38 / 49
異世界生活
朝
しおりを挟む「――ちゃん――きて――あんちゃーん!」
意識が上昇と下降を繰り返すような、そんな微睡の中。
あやふやな意識へと外から割り込む、聞き心地の良い柔らかな声。
「――きてくださーい、朝ですよー!」
「……んっ……あ、あぁ……」
その声に導かれるようにして、俺の意識は上昇していき――ゆっくりと、目蓋を開いた。
「あっ、起きた! おはよう、あんちゃん!」
視界に映ったのは、狐耳を生やし、幼いながらも端整な顔立ちをしている、ニコニコ顔の幼女。
「……おはよう、燐華」
そう言いながら俺は、くあっと欠伸を漏らし、上に大きく伸びをして身体をほぐす。
その俺の様子が面白いのか、燐華はくすくすと笑いながら窘めるような口調で口を開く。
「眠そうだけど、あんちゃん、二度寝しちゃダメだからね! もうそろそろ、朝ごはんの時間なんだから!」
「あぁ……もう起きるよ」
「ん、よろしい!」
そうニコッと笑みを浮かべて彼女は、膝立ちで乗っていた丸テーブルから降り、脱いでおいたらしい床の靴をいそいそと履き出す。
…………あ? 丸テーブル?
怪訝に思って周囲を見ると……ここはどうやら自室ではなく、我がギルドの酒場風広場のようだ。
同じテーブルの俺と反対側の椅子に、ネアリアが突っ伏して眠っており、そして何やら重みがあると思って自身の膝上を見ると、隣の椅子に座るセイハが、外した仮面を机の上に置き、俺の膝を枕にして眠っている。
その俺達の周りには、散乱した無数のワイン瓶。
――あぁ、そうだ。
昨日は、ネアリアとセイハに付き合わされ、ずっと酒を飲んでいたのだ。
途中からの意識が無いのだが、恐らくどこかの段階で寝落ちしてしまったのだろう。
……思い出したぞ。
ネアリアは確か、大分粘っていたが俺より先に潰れたのだ。
そうして勝ち誇ってから、しかし大分俺にも限界が来ていたため自室に戻って寝ようかと考え……だが、ここで目覚めたということは、ついぞベッドに向かうことは敵わなかったらしい。
そうだ、思わぬ伏兵の存在によって、ベッドでの快適な睡眠は無くなってしまったのだ。
――セイハである。
朧げな記憶の限りだと、この子がメチャクチャ酒に強く、酔いはしても全く潰れることがなかったのだ。
こうして俺の膝上で眠る彼女を見るに、この子も結局寝落ちしてしまったのだろうが……。
昨日の酔っ払った彼女は、甘え上戸で物凄く可愛かったのだが……うん。
今後、彼女と酒を飲む時は、覚悟しておくことにしよう。
「あんちゃん、ちょっとお酒くさいよー? 朝ごはんの前に、お風呂に入って来た方がいいと思う!」
「あ、あぁ。わかった。そうだな、そうするよ」
二日酔いは……無いな。
別に、前世ではそこまで酒に強い訳ではなかったのだが、これもまた今の俺がゲームの身体であることが理由だろう。
微妙に酔いが残っている気がするが、あのすんごい量を飲んでこの程度なら、ありがたい限りだ。
前世じゃあ、確実に二日酔いでゲェゲェ吐きまくっていたコースだったろうからな。
一日ダウンしていたことは間違いないだろう。
「――セイハ」
そう小さな声で語り掛けながら、俺は膝上であどけない寝顔を晒して眠るセイハの肩を優しく揺する。
「……んぅ……ます、たぁ……?」
「おう、おはよう、セイハ。朝だぞ」
ゆっくりと身体を起こし、トロンとした寝ぼけ眼のまま、近くからボーっと俺の顔を覗き込むセイハ。
今の彼女は仮面を外しているので、その長い眉毛に大きな瞳、端整に整った顔を惜しげもなく晒している訳だが、この様子だと気付いていなさそうだな。
「……そうですか……ますたぁ……あぁ、ますたぁ……」
「……セイハさん?」
微妙に様子のおかしいセイハにそう問い掛けると、だんだんと彼女の顔が俺に近付いて行き――。
――その唇が、俺の唇と重なる。
柔らかく、蕩けてしまいそうな感触の彼女の唇が俺の下唇を挟み、まるで咀嚼するかのように熱烈に絡んで来る。
鼻孔をくすぐる、微かなアルコール臭と、少女の甘い香り。
俺の首に腕を回したセイハの熱い吐息と共に、彼女の唾液が俺の唾液と混ざり合い、チロチロとその小さな舌が俺の唇を舐める。
拙いながらも、必死に絡み合おうとする華奢な身体付きの少女の姿が、非常に愛おしい。
「あー! セイハおねえちゃんがあんちゃんとチューしてるー!」
「きゃーっ」という燐華の黄色い声が耳に届いたのか、セイハは俺と口づけを交わしながらも小首を傾げ、そのトロンとした瞳に少しずつ理性の光を宿していき――。
「……? ――っっ!?」
――やがて、顔中をリンゴの如く真っ赤に染め、ガバッと俺から顔を離した。
「あ、え、あ、ま、ます、たー……ゆ、夢じゃない、のですか……?」
「あー……その……おはよう、セイハ」
「~~~っ!!」
これが現実であると理解したらしく、卒倒しそうなぐらい身体を硬直させる、褐色の銀髪少女。
やがて、あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、両手で顔を隠しながら椅子を立ち、この場から逃げるようにして去って行った。
――唇に残る、熱い感触の余韻。
「……アイツ、仮面忘れて行ったな」
それを忘れるため、頭の後ろをガシガシと掻きながら、どうでもいいことをわざと呟く。
「ね、あんちゃん! 燐華もあんちゃんとちゅーするー!」
俺の膝上を占拠していたセイハがいなくなったことで、そこに滑り込んでこちらに身体を向けた燐華が、そう言って「ん~」と可愛らしく唇をすぼめ、目を閉じる。
俺は、無言で彼女の頭をワシャワシャと撫でてから、その両脇に腕を入れて膝上から降ろすと、ギルドに設置されている風呂へと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
1,031
あなたにおすすめの小説
“絶対悪”の暗黒龍
alunam
ファンタジー
暗黒龍に転生した俺、今日も女勇者とキャッキャウフフ(?)した帰りにオークにからまれた幼女と出会う。
幼女と最強ドラゴンの異世界交流に趣味全開の要素をプラスして書いていきます。
似たような主人公の似たような短編書きました
こちらもよろしくお願いします
オールカンストキャラシート作ったら、そのキャラが現実の俺になりました!~ダイスの女神と俺のデタラメTRPG~
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/402051674/
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
ドラゴン=八角=アーム~無限修羅~
AKISIRO
ファンタジー
ロイは戦場の果てに両腕を損傷してしまう。
絶対絶命の中、沢山の友が死に、国が滅び。
1人の兵士として戦い続け、最後の1人までになってしまい。
それはやってきた。
空よりドラゴンが落下してくる。ドラゴンの力を得たロイの両腕はドラゴンアームとなり果ててしまう。
ドラゴンの娘デルと共に、100人以上の仲間を集める為、捨てた故郷に舞い戻るのだが、
無数の異世界、無数の神の世界、地球、ありとあらゆる世界が交差していく。
ロイと100人以上の仲間達は旅の果てに世界の真実を知ってしまう。
全ての生命の数だけ〇〇があるという事を!
※別サイト様にても掲載しています。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
黒の皇子と七人の嫁
野良ねこ
ファンタジー
世界で唯一、魔法を使うことのできない少年レイシュア・ハーキースは故郷である『フォルテア村を豊かにする』ことを目標に幼馴染のアル、リリィと共に村を出て冒険者の道を進み始めます。
紡がれる運命に導かれ、かつて剣聖と呼ばれた男の元に弟子入りする三人。
五年間の修行を経て人並み以上の力を手にしたまでは順風満帆であったのだが、回り続ける運命の輪はゆっくりと加速して行きます。
人間に紛れて生きる獣人、社会転覆を狙い暗躍する魔族、レイシュアの元に集まる乙女達。
彼に課せられた運命とはいったい……
これは一人の少年が世界を変えゆく物語、彼の心と身体がゆっくりと成長してゆく様を見届けてあげてください。
・転生、転移物でもなければザマァもありません。100万字超えの長編ですが、よろしければお付き合いください。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる