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1巻

1-2

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 不思議なことに、オーランドの舌先がその部分を丹念に舐めていくと、痛みではない妙な感覚が突き上げてきて、身体中がびくびくと引きった。

「あう、や……、んっ、んン……!」

 指が潜り込む隘路あいろは相変わらずヒリヒリと痛む。けれど芽の部分は、彼の熱くぬるつく舌を感じるたびに燃えるような感覚を発して、徐々に充血して膨らんできた。彼の吐息がかかるだけでも、腰がびくんと揺れてしまう。

(な、なに? むずがゆくて……もどかしい……っ)
「ふ、んん……、んあっ……っ……」

 ぴちゃぴちゃと猫がミルクを舐めるような音が聞こえてきて、アンリエッタの頭はぼうっと火照ほてってくる。呼吸が震えて、唇から漏れる声には苦痛以上に甘いものが含まれてきた。
 腰から下に力が入らなくなってきて、彼の舌が動くのに合わせて、開いたままの足が強張こわばる。
 やがて、彼の指が潜り込んでいるところのさらに奥が、じんわりと熱を帯びてくすぶり始めた。

「は、はぁ、はぁ……っ、や、やぁぁん……っ」

 じっとしていられなくて、つい腰を動かそうとしてしまう。そうすると指がれられたままの内部がツキリと痛んで、アンリエッタは眉を寄せた。だがその痛みも、いきなり突き立てられたときに比べて、ずいぶんなりを潜めている。
 今や苦痛よりも、初めて感じる快感のほうが大きくなっていることに気づいて、アンリエッタは狼狽ろうばいした。

(ど、どうして、わたし……こんなことをされて、恥ずかしくて、いやなはずなのに……)

 もどかしいような、なんとも言えないふわふわとした感覚。少し怖いけれど、やめてほしいとは思えない。

(むしろ、もっと……、もっと、さわってほしい……)

 アンリエッタは敷布を掴んでいた手を、そっとオーランドの頭に滑らせる。ほとんど無意識で、彼のつややかな栗色の髪に指を通した瞬間。

「いっ……!」

 太腿を押さえていたオーランドの手が、いきなりぐっと柔肌を掴んできた。内腿に爪を立てられ、アンリエッタはたちまち心地よさから引き戻される。
 びっくりして目を上げると、そこにはそれまで以上に不機嫌な表情を浮かべたオーランドがいた。

「あ……」

 いつの間にか彼の髪を掴んでいることに気づき、アンリエッタの全身から血の気が引く。
 慌てて手を引くも、オーランドの表情は変わらなかった。

「少し甘いことをしてやれば、すぐにそうやってつけ込もうというわけだ。なにも知らない顔をしながらとんでもない女だな」
「な……、ち、ちが……」
「なにが違う? ほんの少し舐めただけで、これだけ濡らして」
「あっ!」

 沈められたままの彼の指がくの字に曲げられる。鋭い痛みが走ると同時に、くちゅりという水音が聞こえてきて、アンリエッタは大いに戸惑った。
 彼の言うとおり、いつの間にかその部分がわずかな湿り気を帯びている。

(な……、ど、どうして)

 うろたえるアンリエッタに気づいているのかいないのか、オーランドは皮肉に満ちた笑みを浮かべる。そしていきなり、指を素早く引き抜いた。

「やぁう!」

 入り口になにかが引っかかるような痛みに、アンリエッタはびくりと身体を強張こわばらせる。
 だが息が整わないうちに、今度は二本の指を震える割れ目にねじ入れられた。

「いっ、いやぁ、痛い……!」
「嘘をつけ。これだけ濡らしているくせに」

 言いながら、彼は手首をひねって、隘路あいろをこじ開けるように指を進めていく。わずかに生まれた隙間からあふれた蜜が、つぅと臀部でんぶを伝うのを感じて、アンリエッタは首を左右に振った。

「お願い、抜い……あ、あぁ、いや! 動かさないでぇ……!」

 根本まで沈めた指を、内部でばらばらに動かされて、ひりつくような痛みにアンリエッタはか細い声を上げた。

「ふ、うぅ、う……っ」

 逃れようと身をよじってもことごとく押さえつけられ、止まりかけていた涙が再びぶり返してくる。

「はっ、あぁ……、も、やめて……っ」
「そんなにやめてほしいなら、さっさと終わらせてやる」
「あうっ!」

 指が勢いよく引き抜かれ、アンリエッタは息を詰まらせる。
 全身で震えながらも逃げだそうとするが、オーランドの腕が背に回され、そのままぐっと身体を引き寄せられて、身動きひとつとれなくなった。

「やぁぁ……!」
「暴れるな」

 アンリエッタを抱きすくめながら、オーランドは片手をみずからの下穿きに伸ばす。
 がくがく震えながらもがいていたアンリエッタは、直後、下肢に熱いなにかが押しつけられるのを感じ、びくりとした。

(な、に……これ……っ)

 じっとりとした熱さを発するそれは棒状で、かすかな湿り気を帯びている。
 その先端が震えるひだを掻き分けていく。そして、先ほどまで指が突き立てられていた部分に押し当てられるのを感じ、アンリエッタはひっと息を呑んだ。

「や、やめて……っ」

 本能的な恐怖に喉が引きる。恐怖で狭まった視界に、眉根を寄せたオーランドの顔がわずかに映り込んだ。
 その紫の瞳が痛ましげに伏せられた気がして、アンリエッタは目をまたたく。が、突然襲ってきた激痛に戸惑いは一気に吹き飛ばされた。

「い、や、……ああぁぁぁ――ッ!!」

 身体がふたつに引き裂かれるような衝撃だった。
 先ほどまで押し当てられていた棒状のなにかが、ぎちぎちと隘路あいろを広げて押し入ってくる。
 指とは比べものにならない、太くて硬い熱塊の侵入に、アンリエッタは喉を反らして絶叫した。痛みに見開いた瞳が新たな涙に潤んで、身体中がきつく強張こわばる。

「あ、あぁ、あ……!」

 痛みのあまりろくな言葉も出てこない。いやいやと首を振るのが精一杯だ。
 なんとか離れてほしくて彼の腕を叩くが、オーランドはますます彼女を引き寄せ、ぐっと腰を押し進めてくる。

「ひぃ……!」

 腰が割れそうな痛みに、アンリエッタはぼろぼろと涙をこぼす。オーランドが耳元で荒い息をついているのが聞こえたが、構っている余裕はなかった。

「う、うぅ……っ」
「っ……動くぞ」
「いや……、あ、あぁ、いやあぁぁ……ッ!」

 きつく抱きすくめられた状態で、身体の中心をずんっと突き上げられる。
 かと思えば腰が離れ、同時に押し込められた熱塊もぎりぎりまで引き抜かれた。このまま抜いてくれるのかと思えば、それまで以上に奥にずんと押し込められて、アンリエッタは息を止める。

「や、や、……いや、もぅ……助けて……」

 息も絶え絶えになりながら懇願するが、オーランドは動きを止めない。
 それどころかさらに大きく腰を動かして、アンリエッタの細い身体を荒々しく揺さぶった。

「あ、あうっ、……ううぅ……!」

 ふたりの動きに合わせ、寝台がわずかにきしむ。
 彼が腰を動かすたびに、無理やり暴かれた処女壁が激しくこすられ、火傷やけどしたようなヒリヒリとした痛みがわき上がった。最奥を突き上げられるたびに息が止まりそうになる。
 そのうち抵抗する言葉も出てこなくなり、お互いの腰がぶつかり合う音と、隘路を掻き回されるぐちゃぐちゃという水音だけが響くようになった。
 そうしてどれほどの時間が経ったか――

「ぐっ……」

 不意に、オーランドが低くうめいて、アンリエッタの肩を敷布に押さえつける。そうして勢いよく上半身を離した。直後、身体をさいなんでいた熱塊が勢いよく引き抜かれる。

「やっ、やぁう……」

 痛みのせいで激しく震えたままの足に、温かななにかが浴びせかけられた。
 それは食い込んだ指のあとが残る内腿をどろりと伝っていき、未だ痛みにひくつく秘所まで汚していった。じんわりとした感覚がひどく気持ち悪く感じて、色をなくしたアンリエッタの唇が大きく震える。
 寒さと痛みにかちかちと歯を鳴らしながら、アンリエッタはおそるおそるみずからの下肢に目を向けた。太腿から秘所を覆うその温かななにかは白く、ところどころ赤い筋がまざっている。

(な、に……、これは、いったい……?)

 考えてみるが、痛みと衝撃に麻痺した思考では、とても答えは見つけられない。
 そのとき、前屈みになって肩を上下させていたオーランドが、ふぅと大きく息をついた。それを聞いてぎくりとする。
 荒々しく開かれた身体は限界を訴えていて、もう抵抗する気力もない。かといってまた同じような痛みを与えられたら、無残に踏みにじられた恋心が粉々に壊れてしまう気がして、たまらなく恐ろしくなった。
 知らず身体を硬くしながら、祈るような思いでオーランドを見つめたアンリエッタは、そのおもてを見やって再び息を呑む。
 わずかに息を切らし、自身の放った白濁を見るオーランドは……なにかをこらえるような苦々しい表情を浮かべていたのだ。

(……どうして、そんなお顔をなさるの……?)

 だが、それを尋ねる力はもうなかった。
 つらい現実から逃れるように、アンリエッタの意識は、深い眠りの中へと沈みこんでいった。


          ◇   ◇   ◇


「うっ……」

 目元にちらちらとまばゆい光が入り込む。それに誘われるように、アンリエッタは重たいまぶたをゆっくり開いた。
 見慣れない部屋が視界に飛び込んでくる。大きく取られた窓からは朝日が降りそそぎ、寝台の上にうつぶせになるアンリエッタを照らしていた。

「あ……、わたし……?」

 いつの間に眠ってしまったのだろう。それにここは……?
 胸元にこぼれる淡い金髪を払いつつ、アンリエッタは身体を起こそうとするが――

「痛っ……!」

 唐突に足の付け根から鈍い痛みが広がって、アンリエッタは瞠目どうもくして下肢を見下ろした。
 き出しになった白い足のあいだに、わずかながら赤い筋が見える。同時に太腿にこびりついた汚れが見えて、記憶が一気に戻ってきた。

(そうだわ。わたしは昨日、オーランド様と結婚式を挙げて……自室にあの方をお迎えして、それから……)

 冷たい言葉を浴びせられ、手ひどく身体を開かれたのだ。
 薄闇の中、肩を押さえつけてきた強い力と、のしかかってきた身体の重み、そして与えられたひどい痛みを思い出して、アンリエッタの全身からさっと血の気が引く。下肢の痛みは意識するごとに大きくなるようで、知らず呼吸が浅く速くなった。

(あんなひどい抱き方をされるなんて……)

 昨夜の入浴時のことが思い出される。性的に無知であろうアンリエッタを見越して、身体を清めるあいだに、年配の侍女が初夜の心得を教えてくれた。

『基本的には殿方にお任せすればよろしいのですが、最中に痛みがある場合がございます。それは女性であれば誰もが通る道ですので、心を落ち着かせて臨んでくださいませ』

 そのときは神妙に頷いたものだが、実際には、とても落ち着くことなどできなかった。
 さらにオーランドの冷たいまなざしと、親しくなりたいと口にするなと言われたことも思い出される。

「う……」

 昨夜もさんざん流した涙がまた盛り上がってきて、アンリエッタは顔をくしゃくしゃに歪めた。
 別に、情熱的な愛の言葉を望んで嫁いできたわけではない。アンリエッタはずっと彼のことを思っていたが、これは国同士の政略結婚だ。相手に始めからアンリエッタのような愛情がないことは心得ていた。
 それでも、泣いていた過去の自分を優しく慰め励ましてくれたオーランドとなら、政略結婚でも、ゆくゆくは愛情を持って向き合えるようになるだろうと思っていたのだ。
 彼が優しい人物だとわかっていたからなおさら、期待も大きかった。
 だが現実はどうだろう。手ひどく抱かれ、そのまま打ち捨てられ、今朝はこの部屋に彼がいたという気配すら感じられない。夜中のうちに出て行ったのだろうと思うと、みじめさと切なさに涙が抑えられなかった。
 だが本格的に泣き出す前に、扉がコンコンとノックされる。

「アンリエッタ王子妃様? お目覚めでございますか?」

 アンリエッタはハッと我に返って、慌てて目元をぬぐった。

「お、起きています」

 かすれた声で答えると、お仕着せに身を包んだ侍女が断りを入れて寝室へ入ってきた。

「お顔を洗う支度と朝食をご用意いたしました。お身体の具合はいかがでしょうか?」

 心配そうに尋ねられ、アンリエッタは恥ずかしさと気まずさに薄く頬を染めた。

「……大丈夫よ」

 だが汚れた身体を見られるのには抵抗があって、アンリエッタは毛布をたぐり寄せて胸元を隠す。
 侍女は心得た様子で、温かなお湯で蒸らした布を差し出してきた。

「本日は朝議がございますが、ご出席なさいますか? おつらいようでしたらその旨をお伝えいたしますが」
「朝議……」

 アンリエッタは、記憶を探る。
 祖国にいた頃、嫁ぎ先のディーシアル王国について、様々な知識を学ばされた。朝議というのは、確か毎朝、王族と議員の資格を持つ貴族が一堂に会して、前日までに集められた案件について議論する習わしのことだったと思い出す。
 王子の妃となったアンリエッタにも、朝議への参加資格が与えられているのだろう。
 ならばここで傷心に浸っているわけにはいかない。オーランドと愛し合いたいというのはまぎれもない本心だが、嫁いだからには、王子妃として彼と彼の国のために働きたいというのも、アンリエッタのいつわりない思いだった。

「すぐに支度します。手を貸してちょうだい」

 そうしてアンリエッタは侍女の手を借り、痛む身体を押して寝台から下り立った。
 用意されたドレスは季節に合わせた若菜色で、袖口には細かいしゅうが施してあった。母国にいた頃は化粧などあまりしたこともなかったが、侍女によって綺麗に粉がはたかれ、顔色の悪さをごまかすように頬紅が重ねられる。
 用意された朝食は食欲がわかず、ほとんど食べられなかった。そうこうしているうちに朝議の時間が迫り、アンリエッタは侍女の案内で議会場へ向かう。
 広々とした廊下には議員やその奥方たちが集まり、議会場の扉が開くのを待ちながら、たわいもないお喋りに興じていた。

(オーランド様はどちらかしら?)

 きょろきょろと周囲を見回していると、背後から鋭い声が響き渡る。

「アンリエッタ王子妃! わたくしのもとへおいでなさい」

 驚いて振り返ると、そこにはこの国の王妃であり、オーランドの生母でもあるローリエが立っていた。王妃らしくきらびやかな装いに身を包んでいるものの、目元に深く刻まれた皺とつり上がった眉が、いかにも気難しそうな印象を与える。
 だがその髪や瞳の色はもちろん、顔立ちもオーランドによく似ていることもあって、アンリエッタは彼女とも親しい関係を築きたいと思っていた。

「おはようございます、王妃様」

 アンリエッタは慌ててスカートの裾をつまみ挨拶する。本当は深く頭を下げなければいけないのだが、下肢に痛みが走り、ぎこちない動きで中途半端なおじぎになってしまった。
 それを見たローリエはぎゅっと眉間に皺を寄せる。

「なぜおまえだけがこちらにきているのです。第一王子はどうしました?」
「オーランド様は……」

 口ごもるアンリエッタに代わり、うしろに控えていた侍女がそっと助け船を出した。

「王子殿下におかれましては、昨夜のうちにお部屋へお戻りになったようです。今朝はまだ王子妃様も、殿下にお目にかかってはおりませぬ」
「まぁ、なんということ……っ。初夜に夫を引きとめておけぬとは、花嫁に魅力がないと言っているのも同然ですね」

 痛烈な批判に、アンリエッタは首をすくめる。内容もそうだが、人目があるところで堂々と言われるのは恥ずかしく、それ以上に情けなくもあった。

「申し訳ありません……」
「まったく、王子には困ったものですね。このところ朝議にも顔を出さなくなって。今日くらいはお小言は控えようと思っていたのですよ? なにせ結婚式の翌日ですからね。それなのにあなただけがここにいて、肝心の王子がいないとはどういうことですか。まったく……」

 王妃が大仰に嘆くせいか、貴族たちも興味を引かれたようにこちらを振り返る。
 無数の視線に無遠慮に見つめられて、アンリエッタがたまらず逃げ出したくなったとき、今度は背後から朗らかな声が聞こえてきた。

「んっ、まぁ。歯に衣着せぬ物言いですこと。そちらの姫君を大切なご子息の花嫁に選んだのは、他でもない王妃様ではございませんことぉ?」

 挑発的なその言葉が響いた途端、ローリエの顔つきが一気に険しいものに転じる。
 アンリエッタも慌てて振り返った。するとそこには、ローリエに負けず劣らずきらびやかなドレスに身を包んだ、肉感的な美女がたたずんでいた。
 彼女は派手な扇で首元を扇ぎながら、傲然ごうぜんあごを上げて言い募る。

「それをそのように皆の前でこき下ろすなど、ご自分の見る目がなかったと言っているようなものではございませんか! なんとも滑稽こっけいなことですこと。おほほほっ!」

 すると彼女の周りを囲んでいた貴族たちが、同意するように小さく笑い声を上げる。
 それを見たローリエは憤怒ふんぬぎょうそうで、アンリエッタを押しのけ、つかつかと美女の前に立った。

「お黙り!! めかけの分際で生意気な! そういうおまえの息子は、先頃また賭場で多額の借金を作ったというではないのっ。賭場の主人が請求書の山を抱えておまえの邸を訪ねたことは、この王宮でもすっかり噂話の種になっているのですよ!?」

 すると美女も白磁のような白い頬を真っ赤に染めて、怒濤どとうの勢いで言い返した。

「んっまぁっ! それを言うならそちらの息子だって、娼館で好き勝手していると評判になっているじゃございませんかっ! 第一王子ともあろう者がそのていたらく、それこそ王宮の汚点ではなくって!?」
「年甲斐もなくじゃらじゃらと派手な装いをして、立場もわきまえずに王宮を練り歩く女狐に言われたくはないわ! わたくしの息子が王位を継いだら、おまえなど真っ先に追放してくれる!!」
「やってごらんなさいな! 家柄だけしか誇るもののないつまらない女が! 王位を継ぐのはわたしの息子よ。あんたのことなんてお家ともども取りつぶしにしてくれるわ!!」

 バチバチバチッ、とふたりのあいだで見えない火花が炸裂する。
 聞き苦しい上にかなりあけすけな喧嘩内容に、アンリエッタは驚きもあきれも通り越してぽかんと見入ってしまった。

「えっと……、あなた、名前はサリアと言ったかしら」

 ひとまず自分のうしろに控えていた侍女に声をかけると、彼女は「はい」と丁寧に答えた。

「王妃様と言い争っている、あのお美しい方はどなたなのかしら。昨夜の祝宴にはいらっしゃらなかったと思うのだけど……」

 議会場の前で喧々けんけんと言い合っているのは褒められたものではないが、目をみはるほどうるわしい女性だ。ローリエ王妃ももちろん美しいが、こうしてふたり並ぶとやはり美女のほうに軍配は上がる。

「国王陛下の第二妃であらせられるイザベラ様ですわ。祝宴にお出にならなかったのは、王妃様が同席を許可しなかったからだと聞いております」

 なるほど、とアンリエッタは納得する。
 激しく言い争っている様子からして、ローリエ王妃が夫の愛妾を蛇蝎だかつのごとく嫌っているのは明白であろう。
 そしてそれはイザベラ妃も同様らしい。案外昨夜の祝宴に呼ばれなかった腹いせもあって、朝から喧嘩を吹っかけてきたのかもしれない。
 それにしても、高貴な身分の者が衆人環視の中で言い争うなどあってはならないことだ。見苦しいだけならまだしも、ふたりの夫である国王陛下の面目が丸つぶれになる。
 しかし居並ぶ貴族たちにとっては日常茶飯事の光景なのか、ほどなくあちこちから抑えきれない嘲笑が聞こえてきた。

「毎度思うことだが、どちらもご自分の息子を王位につけたくて必死だなぁ」
「特に王妃様は日に日にヒステリックになられて……。まぁ、ここ一年のオーランド殿下の行状を見る限り、絶対と思われていた王太子の位も危うくなって参りましたからね」
「それを見てイザベラ様が勢いづいてきているわけだが、第二王子殿下があれではな……」

 やれやれ、と言わんばかりの生ぬるい空気が漂ってきて、アンリエッタはひどく戸惑う。
 だがくるりと振り返ったローリエが、怒りの矛先ほこさきをアンリエッタにも向けてきたため、なにかを尋ねる暇はなくなった。

「なにをそんなところで突っ立っているのですか! 夫が不在だというのに、自分だけ朝議に参加する妻がありますか! 今すぐオーランドを連れていらっしゃい!」

 アンリエッタは慌てて口元を引き締め、「か、かしこまりました」と頭を下げた。
 急いでその場を離れるあいだも、ローリエとイザベラのののしり合いが聞こえてくる。
 口汚い争いは聞いているだけでも神経がすり減っていくようで、人気のないところに出たアンリエッタは、思わずほーっと詰めていた息を吐き出したほどだった。


 その後、アンリエッタはオーランドを探して、彼の自室や城内のめぼしいところを探してみたが、目的の人物を見つけることはできなかった。
 自室に戻ったときにはもうへとへとになっていて、長椅子に寝そべるように倒れ込んでしまう。
 サリアが運んできた飲み物を口にしながら、アンリエッタはがっくりと肩を落とした。

「オーランド様はお城にはいらっしゃらないのかしら……。サリア、どこかあの方の行きそうなところに心当たりはない?」
「さぁ、わたしにはなんとも。ただ……」
「ただ?」
「……ここ最近、オーランド殿下は城においでにならないことのほうが多いようでして」
「視察に出る機会が多いということかしら?」
「いえ、そうではなく」

 言いよどむサリアは、自分が言ってもいいものかどうか思い悩んでいるようだ。
 アンリエッタは姿勢を正してまっすぐサリアを見つめた。

「サリア、わたしはオーランド様の妃よ。あの方のことならどんな些細ささいなことでも知っておきたいの。なにか知っていることがあるなら、どうか教えてちょうだい」
「……あくまで、わたしが見聞きしたことですので、鵜呑みになさらないでいただきたいのですが」

 おずおずと言い添えてから、サリアは口を開いた。

「ここ一年ほど、オーランド殿下はあまりご政務にたずさわっていらっしゃらないようです。朝議はもちろん、それ以外の場にも顔を出さず、昼夜を問わず城をあけていることが多いようで……」
「なんですって。政務に携わっていない?」

 予想だにしなかった事態に、アンリエッタはただでさえ大きな瞳をまん丸に見開いた。

「そんな、だって、わたしの知っているオーランド様は――」

 隣国が原因不明の病に侵されていると聞いてすぐ、医師を連れてみずから足を運んでくれるような人物だ。薬のおかげで病が収束したあとも、ディーシアル国からは麦などの物資が届けられた。それを手配したのもオーランドだと聞いている。
 そのことをアンリエッタが話すと、サリアも神妙な面持ちで頷いた。

「その通りです。オーランド殿下は早いうちから政務に打ち込み、臣下の多くから、いずれ国を背負うのにふさわしい人物になるであろうと期待されていたのです。ですがこの一年のあいだに、ひとが変わったようになってしまわれて、今では表に出てくることもほとんどございません」
「ひとが変わったように……」

 ゆっくり繰り返しながら、アンリエッタは昨夜のオーランドを思い出す。かつての彼からは想像もできない冷たい雰囲気は、まさにそうとしか表現できない変貌ぶりだった。

(まさか、王子としての責務まで投げ出していらっしゃるなんて)

 そこでアンリエッタは、今朝の議員たちが呟いていた言葉を思い出した。

「あの、貴族の誰かが『イザベラ様が勢いづいてきている』というようなことを言っていたけど、それはどういう意味なのかわかる?」
「イザベラ様はかねてより、ご子息である第二王子レオン殿下を王位にけたいとお考えでした。オーランド殿下が政務に無関心な今のうちに、とお考えなのでしょう」
「第二王子、レオン様?」

 初めて聞く名に、アンリエッタはぱちぱちと目をまたたかせる。昨日の結婚式の記憶をたどっても、イザベラ同様、そういった名前の王族は参列していなかった。


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