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地獄の夏合宿
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「6泊7日の夏合宿が始まったぁ・・・」
夏休みが残り二週間になると、夏合宿が始まりました。
山の中にある宿泊施設に泊り、学校よりも大きな体育館で練習します。一日のスケジュールは朝練、午前練、午後練、夜練の四部構成です。つまり、食事と寝る時間以外はほとんど練習です。
体育館は学校の練習場よりも二倍ぐらい広いので、モップ掛けなどの雑用もいつもより大変でした。
「ファイトー!がんばれー!」
体育館が広いのでいつもと同じ声量だと音が響きません、応援の声出しも常に全力です。喉を酷使するので、声があっという間に枯れていきます。
「残さず食べろよ!」
合宿中は食事の時間も一切気を抜けません。食事を残すことは厳禁で、完食するまで部屋へ戻れません。また、先輩の飲み物に常に気を配り、少なくなっていたら補充します。
ご飯は『少林盛り』と呼ばれる、茶碗二つ分の大盛ごはんが基本でした。練習がキツ過ぎて、食欲がわきません。それでも時間をかけて毎回必死に完食しました。苦手なトマトを食べるのが一番大変でした。食が細い僕には、練習以上に食事がキツく感じることもありました。食事に時間がかかるとその分休憩時間が減るのです。
そんな中、チュピくんは少林盛りを二杯以上ガツガツ食べていました。彼の胃袋は無敵でした。
「あれ?このシャンプー泡立たないよ?」
夜に大浴場でまっつんが言いました。彼は疲れた顔でリンスを何度もプッシュしています。
一方、チュピくんは湯船でバタフライをしていました。僕は疲れすぎて、つっこむ気力も起きません。湯船につかるとそのまま失神しそうでした。
「道着洗っとけよ!」
毎日寝る前に、先輩の胴着を洗濯から乾燥まで完了しないといけません。汗を吸って重くなった胴着の山をコインランドリーへ運びます。
宿泊施設には洗濯機と乾燥機がそれぞれ二台しかなく、しかも一台ずつ壊れていて作業がなかなか進みません。「いつ終わるんだ・・・」と眠気を抑えながら、地道に洗濯と乾燥を繰り返します。
「俺、ドデカミン飲むわ!」
チュピくんはドデカミンが大好きでした。
「よっしゃああ!みなぎってきたッッ!!」
チュピくんは夜中にコインランドリーで拳立てを始めました。まっつんはそれを見て「脱法ドデカミンじゃないのか?」と疑っていました。
僕はその横で眠気と闘いながら床にへたり込んで、ぼーっと洗濯機を眺めていました。先輩全員の分を洗い終える頃には夜中の二時を過ぎていました。
そして、少し寝たら六時に起きて朝練が始まるのです。
「キツ過ぎる、三人で脱走しよう・・・」
三日目の夜にまっつんが真剣なトーンで言いました。まだ半分以上残っていると考えると、その提案に乗りたい気持ちでした。身体の節々が痛くて、練習の疲れがとれないまま次の練習が始まるのです。
チュピくんだけは、「明日のごはんも楽しみだなぁ!」とマイペースでした。
「お前ら二人今すぐ来い!」
最終日前日の夜中に、洗濯をしていると鬼嶋部長が突然やってきました。チュピくんを残して、僕とまっつんはそれぞれ別の部屋へ連れていかれました。暗い部屋の中で正座をさせられると、全学年の先輩が取り囲むように座っています。
「練習中の気合いが足りねぇぞ!何か言い分はあるか?」
部長から突然叱られました。僕は怯えてしまい、「すみません」としか言えませんでした。
「舐めてんのか!拳立て百回やれ!」
そして、先輩に囲まれながら拳立てが始まりました。僕は拳立てのキツさと先輩への恐怖で泣きながら必死に腕を動かします。途中、四十回ぐらいで身体ごと倒れてしまいました。身体を支えることすらできなくなっていました。
それでも何度倒れても起き上がり、百回終えるまで繰り返しました。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
死に物狂いで拳立てを終えると解放されました。そして、入れ違いにチュピくんが先輩に呼び出されました。コインランドリーで洗濯を再開しますが、腕が上がらなくなっていて道着を洗濯機へ入れるのも大変でした。
しばらくすると、まっつんが真っ青な顔で戻ってきました。彼も腕が上がらなくなっていました。
「まっつん…僕は少林寺拳法部続けるのはムリだよ…」
僕はまっつんにプクプクと湧きあがってくるあらゆる不安を吐き出しました。一年生の中で自分が一番小さくて弱いことにコンプレックスを感じていたのです。それでも必死にやってきましたが、合宿の疲れと拳立て百回で、続けていく自信を完全に失いました。
「…最初に俺が誘ったからさ、どうしても辞めるときは一緒に先輩に頭下げるよ」
まっつんは、話を黙って話を聞いてから、ゆっくり言いました。
「俺も毎日キツいし辛いけどさ、お前らがいるから頑張れるんだぜ」
まっつんも同じように辛いはずなのに、親身になってくれました。普段はノリの良いキャラクターですが、熱い言葉に込み上げるものがありました。彼の言葉で、苦楽を共にする二人の存在の大きさに気づきました。
もし部員が自分だけだったら、そもそも夏合宿まで続けられなかったと思います。まっつんに励まされた僕は、チュピくんの無事を祈りながら帰りを待ちました。
「ただいま!拳立て百回できたぜ♪」
チュピくんは元気な顔で戻ってきました。話を聞くと合流した全先輩に囲まれて百回やり遂げたそうです。僕たちよりもプレッシャーが強い状況のはずですが、平然としています。
「なんか、ギャラリーがいっぱいで燃えたぜ!」
彼は見られて興奮するタイプでした。元気がない僕たちを不思議がりながら、ドデカミンを飲んで拳立てを始めました。僕は「この人には一生勝てる気がしない」と思いました。
ちなみに、この夜中の拳立て百回は合宿の伝統で、毎年の恒例行事だそうです。
「千本突きいくぞ!」
最終日は午前で練習が終わります。合宿を締めくくるのは、『千本突き』でした。その名の通り、千本の突きを行います。一発一発全力の突きを、全員がやり遂げるまで終わりません。
「"気合い"が足りねーぞ!!」
鬼嶋部長が叫びます。少林寺拳法の『気合い』とは、突きや蹴りの動作に合わせて大きな声で叫ぶことです。気合いには、"自らを奮い立たせて最大限の力を発揮する"、"相手を威嚇して気力を削ぐ"といった効果があります。
僕は合宿で声を出しすぎて、すでに初日から喉が枯れていました。拳立てで重くなった腕とかすれた声で、力を振り絞ります。
部員全員で心を一つにするように、突きへ全神経を集中します。今が何回目なのかわからなくなりながら、無我夢中で手を出し続けました。
「合宿を終了します!礼!」
合宿が終わると、自然と涙がこぼれました。やりきった達成感や家に帰れる安心感など、様々な感情が同時に押し寄せてきました。
先輩にも泣いている人がいました。強そうな先輩方も大きなプレッシャーの中で頑張っていることを知りました。
まっつんも号泣しています。部員全体に大きなことをやり遂げた一体感が生まれていました。
「腹減ったな~」
チュピくんは、いつも通りマイペースでした。まだ、彼が泣いている姿を見たことがありません。
「今日は夜洗濯しなくていいんだよな?明日も早起きしなくていいんだよな?」
帰り道でまっつんは、自分を納得させるように何度も僕に聞きました。
「合宿のごはん美味しかったな、また行きたいなぁ!」
チュピくんだけは修学旅行帰りのようなテンションでした。彼は僕たちとは、積んでいるエンジンが違うと感じました。
合宿で同じ釜の飯を食べながら、僕は仲間の大切さを知ったのでした。
夏休みが残り二週間になると、夏合宿が始まりました。
山の中にある宿泊施設に泊り、学校よりも大きな体育館で練習します。一日のスケジュールは朝練、午前練、午後練、夜練の四部構成です。つまり、食事と寝る時間以外はほとんど練習です。
体育館は学校の練習場よりも二倍ぐらい広いので、モップ掛けなどの雑用もいつもより大変でした。
「ファイトー!がんばれー!」
体育館が広いのでいつもと同じ声量だと音が響きません、応援の声出しも常に全力です。喉を酷使するので、声があっという間に枯れていきます。
「残さず食べろよ!」
合宿中は食事の時間も一切気を抜けません。食事を残すことは厳禁で、完食するまで部屋へ戻れません。また、先輩の飲み物に常に気を配り、少なくなっていたら補充します。
ご飯は『少林盛り』と呼ばれる、茶碗二つ分の大盛ごはんが基本でした。練習がキツ過ぎて、食欲がわきません。それでも時間をかけて毎回必死に完食しました。苦手なトマトを食べるのが一番大変でした。食が細い僕には、練習以上に食事がキツく感じることもありました。食事に時間がかかるとその分休憩時間が減るのです。
そんな中、チュピくんは少林盛りを二杯以上ガツガツ食べていました。彼の胃袋は無敵でした。
「あれ?このシャンプー泡立たないよ?」
夜に大浴場でまっつんが言いました。彼は疲れた顔でリンスを何度もプッシュしています。
一方、チュピくんは湯船でバタフライをしていました。僕は疲れすぎて、つっこむ気力も起きません。湯船につかるとそのまま失神しそうでした。
「道着洗っとけよ!」
毎日寝る前に、先輩の胴着を洗濯から乾燥まで完了しないといけません。汗を吸って重くなった胴着の山をコインランドリーへ運びます。
宿泊施設には洗濯機と乾燥機がそれぞれ二台しかなく、しかも一台ずつ壊れていて作業がなかなか進みません。「いつ終わるんだ・・・」と眠気を抑えながら、地道に洗濯と乾燥を繰り返します。
「俺、ドデカミン飲むわ!」
チュピくんはドデカミンが大好きでした。
「よっしゃああ!みなぎってきたッッ!!」
チュピくんは夜中にコインランドリーで拳立てを始めました。まっつんはそれを見て「脱法ドデカミンじゃないのか?」と疑っていました。
僕はその横で眠気と闘いながら床にへたり込んで、ぼーっと洗濯機を眺めていました。先輩全員の分を洗い終える頃には夜中の二時を過ぎていました。
そして、少し寝たら六時に起きて朝練が始まるのです。
「キツ過ぎる、三人で脱走しよう・・・」
三日目の夜にまっつんが真剣なトーンで言いました。まだ半分以上残っていると考えると、その提案に乗りたい気持ちでした。身体の節々が痛くて、練習の疲れがとれないまま次の練習が始まるのです。
チュピくんだけは、「明日のごはんも楽しみだなぁ!」とマイペースでした。
「お前ら二人今すぐ来い!」
最終日前日の夜中に、洗濯をしていると鬼嶋部長が突然やってきました。チュピくんを残して、僕とまっつんはそれぞれ別の部屋へ連れていかれました。暗い部屋の中で正座をさせられると、全学年の先輩が取り囲むように座っています。
「練習中の気合いが足りねぇぞ!何か言い分はあるか?」
部長から突然叱られました。僕は怯えてしまい、「すみません」としか言えませんでした。
「舐めてんのか!拳立て百回やれ!」
そして、先輩に囲まれながら拳立てが始まりました。僕は拳立てのキツさと先輩への恐怖で泣きながら必死に腕を動かします。途中、四十回ぐらいで身体ごと倒れてしまいました。身体を支えることすらできなくなっていました。
それでも何度倒れても起き上がり、百回終えるまで繰り返しました。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
死に物狂いで拳立てを終えると解放されました。そして、入れ違いにチュピくんが先輩に呼び出されました。コインランドリーで洗濯を再開しますが、腕が上がらなくなっていて道着を洗濯機へ入れるのも大変でした。
しばらくすると、まっつんが真っ青な顔で戻ってきました。彼も腕が上がらなくなっていました。
「まっつん…僕は少林寺拳法部続けるのはムリだよ…」
僕はまっつんにプクプクと湧きあがってくるあらゆる不安を吐き出しました。一年生の中で自分が一番小さくて弱いことにコンプレックスを感じていたのです。それでも必死にやってきましたが、合宿の疲れと拳立て百回で、続けていく自信を完全に失いました。
「…最初に俺が誘ったからさ、どうしても辞めるときは一緒に先輩に頭下げるよ」
まっつんは、話を黙って話を聞いてから、ゆっくり言いました。
「俺も毎日キツいし辛いけどさ、お前らがいるから頑張れるんだぜ」
まっつんも同じように辛いはずなのに、親身になってくれました。普段はノリの良いキャラクターですが、熱い言葉に込み上げるものがありました。彼の言葉で、苦楽を共にする二人の存在の大きさに気づきました。
もし部員が自分だけだったら、そもそも夏合宿まで続けられなかったと思います。まっつんに励まされた僕は、チュピくんの無事を祈りながら帰りを待ちました。
「ただいま!拳立て百回できたぜ♪」
チュピくんは元気な顔で戻ってきました。話を聞くと合流した全先輩に囲まれて百回やり遂げたそうです。僕たちよりもプレッシャーが強い状況のはずですが、平然としています。
「なんか、ギャラリーがいっぱいで燃えたぜ!」
彼は見られて興奮するタイプでした。元気がない僕たちを不思議がりながら、ドデカミンを飲んで拳立てを始めました。僕は「この人には一生勝てる気がしない」と思いました。
ちなみに、この夜中の拳立て百回は合宿の伝統で、毎年の恒例行事だそうです。
「千本突きいくぞ!」
最終日は午前で練習が終わります。合宿を締めくくるのは、『千本突き』でした。その名の通り、千本の突きを行います。一発一発全力の突きを、全員がやり遂げるまで終わりません。
「"気合い"が足りねーぞ!!」
鬼嶋部長が叫びます。少林寺拳法の『気合い』とは、突きや蹴りの動作に合わせて大きな声で叫ぶことです。気合いには、"自らを奮い立たせて最大限の力を発揮する"、"相手を威嚇して気力を削ぐ"といった効果があります。
僕は合宿で声を出しすぎて、すでに初日から喉が枯れていました。拳立てで重くなった腕とかすれた声で、力を振り絞ります。
部員全員で心を一つにするように、突きへ全神経を集中します。今が何回目なのかわからなくなりながら、無我夢中で手を出し続けました。
「合宿を終了します!礼!」
合宿が終わると、自然と涙がこぼれました。やりきった達成感や家に帰れる安心感など、様々な感情が同時に押し寄せてきました。
先輩にも泣いている人がいました。強そうな先輩方も大きなプレッシャーの中で頑張っていることを知りました。
まっつんも号泣しています。部員全体に大きなことをやり遂げた一体感が生まれていました。
「腹減ったな~」
チュピくんは、いつも通りマイペースでした。まだ、彼が泣いている姿を見たことがありません。
「今日は夜洗濯しなくていいんだよな?明日も早起きしなくていいんだよな?」
帰り道でまっつんは、自分を納得させるように何度も僕に聞きました。
「合宿のごはん美味しかったな、また行きたいなぁ!」
チュピくんだけは修学旅行帰りのようなテンションでした。彼は僕たちとは、積んでいるエンジンが違うと感じました。
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