シロワニの花嫁

水野あめんぼ

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本編

第二十二話:記憶の声の正体

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――そしてあの巨大アロマポットの傍に行き、リョウジのいる研究室につながる螺旋階段があるドアを開けた。

「“記憶の泉”は魔法使いしか使われることが許されない代物でして、クエシス様がいた時は研究室の奥の方に有って今代わりに医務長が管理しているはずです。」

――ごくっ

 厳重管理されている魔法道具についての説明を聴きながら固唾を飲みつつ、明澄は厳生の後ろについて行く。瑠璃音達は、研究室に向かう明澄の後姿を見つめて待機をしていた。

「やっぱり、ルメルダが聞いた“あれ”は嘘じゃなかったんだ。……お兄様のバカ。」
「……」

実は数分前、ルメルダはたまたま厳生達の会話を立ち聞きしてしまっていたのだった。
最初は耳を疑ったものの、厳生の表情と言葉で本当だと確信した。すぐ瑠璃音の部屋に戻ったが何か隠してると見破られたうえにこのことを瑠璃音に詰め寄られ、仕方なく打ち明けたのだった。

「それで……私たち女性陣はどうしましょうかねぇ。」
「あのヘタレお兄様をどうにかしないといけない気がしますわ!」
「おやおや……瑠璃音姫は本当に明澄様を気に入っていらしているんですね」

ルメルダは、自分たちは一体どうすればいいのか瑠璃音に聞いてみると瑠璃音は鼻息を立てて、こうなればもし中庭に来たら自分が怒ってやるつもりだと意気込む。弱気になっている詠寿に怒りを隠さない瑠璃音に、少し苦笑いしながらもルメルダは、瑠璃音が明澄の事を気に入っている様子を見て安堵していた。

「だって明澄お兄様は、詠寿お兄様の悪癖を聞いて遠ざかる真似なんてしないって言っているのに、お兄様の事好いてくださっているのに……お兄様はそれを知らないんですもの、あの鈍感鮫!」

 明澄は悪癖を知っても、それを理由に敬遠する真似もしないし明澄も詠寿に心惹かれているのに詠寿はいつまでも煮え切らないうえにあまつさえ悪癖の実態を知られると記憶を消して身を引こうとしている。
瑠璃音は、明澄の気持ちにまだ気付いていない詠寿を詰る。

「はいはい、だったらここで落ち着いて詠寿様が来るまで待ちましょうね。後、口悪いですよ」

「本当にな……」

――違うものの声が聞こえて振り向いてみると……、

「あっ……」

“彼”が後ろにいて瑠璃音は気まずそうな顔を浮かべた。





厳生について行き、リョウジたちが待つ研究室に向かった。

リョウジは、クローディオとともにコーヒーを啜りながら研究室の机に座っていた。
厳生が明澄に連れてきたのを見越すと……

「……来てくれるって思ったよ」

二人は席から立ち上がって案内をしようとする。

「先程、ノゼルが大変なご迷惑を……」
「あっ、いえ……その、ノゼル君は?」
「今、親父と面会してます。」

クローディオは立ち上がるなり、弟であるノゼルの代わりに謝罪してきたが明澄は、気にしないでほしいと促しながらも今ノゼルはどうしているのか聞くと今の時間は父と面会して話をしているはずだとクローディオは答える。

ついてくるように言われリョウジ達の後ろについて行くと、厳重な扉に特殊な南京錠がついているところに案内された。クローディオが前に立ち、呪文のような言葉を呟くと南京錠が開いた音がした。

そしてクローディオ達が扉を開けてその先に案内する。

「……綺麗。」

目の前に映ったのは噴水のような場所だった、しかし噴水の水は不思議なことに虹色に輝いている。

「これが、“記憶の泉”です……魔女が持っていた魔法道具で我々魔女の子孫が厳重に管理しています。」

 クローディオは記憶の泉について説明し始める、ついうっとりと見とれてしまいそうな水の色からしてこの噴水は明らかに特別だということを示していた。

「人の記憶を探れるので悪用されぬよう、我々魔女の子孫が厳重に管理しています。人の一部、髪の毛や爪でもいいのでそれをこの噴水から湧き出る特殊な水で溶かし、相手の記憶を見たいものに飲ませるという手法です。」

クローディオはこの噴水を使ったうえでの記憶の見方を説明しながら、クローディオは用意していたコップで噴水の水を汲みとる。対象者の記憶を見たければその噴水から湧き出る特殊な水で、記憶を覗きたい対象者の身体の一部を溶かした後、記憶を覗きたいと願うものに飲ませるというやり方だと説明する。

「――厳生、詠寿様の身体の一部は?」
「ここに……。」

厳生に詠寿の身体の一部は持って来ているかクローディオが尋ねると、厳生は詠寿の髪の毛数本が包んである布を取り出してクローディオに差し出した。

クローディオは詠寿の髪の毛を取ると液体にそれを入れた、クローディオが手をかざし何か念を込めると髪の毛は泡を吹いて液体の中に溶けて行った。

そして何かに反応するように液体が光り輝く、これを飲むのかと肩唾を呑んだ。

「害はないよ、後は君がこの液体を飲み干すだけ……」

 リョウジはクローディオが持っているあの噴水の液体には害はないことと、後は明澄自身があの液体を飲み干すことだけだと補足する。

「飲んだ後、見たい記憶を心の中で言いなさい。」

クローディオが見たい相手の記憶を心の中で念じれば見れることを補足して、コップを明澄に差し出した。

「……」

得体のしれない液体を飲むことに少し抵抗を覚えたが……、

「――っ」

ゴクッ……

意を決し、コップにあった液体を飲み干した。

(詠寿さんが、ボクに隠している記憶を見せて……)

そうすると心の中でそれを念じた、すると急にめまいを起こし明澄は暗転した。

――がくっ

「おっと……」

 気を失った明澄をリョウジが慌てて受け止め、ベッドに運んだ。明澄はベッドの中に記憶を探るために不思議な水によって深い眠りに誘われた。

「――後は、彼が目を覚ますのを待つだけだな」
「後は……ですね」

記憶を見て明澄がどんな選択をするのかは明澄自身、三人は明澄が目を覚ますまで待つしかなかった。
記憶の泉につながる部屋から3人が出ると、ある人物が立っていることに気付いて三人は顔を強張せる。

「! ――王子!?」

そこには詠寿の姿があったのだった、表情からして何かを察して怒っている。

「――厳生、これはどういうことだ……?」

詠寿は厳しい口調で厳生を詰め寄る、後ろには申し訳なさそうな顔をしているアリヴとショットがいた。さらに後ろには、心配そうに見つめる瑠璃音とルメルダの姿があった。

「悪い厳生、ばれちまった」

アリヴは誤魔化しきれなかったことを厳生に詫びた、これは仕方ないと思った厳生は……。

「……すべて、私の独断です。」

厳生は言い逃れするのを諦めて観念し、白状し始めた。

――その頃、眠っている明澄の夢の中では不思議なことが起きていた。

まるで、水に身体が沈んで行っているような感覚に陥っているみたいだ。
明澄はそんなことを思うものの、身体は何もできなかった。

自分の呼吸が泡へと変化して、泡の音が耳につんざく。
すると急に体が浮いたように水面上に上がった、明澄は懸命に息継ぎをする。
そして目を開いてみると……、

(――こっ、これは……一体!?)

自分の身体が透明になっているのだ、そして目に映った背景はいつも自分が遊びに行っていたあの浜辺だった。自分は経った今不思議な水を飲んで気を失ったはずと思いだし、どういう事か分からず混乱していると何かを見つけた。

(! ……あれはっ!?)

中学生ぐらいの少年が、明澄がよく遊んでいた浜辺に向かって泳いでいる。
よく見ると、誰かの面影に似ている。
よく見ると少年の下半身は鮫だった、これを見て彼が誰なのか明澄にも分かった。

『――よかった、まだ海開きしていないから人いないや』

鮫の下半身を持った少年の正体は詠寿だった、しかし今よりもう少し若い風貌をしている。
中学生ぐらいの年齢の頃の詠寿は、岩陰に隠れながら明澄達がよく遊んでいた浜辺がある街を眺める。

『夜になると、綺麗な明かりがたくさんあるんだよな』

記憶の中の詠寿は、明澄達がかつて住んでいた町を海から眺めてそう呟く。

 どうやら記憶の中の詠寿は、厳生たちの目をかいくぐって人間が住む街を遠目で見るためにお気に入りの場所である浜辺に来たと思われた。すると、誰かが浜辺に遊びに来る気配に記憶の中の詠寿が気付いた。記憶の中の詠寿は慌てて浜辺に来た相手に見つからない様に隠れる。

記憶の中の詠寿は、そっと岩陰から浜辺に来た人物が誰なのか確認する。

『――あっ、サクラガイ発見!』

(あれは、ボク……!?)

サクラガイを見つけて喜んでいる男の子が浜辺にいる、あれは間違いなく小学生のころの自分だった。
小学生時代の自分が一人浜辺で遊びに来ていたのだった。

『あれって、男の子……だよね? でも、可愛いな』

(――!?)

 記憶の中の詠寿はあの頃の明澄を見て、最初は明澄が女じゃないか疑っていたが明澄が男だと後から分かっていながらもずっと見惚れて岩陰から覗いていた。

『――あっ、海に入った』

「楽しそう」と、記憶の中の詠寿は幼い頃の明澄を見てそう呟いた。

――またある日……。

『今日、あの子……来てないかな?』

記憶の中の詠寿はまた城の者の眼をかいくぐって浜辺に来たようだった、そして小学生のころの明澄はいないか目で追っている。

『――あれ? あの男、誰?』

(……?)

岩陰に隠れて記憶の中の詠寿はそう呟いたので、浜辺に明澄は目をやる。すると小学生の頃の自分に話しかけてくる男がいた。

(――まさか、あの時の!?)

明澄はこの記憶を見て愕然とする、忘れもしない……。

小学生の頃の自分はある男にトラウマを植え付けられた、まさか詠寿はその男の顔や男がこれから小学生の頃の自分にすることの一部始終を見ていたということなのだろうか。明澄は小学生の頃の自分を襲った男の顔を半眼にして、確認する。

(――!?)

自分を襲おうとした犯人の男の顔を見て、明澄は驚愕する。

(阿久津……さん)

何と、バイト先の水族館で正社員として働いていた阿久津だったのだ。当時二十代くらいだろうか、今の彼と比べると別人に見えるが何となく面影はある。

『――ちょっといいかな? ちょっと見つかりにくい探し物をしててさぁ、一緒に探してくれない?』

阿久津は小学生のころの明澄に声を掛けてくる。

(阿久津さん……が、ボクを襲った犯人!?)

明澄はこの事実に戸惑いを隠せなかった、詠寿は阿久津の正体を知っていて彼と仲が悪かったのだろうか等そんな考えが頭の中に過っていた。この先を知るのが怖くても、ずっと目が離せない。
阿久津が明澄に馴れ馴れしかったのはもしかして、そう思うと阿久津に対する嫌悪感で一杯になりそうだった。

『あの男、なんか怪しい……』

記憶の中の詠寿は阿久津を怪しみ先導される小学生の明澄について行った、そして人気のない大きい岩が多いところで丁度周りから見えにくいところに若いころの阿久津は立ち止まった。

『――っ!?』

阿久津は小学生の明澄を転ばし、押し倒したのだった。

『――なっ、何……!?』

小学生の明澄は阿久津が突然豹変したことに頭がついて行ってないようだった。
すると阿久津は明澄の身体を抑え込み、当時の明澄が着ていたパーカージャケットのファスナーを無理矢理降ろしたのだった。

ファスナーを下された反動で小学生のころの明澄の肌が露わになる。

『――なっ!? 止め、止めて……いや!!』

小学生の明澄は驚いて阿久津に止めて貰う様叫ぶように請う。
 
――パン!

すると阿久津は思いっきり自分の頬を引っ叩く、暴れる明澄を押さえつけるためにあらかじめ用意していた紐を小学生のころの明澄の腕を掴み頭上に縛り上げる。

『おい、大人しくしろよ! イイ気持ちにさせてやるからよ……』

『――やだぁっ! やめて……!』

息を荒くして好色な表情に顔を歪ませ、阿久津は明澄の水着を無理矢理引きずりおろす。
小学生のころの明澄は、恐怖で顔を歪ませて生理的な涙を浮かべてそう叫ぶ。

『――大人しくしろっつってんだろ!』

――バチン!

阿久津が抵抗を止めない小学生の明澄にしびれを切らし、小学生の明澄をまた引っ叩く。
阿久津はデジタルカメラを手に取り、それをカメラに収め始めた。

『やぁーっ! やめて……!』

涙を流しながら幼いころの明澄は、叫びに近い声で懇願する。明澄はトラウマを思い出して震える身体を
抑えながらも必死で見守った、詠寿が隠している何かを知るためにも。

――ギリッ!

『あいつ……! どっ、どうしよう……あの子を助けないと! 更に酷い事されるに決まってる!』

 記憶の中の詠寿は阿久津がしようとしていることが分かり、怒りに任せて歯軋りを立てているがそれと同時にどうやってあの頃の明澄を助けようか焦っていたようだった。

記憶の中の詠寿はどうやってあの頃の明澄を助けようか悩んでいる、すると浜辺沿いの歩道に歩いている人物を記憶の中の詠寿は発見した。

(!? あの人は……!)

明澄は、歩道を歩いている人物の顔を憶えていた。
歩道を歩いていた人物は襲われた明澄を見つけ出して両親に連絡を取ってくれて、大声を出して明澄が襲われているということを教えてくれた人物がいることを教えてくれた人だった。

『――そうだ、あの人に!』

(! ……まさか)

記憶の中の詠寿がしようとしていることに明澄はもしやと思い、記憶の中の詠寿を見守る。

『この距離なら下半身見えないかも……』

自分が人魚だとばれない距離にいるか確認しつつ、記憶の中の詠寿は意を決し……

『早く来て、こっちに誰か襲われてる!』

明澄が聞いていたあの言葉を大声で叫んだのだった……。
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