公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第五章 メイド、専属侍女になる。

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「わたしがさっき言ったことは間違いじゃないよ。あんたの働きぶりはたいしたもんだと思うし、何日か前かは休暇を延ばしてくれて本当に助かったしね。けれど、あんたは孤児で、とても王族である旦那様の小間使いになるにはふさわしくない身分だ。それはわかるね?」
「……はい」

「旦那様もそれはもちろん承知のはずだ。なのに、あえてあんたを自分付きになさった。これはなにかあると疑われても仕方ないよ。現にわたしも、なぜあんたが、という気持ちは少なからず持っている。従者や侍女はただ働き者ってだけじゃなれない立場だからね」
「……」

「だからねジゼル。だからこそ、今後は周囲に舐められないように、いっそう仕事に励んで、気を張って生活しな。旦那様があんたを侍女に選んだのも当然だと、周りの人間が思えるくらいに、一生懸命働くんだ」

 思いがけない励ましに、ジゼルはうつむいていた顔を上げる。意外なことに、助言する家政婦長は少し心配そうな顔をしていた。

「これからのあんたはねたみやそねみを受ける立場になるからね。あほくさい嫌がらせを受けることもあるだろうさ。わたしがその場にいればかばえるけど、そういうのは大体上の人間がいないところで起こる。あんたは働き者で、おまけにお人好しだから、そういうのに参って落ち込まないかが一番心配だよ」
「家政婦長……」

 言葉こそ荒いが、家政婦長が紛れもなく自分を心配してくれていることがわかって、ジゼルは不覚にも感動してしまう。
 とはいえ基本的に厳しい家政婦長だ。すぐにキッと目つきを鋭くしてきて、へにゃりとした顔をするジゼルの胸を人差し指でドスドス突いてくる。

「だが、あんたが旦那様の名を汚すような真似をするなら、わたしは旦那様がなんと言おうと、あんたをまた雑用メイドに落っことすからね。そうならないようせいぜい励みな。いいね?」
「……はい、はいっ、もちろんです……!」

 ジゼルがしっかり頷くと、家政婦長も「よし」と頷き、再び歩き出した。

 突然の配属で驚きばかり先行していたジゼルだが、家政婦長のおかげで気持ちが引き締まってくる。
 ロイドの下着作りが絡んでいようといまいと、とにかく任命されたからには、一生懸命専属の小間使いとして働かなければ。公爵様の侍女にふさわしいと言われるように、いっそう職務に励もう。

 気合いを入れているうち、ロイドの部屋にたどり着く。お茶を届けるときと同じように扉を開けて中に入ると、家政婦長は居間に続く扉の手前にある、別の扉を開いた。

「こっちが小間使い用の部屋だよ。こっちは従者の控え室だから、もう一方の部屋を使うことになるね」

 再び扉を開けると、四階の使用人部屋より遙かに広い一室が見えて、思わず「わぁっ」と歓声を上げてしまった。
 寝台は使用人部屋より大きいし、床には絨毯じゅうたんも敷いてある。衣装棚と机と椅子のほかに鏡台まであって、これが専属侍女の部屋……! と少し感動してしまった。

「ドレスも近々用意しないといけないね。あんたどうせろくな服を持っていないだろう? 休みの今日もそのお仕着せを着ているんだから」
「えっ、ドレス? どうして?」

 目を見張るジゼルに、そこから教えないといけないのか、とでも言いたげな顔で家政婦長がため息をついた。

「旦那様付きの小間使いと言うからには、ただのメイドとはわけが違う。小間使いの役割の中には、旦那様の私的な相談や話し相手というのも含まれているんだ。重要な役割なんだよ? なのにほかの使用人と同じお仕着せじゃ、格式もなにもないじゃないか」
「そ、そういうものなんですか……」

 服装からしてメイドとは違うと突きつけられて、ジゼルはにわかにこみ上げてきた緊張にごくりとつばを呑み込んでいた。

「これまでみたいな洗濯や掃除のような重労働もなくなるから、汚れてもいいお仕着せを着る必要がないっていうのもあるけどね。まぁ小間使いの仕事は主人が決めるものだから、とにかく今後のあんたは旦那様の命令第一で動くことを優先すること。いいね?」
「はい、わかりました……」

「給仕や旦那様の着替えなんかは従者のほうから習いな。なにか質問は?」
「とりあえず大丈夫です」
「なら荷物をこっちに運んじまいな。もうこの部屋はあんたの部屋だから自由に使っていいよ。旦那様もそろそろお帰りだから、休む前に挨拶はしておくこと。じゃあ、わたしは下に戻るからね」

 家政婦長はいつも通りテキパキ指示をすると、すぐに部屋を出ていった。

「……ランジェリーモデルだけでも結構大変な仕事なのに、専属侍女かぁ……覚えることはたくさんありそうね」

 尻込みしてしまいそうになるが、旦那様直々の指名ならこちらから断ることは当然できない。慣れていくしかないだろう。

 とにかく荷物を運び込まなければ。ジゼルはすぐに四階へ向かい、三年ほど暮らした部屋に別れを告げた。荷物が少ないので、たった一往復で荷物を全部運び出せたのは、果たして喜ぶべきか、ちょっとさみしいかなと思うべきか。
 とにかく衣服を衣装棚にしまい、細々したものもそれぞれの位置にしまう。

 あとは外出しているロイドが帰ってくるのを待つのみだ……と思ったが、日が暮れてもロイドが帰ってくる気配は一向にない。
 そしてジゼルは昼間孤児院で散々身体を動かしたせいか、ものすごく眠くなってきた。

「うぅ、ベッドのあるところにいるのはあまりに危険だわ……! あ、そうだ」

 もともとロイドは夜になったら衣装室にくるようにと言っていた。ジゼルは慌てて立ち上がり、一階の衣装室へ向かう。少なくても部屋にいるより寝てしまう確率は少ないはずだ。

「ランジェリーの試着じゃないから、こっちの広いほうの部屋で待っていればいいのよね、きっと」

 そう思ったジゼルは、部屋に入ってすぐランプを取り出し火を灯した。
 今日の衣装室はきちんと片付けられていた。新しい衣装が部屋の隅に飾られているが、婦人用のドレスらしく、舞台衣装と比べて装飾は控えめだ。それでもジゼルからすれば、神々しいほど美しく見えるドレスだが。

「産まれながらの貴族とかなら、こういうドレスも似合うんだろうし、……ロイド様から告白されても、素直に『嬉しい』とだけ思えるのかなぁ……」

 近くの椅子を引いてきて、ドレスの前に腰掛けながら、ジゼルはふーっとため息をつく。
 そんなことを考えても仕方ないとわかっていても、やはり考えずにはいられない。
 そのむなしさにさみしさを覚えつつ、ジゼルは机にもたれて小さくあくびをする。

 眠るのを防ぐためにここへやってきたはずなのに、いざ座ってしまうとどうしてもまぶたが重くなってしまって、気づけばジゼルは机に突っ伏して眠り込んでしまった。

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