示が出ました。昨年の楽しかった体験入部を思い出します。今年も大きなミットを用意して、後輩を出迎えるようです。
 先輩たちは新入生対応用の爽やかモードに入っており、笑顔が逆に怖くて仕方ありません。まっつんは「この手口は完全に詐欺だよな…」とボソッと呟きました。
 僕たちは、とりあえずノルマを達成するために、各自で新入生の勧誘へ体育館の外へ向かいました。


「す、すみません…少林寺拳法部の体験に来ませんか…」


 僕は一年生と思われる生徒へ自信なさげに声を掛けました。しかし、何人かに声をかけても良い返事は得られませんでした。年下なのに僕より大きな人ばかりで緊張します。
 間違えて同級生や三年生の先輩に声をかけてしまうこともありました。うまくいかずに自信をなくした僕は、他の二人の様子を見ることにしました。


"シュッ!シュッ!"


 チュピくんは下校中の一年生の近くへ行くと、無言で演武を披露していました。論より証拠で、少林寺拳法の魅力を直接アピールしようとしたのでしょうか。キレのある美しい動きですが、一年生は怯えている様子です。下校中に突然道着を着た大きな人が現れて、突きや蹴りを繰り出す姿に圧倒されていました。
「新入生が怖がっているよ」と彼にやんわり伝えると、合流して一緒にまっつんを探しました。


「ちょっといいかな?君いい目をしているなぁ!君のような逸材を探していたんだ!」


 まっつんは独特な勧誘方法をとっていました。他にも「君は少林寺拳法を始めると運気が上がる」、「君は少林寺拳法によって選ばれた人間なんだ」などと怪しい宗教の勧誘のようでした。
 これには一年生も困惑しており、走って逃げられていました。


「緊急会議だ!」


 三人とも結果が振るわず、中学生にして営業の難しさを学びました。先輩からは「後輩が入部しなかったら、お前らはもう一年雑用だからな!」と言われていました。このまま新入生を呼べないと、先輩にシメられます。目標の十人を集めるための作戦会議を始めました。


「グループを狙おう!」


 話し合いの結果、グループを狙うことにしました。人数をまとめて稼げることと、友達と一緒の方が体験入部のハードルが下がるだろうと考えたのです。
 勧誘場所も新入生が多くいそうな放課後の教室や校門へ絞ることにしました。


「楽しい少林寺拳法の体験できますよ!五分だけでもOKですよ!」


 三人で、新入生のグループを見つけるたびに笑顔で明るく声をかけました。興味を持ってくれたら、身体の小さい僕が大きなチュピくんに技をかける演出で勧誘します。
 チュピくんは「うわああお!痛い!痛いよおおお!」と、大袈裟にリアクションしてくれました。くさい芝居は気になりましたが、この方法は新入生に大いにウケました。その結果、ノルマ以上に新入生を集めることができたのでした。


「次はお前らがミットを持て!」


 勧誘を無事に終えた僕たちは、体育館で新入生の対応をする番になりました。チュピくんが大きなミットを持って、僕とまっつんが一年生へ蹴り方のアドバイスをします。
 サッカー経験者で蹴りが重い人や、テコンドー経験者で華麗な足技をする人など、様々な新入生がいました。僕は後輩にアドバイスして蹴りが上手くなったときに、先輩として凄くやりがいを感じました。


「スポーツ経験がなくても、少林寺拳法部へ入部できますか?」


 休憩のタイミングで、自分と同じぐらい小柄な男の子から質問されました。どこかで聞いたことのあるセリフにデジャブを感じます。


「…やる気さえあれば、経験がなくたって平気だよ!」


 少し返答に困りましたが、なるべく明るく元気よく答えました。


「ミットに書かれている"BEGIN"の意味知ってる?始めるって意味なんだよ!」


 新入生の男の子は、目を輝かせて熱心に僕の話を聞いています。汚れを知らない無垢な笑顔が眩しくて、目がくらみそうでした。
 こうして歴史は繰り返されるのかもしれません。


「来週からは通常練習だ!」


 あっという間に一週間がたちました。練習時間が短くなるので、ずっと体験入部期間が続いて欲しいと思っていました。
 たくさんの新入生がいましたが、流石にドロップキックをする人はいませんでした。


「今年は十人入部したぞ!」


 部長が笑顔でうれしそうに言いました。入部届は十通提出されたそうです。僕たちの世代の三倍以上です。顧問の先生から「近年では一番多い!」と褒められました。先輩たちの大会での実績が良い評判になっていたようです。
 まっつんは「俺たちの勧誘のおかげだな!」と自慢げでした。ちなみに、「スポーツ経験がなくても入部できますか?」と僕に聞いた新入生は入部しませんでした。


「これでキツい雑用ともおさらばだな!」


 まっつんが上機嫌に言います。来週から後輩ができることに三人とも嬉しくて興奮していました。チュピくんは「後輩よ!俺を熱くさせてくてくれ!」と心待ちにしていました。僕は両親に「ついに先輩になるんだ!後輩は十人入ったんだよ!」と自慢していました。
 舞い上がっていました。後輩を失う悲しみのことなど、まだ知らない僕たちは…
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