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異世界生活

王城《1》

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 ――朝の短い会議を終えた後。

「ユウ様、でいらっしゃいますね?」

 我がギルドの面々の内、先に出て行ったジゲルとレギオンを除いた全員で朝食をと、宿の一階にある広い食堂に向かっていると、階段下で待ち構えていたらしい一人の従業員の男が、俺にそう言葉を掛ける。

 俺は、いつでも武器を抜けるように自然体で構えを取るセイハに苦笑を浮かべて止めてながら、コクリと頷いた。

「あぁ、そうだが」

「ロビーにて、お客様がお見えになっております。その、ご都合がよろしければ、お早めに行かれた方がよろしいかと……」

 何となく言外に、今すぐ行った方が良いという意志を示す彼が指差す先に視線を送ると……そこにいるのは、フル装備の甲冑を着込んだ護衛らしい二人組に、一目でお偉いさんなのだろうということがわかるような、質の良い服を着た初老の男性。

 さらに視線を奥に向かわせると、宿の正面に如何にもな装飾が施された馬車が一台止まっており、その側面にはつい最近も見た覚えのある三つの剣にドラゴンの、例の紋章が彫られていた。

 ――なるほど、冒険者ギルドのばあさんが言っていた、王家の使いか。

 随分早いな、昨日の今日でもう来たのか。

 ……まあ、すっかり情報収集担当になっているジゲルによると、昨日の時点ですでに、今回の緊急依頼の件は王都中に広まっていたそうだからな。

 曰く、ドラゴンが攻めて来て返り討ちにした。新たな英雄の誕生である。
 曰く、どういう訳かドラゴンを討伐した者が誰なのかわかっておらず、英雄の正体は謎である。
 曰く、これは魔王軍の先駆けであり、近い内本攻勢が始まる。
 曰く、全て嘘で国の陰謀である。

 様々な噂が飛び交ってまさにカオスな現状、早めにそれを収拾させるため翌日というレスポンスの速さでやって来たことは、わからないことではないだろう。

 彼らがやって来る可能性を考え、今日は特に何もせずのんびりしていようかと思っていたのだが、正解だったな。

「……じゃ、聞いての通りだ。俺は行って来るから、朝飯は先に食ってろ」

「あ? 一人で行くつもりか?」

「あぁ。別に、危険もないだろ」

 ネアリアの言葉に、肩を竦めてそう答える。

 宿の正面に止まっている馬車を見る限り、恐らくこのまま王城へご招待されるのだろうが、十中八九要件はドラゴンをぶっ殺したことについてだろう。

 ならば、身の危険なんて考えなくてもよいはずだし、仮に何かあったとしても、自分の身ぐらいは自分で守らなければ、男として少々情けない。

 ……というか、俺としてはどちらかと言うと、一緒に連れて行った場合にこちらのメンツが何か失礼なことをするんじゃないか、ということの方が不安だったりするのだが。

 ネアリアは単純に口が悪いし、セイハは少し、一応主である俺の周囲のこととなると、過剰に反応する面がある。

 その辺り、シャナルだったら上手く対応してくれるかもしれないが、彼女がいないとギルドの方が回らない。
 幼女組に関しては論外だ。

 それに、呼び出しに数人で付いて行く必要もないだろうしな。

「だからまあ、今日は俺抜きで行動してくれ。頼んだぞ」

 そう彼女らに言い残してから俺は、ずっと隣で控えてくれていた従業員と共に、そのお客人が待っているというロビーへと向かう。

「お待たせ致しました、ゴルフェール様」

「うむ、ご苦労」

 優雅に一礼してこの場を去って行く従業員の方をチラリと一瞥してから、初老の男性――ゴルフェールと呼ばれた彼は、座っていたソファを立ち上がり、こちらを向いた。

 巌のようなゴツい顔付きに、老いた見た目に合わない筋肉隆々の身体付き。
 背は高く、俺より半個分高い位置に頭がある。

 この様相を見るに、若い頃は軍人か何かだったのかもしれない。

「――貴殿が、冒険者のユウ殿だな?」

「えぇ、そうです。お名前をお伺いしても?」

「これは失礼した。私はゴルフェール=アドリオット=グルジオと言う。この国のを務めさせてもらっている」

 威厳たっぷりの太い声で、彼は、そう自己紹介した。

 ……へぇ。

 見た目からして偉い人なのだろうとは思っていたが、わざわざ宰相様直々にいらっしゃるとは、ご苦労なことで。

「……ふむ、少々貴殿に用事があって来たのだが、どうやら朝食の邪魔をしてしまったようだな。埋め合わせも兼ね、出来れば朝食を共にさせていただきたいのだが、どうだろうか?」

 よく言うぜ、アンタが俺を呼んだからだろうが。

 と、内心でそんなことを考えながらも俺は、表面上は至ってにこやかな表情を浮かべ、言葉を返す。

「えぇ、光栄の限りです。是非ともご一緒させていただければ」

「話が早くて助かる。では、参ろうか」

 そうして歩き出した宰相の後ろを俺は特に渋ることもなく付いて行き、左右をそれとなく護衛に挟まれ警戒されながら宿を出る。

 そして、止めてあった馬車に乗り込む宰相に続いて、多大な注目を集めつつ俺もまた乗り込むと同時、すぐさま微かな揺れが身体を襲い、馬車が動き出した。

「フッ、すまんな。少々手狭だ。本当は護衛もいらんと言っていたのだが、こればっかりは通らなくてな……」

 右側と左側を暑苦しい鎧の護衛に挟まれている俺を見て、対面に座る宰相が苦笑を浮かべる。

「えぇ、まあ、仕方のないことかと。私はこの国に来て間もない身、警戒は必要なことでしょう。――それで、本日はどういったご用件で?」

「察しは付いておるだろう。貴殿と貴殿の仲間が討伐したドラゴンに関しての話だ。色々と騒ぎになってしまっておるのでな。……全く、大したものだ。話を聞くに、ほぼ一人で討伐を果たしたそうだな。しかも、無傷で」

「いえ、優秀な仲間達がいましたので。彼女らがいなければ、そうも簡単にドラゴン討伐など、不可能だったでしょう」

 嘘だが。
 多分あのドラゴンであれば、俺一人でも余裕で殺せるし、俺じゃなくてもウチのギルドの面々だったら普通に殺せるだろう。

「ふむ……先程の女性達だな。最初話を聞いた時はどんな歴戦の猛者なのだろうと思っていたが、貴殿らは想像していたより随分と若いようだ。その若さでその強さとなると、故郷ではさぞや名が通っていたことであろうな?」

「ハハ、どうでしょうかね。私達はあまり、自分達に伴う噂などに関しては無頓着だったものですから」

 なんせこちとら、プレイヤーキラーの犯罪ギルドなもんでね。

 悪評万歳、恨み辛みは涼しいもんです。
 復讐するなら強くなってから来てくださいね。

「ほう? では、それだけの実力がありながら、自分達に対する風評すら聞いたことがないと?」

「さて。私達は旅の者。その過程で生きるための技を身に付けましたので、噂などというもの自体が立っていないかと」

 探りを入れて来る宰相に、俺は曖昧な笑みを浮かべてそう誤魔化す。

 嘘は言っていない。
 実際アルテラの世界じゃ、アップデートされるごとに街や国々を回りながら、実力を付けて行ったのだから。

「……ふむ。ならば、そんな貴殿らが此度の緊急依頼で急に存在を現したのは、どういうことか聞かせてもらえるか?」

「今回の件は、冒険者として召集された結果で、別に望んだものではありませんので。この街にやって来て、明日の生活のために冒険者登録を行ったら、緊急依頼が発生した。それだけの話です」

「……あくまで成り行きの結果であると」

「えぇ、そうです」

 あくまでのらりくらりと言葉を回避する俺に、宰相は一瞬だけスッと視線を鋭くさせてから、しかしすぐに平静に戻り言葉を続ける。

「まあよい、貴殿の武勇伝は、城に着いてから朝食と共に聞かせてもらおう。私も、新たな英雄殿がどのようにドラゴンを討伐したのか、興味がある」

「英雄とは過分な称号をいただいたものです。ですが、私にお話し出来る範囲であれば、お話させていただきましょう」

 ――そうして俺は、宰相と若干気疲れのする会話を交わしながら、馬車に揺られていく。
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