公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第四章 メイド、手を出される。

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「ねぇジゼル。あんた昨日は旦那様とずっと一緒に衣装室にもっていたのよね?」

 翌日の朝食の席で、いつも通り並べられたパンをスープで流し込んでいたジゼルは、思わず口の中のものを噴き出しそうになった。

「んぐっ、げほ、げほっ……。そ、そうだけど、なにか?」

 軽くき込みながらも、平然を装って答えると、尋ねてきた同僚は「別にぃ」と言いながらスープをすする。

「最近ちょっと、旦那様と一緒にいる時間が長すぎやしないかと思ってさ。もしかしたらなにか『いいこと』でもしてるんじゃないかと思って」
「い、『いいこと』ってなに?」

 まさかランジェリーモデルをしていることがいいことなわけ? と思って真顔で聞き返すが、同僚も、ほかのメイドたちも、小さく笑って顔を見合わせた。

「やだわ、この子ったら。意味もわかっていないようじゃ、その可能性はないかぁ」
「そりゃあジゼルだしねぇ。遊び相手にするには素直すぎるというか、隠れてそういうことができる性格じゃなさそう」

 遊び相手、という言葉に、ジゼルはようやく『いいこと』の意味に思い当たる。かくいう自分も数日前に、そのことであれこれ悩んでいたではないか。
 自分が曲がりなりにもロイドのお手つきになったのでは? と疑われていると知って、ジゼルはかーっと真っ赤になった。

「い、いやいやいやいや、ないです、それは絶対にないですから!」
「でしょうねぇ。そんなことがあったらすごく挙動不審きょどうふしんになって、お皿の一枚や二枚割りそうな気がするもの」

 全力で否定するジゼルに、同僚たちはなぜだか生ぬるいまなざしを向けてくる。それはそれで失礼ではないかと思うのだが。

「ほらほら、あんたたち! ちんたら食べていないでさっさと持ち場に就きな! ジゼルも今日は玄関ホールの掃除に当たっておくれ。旦那様はもうお屋敷を出発しているから」
「え、旦那様、もう起きていらしたんですか?」

 ジゼルではなくほかのメイドが「めずらしい」という感じで目を見開く。彼女たちを叱りつけていた家政婦長は重々しく頷いた。

「旦那様はお忙しい方だからね。とはいえこんな早朝からお出かけされることは滅多めったにないけれど。さぁ、さっさと食べ終わらせな!」
「はーい」

 メイドたちは口々に返事をして、急いで朝ご飯を掻き込む。ジゼルも最後のパンをスープと一緒に口にめ込み、もぐもぐしながら空いた食器を流しへ片付けた。

(旦那様が留守なら、今日はモデルのお仕事をしなくてもいいかも?)

 と思っていたが、ロイドはお茶の時間には帰ってきた。その後は衣装室に籠もっていたようで、顔を合わせることはなかったけれど、夕食後また家政婦長に「旦那様が衣装室で作業しているから、お茶を持って行ってから上がっておくれ」と言われ、ジゼルは思わず天を仰いだ。

(……まぁでも、今日のお勤めが終われば久々のお休みだし。あいだにパーティーを挟んでの十連勤はさすがにきつかったわ。そりゃ熱も出すわよね)

 そんなことを考えつつ、お茶の支度を乗せたワゴンをジゼルはゴロゴロと押していく。
 衣装部屋は明かりこそついていたが、生前と片付けられていて誰もいない。ジゼルは扉をしっかり閉めてから、奥の立ち入り禁止部屋へ向かった。

「ロイド様、ジゼルです。お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。待っていたよジゼル」

 待っていたのは果たしてお茶なのか、モデルなのか……。きっと後者のほうだな、とジゼルが思ったのは、扉を開けるなりバッと新作のランジェリーを見せられたからだ。

「見て見て、新しいのを作ってみたよ! 昨日の最後に着たやつがすごく攻めたデザインだったから、さらに上を行ってみたんだ!」

(行かなくていいわ! なにを作ってくれちゃってるのよ!?)

 思わず叫びそうになるのを、なんとか己の胸中だけに留めた自分を誰か褒めてほしい。
 そんな気持ちに駆られつつ、ジゼルはのろのろとついたての陰に入った。

(……本当にこれまでで一番いやらしいじゃないの!!)

 着替えてみてげんなりしてしまう。昨日の最後に着たランジェリーも、胸当てと三角の布地しかない紐のショーツだったが、今回はその胸当て部分がかなり際どくなっている。
 というのも、昨日は乳房の膨らみをしっかり覆っていたはずの布部分が、今日は前回の半分くらいに小さくなっているのだ。いざ着てみると、小さな布は乳首と乳輪くらいしか隠してくれない。そのほかはき出し状態だ。いくら可愛いレースで飾られていると言っても、卑猥ひわいすぎてめまいがする。
 心なしショーツの布部分まで小さくなっている気がする……なんというか、上も下も、ずり落ちたら一巻の終わりだ。おかげで紐を縛る手に力がこもった。

「……ロイド様、さすがにこれは、いやらしすぎでは……?」
「そんなことはないよ、想像以上に可愛くてそそられる! 最高だよ」

(そそられるって)

 あんまり嬉しくない言葉だ……と思いながら、ジゼルは機械的にポーズを取った。もはやロイドが指定してくるポーズを取るのもお手の物になっている気がする。

「とても美しいよジゼル……。今度は、右腕を上げて頭の後ろに回して、腰を少しくねらせた感じのポーズを取って」
「……こ、こう、ですか?」

 言われたとおり、右手を高く上げ、ひじを折って手を頭の後ろに回す格好を取る。

「そう。そのままで足もちょっと開いてくれる? それで腰を左に突き出すように……そう! その角度! 最高だよ!」

 さっそく鉛筆を握ったロイドは、いつもと変わらぬ猛スピードでスケッチを施していく。
 にこにこする笑顔は少年のように輝かしいのに、スケッチする対象がいやらしい下着を身につけた女性というのはどうなのか……と、ジゼルはもう何度目になるかわからない疑問を持って、小さくため息をついた。

「ああああ、やっぱり生身の女性に着てもらうのは正解だった。新たなアイディアが次々湧き出てくる……あ、もうちょっと腕上げて」

 無意識のうちに腕が落ちてきていたようだ。慌てて腕を上げるも、そうすると乳首を隠す三角の布地まで一緒に動いてしまい、見えてしまうのではないかと気が気ではない。
 恥ずかしさと緊張で身体が火照ってきて、顔まで真っ赤になる。

(ああもう、早く終わって……!)

 ジゼルが願うことはその一点のみだ。
 とりあえずスケッチが終われば解放されるから、そのときがくるのを願って、頭の中を真っ白にする。変に見られていると思うから恥ずかしいのだ。まったく関係ないことを考えよう……そうだ、明日は休みだからどこかへ買い物にでも行こうか。

(パドリックさんに招待されているから、それっぽいドレスも買わないと。古着屋に売っていればいいんだけど……)

 だが、ジゼルがどこか遠くを見ているのが気になったらしい。ロイドがふと手を止めて、ちょっと低い声を漏らした。

「……ジゼル、なんだか上の空だね。なにを考えているの?」

 ジゼルは思わずビクッと肩を揺らした。

「え、えっ? な、なにをと言われましても――」
「ちゃんとこっちを見てほしいな。僕を見て。そして、もっと誘惑してみて」
「ゆ、誘惑っ?」

 思いがけない台詞せりふに、ジゼルの声がひっくり返る。対するロイドは「そうだよ」とにっこり笑った。……その笑顔が少し怖い感じがするのは気のせいだろうか?

「そのランジェリーは、女性が男性をその気にさせるためにも身につけるものなんだ。……『その気にさせる』の意味はわかるよね、ジゼル?」

 ジゼルはどきっと心臓を跳ね上げる。朝、同僚のメイドたちにからかわれた言葉が脳裏をよぎり、冷や汗がどっと噴き出した。

「あ、あああいにく、わたしにはさっぱり見当もつかなくて……っ」

 引きった口元でなんとか笑みを作り、わたしはなにもわかりません、というていを装うが、ロイドは引いてくれない。

「おや、それはすまなかった。では、そこから教えてあげないといけないね」

 などと言われ、ジゼルの口から「へっ……?」と変な声が漏れた。

(お、教えるって、どういうこと――!?)

 ものすごく嫌な予感がする。
 スケッチブックを置いたロイドは優雅な仕草で立ち上がった。口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりこちらに歩いてくる。雰囲気も柔和にゅうわな表情もいつも通りなのに、なぜだか今すぐ逃げ出さないといけない気がして、ジゼルは思わず後ずさった。しかし逃がさないとばかりに、至近距離まで一気に詰め寄られる。

「あ、あの、ご主人様……!」
「『その気にさせる』とは、つまり、男がこのランジェリーを身につけた女性に、こんなことをしたくなるように仕向ける――ということだよ」

 こんなこと、と言いながら、ロイドはその指先をジゼルのあごにかける。そのまま上向かせられて、ジゼルはロイドの紫色の瞳に吸い込まれそうになった。

「ろ、ロイドさ……っ」

 呼びかけは途中で遮られた。にっこり微笑んだロイドが、おもむろに唇を重ねてきたせいだ。
 突然のことに対応できず、まだ微妙に腰をくねらせたポーズのままだったジゼルは、そのままビシッと固まってしまう。

(……こ、これは……)

 この唇に押しつけられているふにゅっとした感覚は……!

(ま、まさか、つまり、いわゆる――、キ、キキキッ……!)

 キス、という言葉が出てくる前に、ジゼルの意識はふーっと急速に遠くなる。
 ロイドが「あれ?」と不思議そうな声を出した気がしたが、よくわからない。
 連日の慣れない緊張と仕事の疲れに、とうとう精神が限界をきたしたらしい。糸が切れた人形のように倒れそうになったジゼルを、ロイドがしっかり抱き留めた。

「……おやおや、もしかして気絶している? そんなになるほど僕のキスは下手だったかなぁ?」

 そんなことをロイドが独りごちていることなどつゆとも思わず。
 ジゼルはぐったりと、布面積の少なすぎる下着姿で、ロイドの腕にもたれ目を回していた。
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