上 下
10 / 20

残暑お見舞い申し上げます

しおりを挟む
「やっと…夏休みだ…」


 夏合宿が終わると一週間だけ、練習のない完全な休みでした。中学生になってから初めて本当の意味での夏休みを満喫できます。但し、一つ宿題が出ていました。
 それは、顧問の先生と先輩全員へ『残暑見舞い』を書くことです。無地のハガキに一枚一枚手書きします。字は丁寧かつ綺麗に書き、内容にも気を使います。僕の場合は、感謝の言葉や今後の抱負などを何行にも渡って書きました。シャーペンで下書きをして、ボールペンでなぞり、消しゴムで下書きを消す流れです。書き間違いや見直しもあり、一枚書くのに十分以上の時間が必要でした。


「トランプの大富豪やろうぜ!」


 宿題をやる時間以外は休んだり遊んだりして楽しみました。特に、一年生三人でインターネットの大富豪をよくしていました。きっかけはチュピくんがハマったことで、僕とまっつんも追いかけるように始めました。
 チュピくんのアカウント名は『武神ゴッド』で、神が二回入っているのが気になりました。僕たちはそれを面白がって、まっつんが『武神ゴッドII』、僕が『武神ゴッドⅢ』というアカウント名をつけてました。


「革命!!」


 大富豪で同じカードを四枚出すとカードの強さが反転します。チュピくんは勝つことにこだわらず、革命によって試合を混戦にすることに喜びを感じていました。
 オンラインゲームで遊ぶだけでなく、直接集まって遊ぶこともあります。まっつんの家によく集まっていました。


「俺、先輩を駆逐するゲーム作った!」


 まっつんは『RPGツクール』で一年生の三人が先輩を倒していくゲームを作っていました。現実では先輩に逆らうことができないので、ゲームの中で倒して溜飲を下げるという斬新な発想でした。


「鬼塚コンビの筋肉魔法は反則だろ!」


 鬼塚コンビに絶対に勝てない『負けイベント』が用意されていて、妙にリアルでした。先輩の名前をした魔物を倒していくのは奇妙な背徳感がありました。チュピくんは回復アイテムの名前がドデカミンなことが嬉しそうでした。
 特別なことをしなくても、三人でだらだらゲームをしている時間がすごく楽しかったです。


「そういや残暑見舞いやってる?」


 まっつんが言いました。僕は半分くらいだと進捗を伝えました。まっつんも同じくらいだそうです。


「俺は一日で終わらせたよ!」


 なんと、チュピくんはたった一日で終わらせていました。これには驚かされましたが、「彼ならやりかねない」と納得してしました。チュピくんは、これまで部活を無遅刻無欠席で皆勤賞でした。雑用においても、練習道具を運ぶスピード、先輩の道着を畳む丁寧さなどに定評がありました。
 不思議な男ですが、決して人の悪口や文句を言わず、まっすぐに部活に取り組む彼の行動には説得力がありました。


「うわぁ、明日からまた練習か…」


 楽しい時間はすぐ過ぎるもので、一週間の夏休みは終わりました。肌感覚的には一日休んだくらいの短さに感じました。「永遠に夏休みならいいのに」と叶わぬ夢を抱きながら、厳しい練習漬けの日々に戻るのでした。


「お前ら、残暑見舞いを舐めてるのか?」


 夏休み明けの初日、練習前に部長から呼び出されました。僕たちの残暑見舞いについて怒っているようです。
 僕は"ボールペンが薄くて読みづらい点"、まっつんは”宛名が「〇〇先輩」な点"をそれぞれ軽く注意されました。


「こいつらはセーフだが、お前だよ!」


 部長はチュピくんの残暑見舞いを持ってきていました。ハガキには「残暑 お見舞 申し上げます」とだけ書かれています。感謝や抱負は一切書かれていません。お見舞いの"い"も抜けていました。しかも、シャーペンで書かれていました。「だからチュピくんはすぐ終わったのか!」と、僕とまっつんは合点がいきました。
 その後、チュピくんは先輩に叱られ、書き方の指導を受けたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

カッコ―の卵~反出生主義(多分)の底辺男子がカーストトップの一軍女子と子供をつくれるのか?~

涼紀龍太朗
青春
磯淵公平は朝早く、大学の同級生・西崎優菜を助手席に乗せ、一路湖を目指していた。 しかし、そこは湖とは名ばかりの山奥にある溜池で、周囲をバラ線に囲まれた訪れる人もいない池だった。 二人にとっては都合が良い。なぜなら磯淵は優菜の入水を見届けるのだから。 人間は出産をしない方がいい、と考える公平と、その子を身籠った優菜。二人の旅路の辿り着く先は……?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...