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第四章 メイド、手を出される。
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――ふっと意識が戻って、ジゼルはパチパチと瞬きする。
なんだか懐かしい夢を見ていたような気がするが、慣れ親しんだ木目の天井を見ているうちに忘れてしまった。
「――と、今何時だ……?」
外を見る限りではまだ夜が明けてさほど経っていないように思える。起き上がった途端に頭からなにかがポトリと落ちて、はて? と首を傾げた。
「なんでタオル? まぁいいや。仕事行かなきゃ」
まだ夢の余韻が残っているのか、なんとなくぼんやりした頭で支度を始める。朝の支度自体は身体が覚えているのか、つっかえることなくさっさと終わった。
いつものように指輪を胸元にしまって、ワンピースを着込んでエプロンとヘッドキャップを身につける。軽快な足取りで部屋を出て、地下まで降りていくと、顔を合わせた家政婦長がなぜだかぎょっと目を見張ってきた。
「ジゼル、なんであんた起きてるんだい!? 熱があるうちは寝てないと駄目だろう!」
「はい? 熱?」
首を傾げたジゼルは、そこでようやく「ああ!」と手を打ち合わせた。
「わたし昨日、熱が出て休ませてもらっていたんでした!」
「どうしてそれを言われるまで忘れていられたのかが本当に謎だよ……」
今思いだしたとばかりに笑顔になるジゼルに、家政婦長はげんなりした顔を向けてくる。
「だが、それだけ元気ってことは、熱は下がったんだね?」
「はい、もうすっかり。もともと寝ていれば勝手に治る体質なので。お薬もいただいたので、余計に早く治りましたね」
両腕で力こぶを作るポーズをして、ついでに「あとお腹が空いてます」と言えば、家政婦長は目をぐるりと回した。
が、おかげでジゼルがまごうことなき健康体であることは伝わったらしい。まだメイドたちが誰も起きていなかったため、ジゼルは一番に食事にありつくことができた。
籠に盛られたパンを威勢よく頬張りながら、今日の予定を頭に入れる。
「いつものように朝は旦那様のところに……と、言いたいけれど、昨日まで忙しくてろくに寝ていなかったようだから、今日は午前中いっぱい休みたいと言われていたんだわ。じゃあ洗濯のほうに回っておくれ。芸術家たちが着ていた衣装を今日は片っ端から洗って干していかないとね」
「わかりました」
パンをもぐもぐ食べ進めながらも、ジゼルはしっかり頷く。同時にロイドも体調を崩していないだろうかと少し心配になった。
ここ数日忙しかったのは使用人だけではない。ロイドも自身の仕事をこなしながら、パーティーに向け芸術家たちを集めたり、招待状を集めたりとめまぐるしく働いていた。当日はホストとして招待客と芸術家たちの橋渡しをし、会場の隅々にまで気を配って、全員が楽しめるよう配慮していた。
終わったら終わったで客人を見送ったり、芸術家たちを励ましたり慰めたりしていたのだ。彼自身が好きでやっていることと言っても、そうとう労力を使ったことだろう。
もしかしたら昼頃お茶を淹れるように指示があるかもしれないから、と家政婦長に言われて、ジゼルも了解する。ちょうど朝食も食べ終わったところで、さっそく洗濯場へ足を運んだ。
シャボンを使って、とにかく山積みになっている洗濯物を洗いまくる。リネン類は大きなたらいにまとめて入れて、足での踏み洗いだ。つい二ヶ月前までは身体が芯から凍えるほどつらい作業だったが、この頃は手を動かすより足踏みのほうが涼しい感じがする。
すっかり初夏の陽気だと思いながら、井戸の水でシャボンのついた衣服を丁寧にすすぎ、きつく絞る。洗濯と一口に言っても全身運動だ。昼を迎える頃にはすっかりへとへとになってしまった。
「ジゼル、そろそろ旦那様を起こしに行っておくれ。場合によってはそのままお茶の時間にもついてもらうから」
昼食を取っているとさっそく家政婦長から指示が飛ぶ。午後も洗濯だったらさすがにきつかったのでつい安堵の息が漏れた。おかげで同僚のメイドからは「いいご身分ね」と嫌味もチクッと言われてしまったが。
「ではさっそく行ってきま~す」
これ以上同僚の嫌味を聞く前にと、ジゼルは昼食を急いで飲み込んでそそくさと地下をあとにする。
朝は紅茶にしているが、疲れが溜まっていることも考慮して、気分がほぐれるハーブティーを淹れたほうがいいかしら、などと考えながら、いつものようにロイドの部屋の扉をノックし、居間までずんずん進んだ。
紅茶とハーブティーを両方用意して、奥の寝室へ進んでいく。扉をノックすると、さすがに遅い時間だけに目覚めてはいるのか、「入って」と生返事が返ってきた。
「おはようございます、ご主人様。目覚めのお茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。……ああ、もうこんな時間か」
寝台脇の小机に置かれた時計を見やり、ロイドが前髪を掻き上げながらあくびをする。
ちょうど天蓋から垂れるカーテンを開けていたジゼルは、起き抜けの主人の妙に色っぽい仕草を目にし、不覚にもドキッとしてしまった。
「きょ、今日は紅茶のほかにハーブティーも用意してみました。どちらがよろしいでしょう?」
「ハーブティーか。めずらしいね。君が淹れてくれるものならなんでもいいけれど、せっかくだからそちらを試してみようか」
そんなふうに言われると妙に意識して緊張してしまう。ジゼルはなるべく動揺を顔に出さないよう、茶葉をポットに移し、熱いお湯を注いだ。
そのあいだにロイドは自分で寝台から降りて、衣装棚へ足を運ぶ。適当なシャツを引っ張り出しながら、それまで着ていた夜着をさっさと脱ごうとしたので、思わずぎょっと目を見張った。
「ロ、ロイド様! さすがに着替えはわたしの前ではしないでくださいっ」
「なんで?」
「なんでって……は、恥ずかしいからです!」
ロイドを直視しないよう顔の前に手をかざしながら、ジゼルはきっぱり告げる。なのにロイドは楽しそうにくすりと笑うばかりだ。
「ふぅん? それは、少しは僕のことを意識してくれている証拠かな?」
「な……」
予想外のことを言われ驚いたジゼルが目を向けたのと、ロイドが夜着を脱ぐのは同時だった。
意外と筋肉のついた腕と胸、太い首筋から広い肩までのライン、そして健康的な背中が露わになって、ジゼルは思わず悲鳴を上げた。
「だ、だ、だから、恥ずかしいんですってば――!」
「僕に下着姿を見られるのと、どっちのほうがドキドキする?」
「ど……っ、どっちもどっちです!」
ジゼルの答えに、ロイドが小さく噴き出す音がした。
「な、なるほど……っ。わかった。じゃあ着替えるあいだ君は外で待っていて。その頃にはお茶もいい感じに蒸らされているだろうし」
ジゼルはすぐさまワゴンを押して、「失礼しましたっ」と寝室をあとにした。
(んもおおおお! なんでいきなり脱ぎ出すかな)
いつも着替えのときは従者に手伝いをさせて、ジゼルは席を外していたのに!
もしかして、今日は従者が休みだから、ジゼルに着替えの手伝いをさせようとしたいのだろうか?
(でもそれなら自分で服を出さないで頼んでくるだろうし……あぁあああ、もう!)
わけがわからない、とジゼルは歯ぎしりした。
ひとまずカップにハーブティーを注ぎ入れ、軽食とともにテーブルに運ぶ。
キュウリとハムのサンドウィッチ、ジャムとクリームを添えたスコーン、旬の果物を使ったタルトと並べたところで、軽装に着替えたロイドが入ってきた。
「ありがとう。うん、いい香りのハーブティーだね」
香りを楽しんだロイドは一口含むと、いい感じだと微笑んだ。
「お食事が足りないようでしたら、追加をすぐに頼んできます」
「いや、これでいいよ。すぐお茶の時間もくるし、今日はゆっくりするつもりだから」
それよりも、とまたハーブティーを口にしたロイドは、苦笑しつつも鋭い視線を向けてきた。
「昨日熱を出したはずの君がどうしてここにいるのかな? 今日は一日休ませるようにと家政婦長にも言っておいたはずなんだけど」
「そうだったんですか? すみません、お薬のおかげで熱はすっかり下がりまして。家政婦長も心配してくれたんですが、大丈夫ですってわたしが言ったんです。安心してください、ご飯ももりもり食べましたし、さっきまで洗濯場でバリバリ働いていました」
ぐっと拳を握って力説すると、ロイドは「なるほどね」と、家政婦長と同じようにぐるりと目を回した。
「健康……を通り越して頑健と言っていい気がするけれど、とにかくもう平気になったのならよかった。だけど、病み上がりであることは変わらないよ。午後は洗濯のような重労働は許さない」
きっぱり言い切られて、ジゼルは少し驚いた。ロイドがこんなふうに強い言葉でなにかを禁じるのは稀なことだ。
「わ、わかりました。では家政婦長にそう伝えて……」
「いや、君はここにいてくれていい。そうだな……ちょうどいいから、モデルのお仕事を頼もうかな」
「へっ? ……え、え? 今? ですか?」
ジゼルは危うく持っていたお盆を取り落としそうになった。
「うん。モデルの仕事なら重労働ではないし。作業部屋の片付けで呼んだということにすれば文句は言われないだろうし」
「そ、そりゃあ、そうでしょうけども」
「そうと決まれば、ゆったりしている場合じゃないね」
にんまり笑うなり、ロイドはすぐに軽食に手をつける。食べ方はとても美しいが、その速度はなかなかのものだ。いずれも一口大に盛られた料理だっただけに、五分もせずにすべてが彼の胃の中に収まった。
「先に作業場に入っているから、片付けが終わったらきて。家政婦長には言っておくから」
カフスボタンを外し、シャツを腕まくりしながら、ロイドは朗らかな笑顔で言う。
少年のようなわくわくした横顔を見ると、昼日中からランジェリーモデルの仕事をするの……? とは、とても言い出せないジゼルだ。
(なんで言い出せないのよわたし――! 言えばいいじゃない、普通に、恥ずかしいから嫌ですって!)
つくづく自分はロイドの笑顔に弱い……! これはもうどうしようもない性分なのかとため息をつきながらも、手つきだけはテキパキと、ジゼルは綺麗になった皿を片付けるのだった。
なんだか懐かしい夢を見ていたような気がするが、慣れ親しんだ木目の天井を見ているうちに忘れてしまった。
「――と、今何時だ……?」
外を見る限りではまだ夜が明けてさほど経っていないように思える。起き上がった途端に頭からなにかがポトリと落ちて、はて? と首を傾げた。
「なんでタオル? まぁいいや。仕事行かなきゃ」
まだ夢の余韻が残っているのか、なんとなくぼんやりした頭で支度を始める。朝の支度自体は身体が覚えているのか、つっかえることなくさっさと終わった。
いつものように指輪を胸元にしまって、ワンピースを着込んでエプロンとヘッドキャップを身につける。軽快な足取りで部屋を出て、地下まで降りていくと、顔を合わせた家政婦長がなぜだかぎょっと目を見張ってきた。
「ジゼル、なんであんた起きてるんだい!? 熱があるうちは寝てないと駄目だろう!」
「はい? 熱?」
首を傾げたジゼルは、そこでようやく「ああ!」と手を打ち合わせた。
「わたし昨日、熱が出て休ませてもらっていたんでした!」
「どうしてそれを言われるまで忘れていられたのかが本当に謎だよ……」
今思いだしたとばかりに笑顔になるジゼルに、家政婦長はげんなりした顔を向けてくる。
「だが、それだけ元気ってことは、熱は下がったんだね?」
「はい、もうすっかり。もともと寝ていれば勝手に治る体質なので。お薬もいただいたので、余計に早く治りましたね」
両腕で力こぶを作るポーズをして、ついでに「あとお腹が空いてます」と言えば、家政婦長は目をぐるりと回した。
が、おかげでジゼルがまごうことなき健康体であることは伝わったらしい。まだメイドたちが誰も起きていなかったため、ジゼルは一番に食事にありつくことができた。
籠に盛られたパンを威勢よく頬張りながら、今日の予定を頭に入れる。
「いつものように朝は旦那様のところに……と、言いたいけれど、昨日まで忙しくてろくに寝ていなかったようだから、今日は午前中いっぱい休みたいと言われていたんだわ。じゃあ洗濯のほうに回っておくれ。芸術家たちが着ていた衣装を今日は片っ端から洗って干していかないとね」
「わかりました」
パンをもぐもぐ食べ進めながらも、ジゼルはしっかり頷く。同時にロイドも体調を崩していないだろうかと少し心配になった。
ここ数日忙しかったのは使用人だけではない。ロイドも自身の仕事をこなしながら、パーティーに向け芸術家たちを集めたり、招待状を集めたりとめまぐるしく働いていた。当日はホストとして招待客と芸術家たちの橋渡しをし、会場の隅々にまで気を配って、全員が楽しめるよう配慮していた。
終わったら終わったで客人を見送ったり、芸術家たちを励ましたり慰めたりしていたのだ。彼自身が好きでやっていることと言っても、そうとう労力を使ったことだろう。
もしかしたら昼頃お茶を淹れるように指示があるかもしれないから、と家政婦長に言われて、ジゼルも了解する。ちょうど朝食も食べ終わったところで、さっそく洗濯場へ足を運んだ。
シャボンを使って、とにかく山積みになっている洗濯物を洗いまくる。リネン類は大きなたらいにまとめて入れて、足での踏み洗いだ。つい二ヶ月前までは身体が芯から凍えるほどつらい作業だったが、この頃は手を動かすより足踏みのほうが涼しい感じがする。
すっかり初夏の陽気だと思いながら、井戸の水でシャボンのついた衣服を丁寧にすすぎ、きつく絞る。洗濯と一口に言っても全身運動だ。昼を迎える頃にはすっかりへとへとになってしまった。
「ジゼル、そろそろ旦那様を起こしに行っておくれ。場合によってはそのままお茶の時間にもついてもらうから」
昼食を取っているとさっそく家政婦長から指示が飛ぶ。午後も洗濯だったらさすがにきつかったのでつい安堵の息が漏れた。おかげで同僚のメイドからは「いいご身分ね」と嫌味もチクッと言われてしまったが。
「ではさっそく行ってきま~す」
これ以上同僚の嫌味を聞く前にと、ジゼルは昼食を急いで飲み込んでそそくさと地下をあとにする。
朝は紅茶にしているが、疲れが溜まっていることも考慮して、気分がほぐれるハーブティーを淹れたほうがいいかしら、などと考えながら、いつものようにロイドの部屋の扉をノックし、居間までずんずん進んだ。
紅茶とハーブティーを両方用意して、奥の寝室へ進んでいく。扉をノックすると、さすがに遅い時間だけに目覚めてはいるのか、「入って」と生返事が返ってきた。
「おはようございます、ご主人様。目覚めのお茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。……ああ、もうこんな時間か」
寝台脇の小机に置かれた時計を見やり、ロイドが前髪を掻き上げながらあくびをする。
ちょうど天蓋から垂れるカーテンを開けていたジゼルは、起き抜けの主人の妙に色っぽい仕草を目にし、不覚にもドキッとしてしまった。
「きょ、今日は紅茶のほかにハーブティーも用意してみました。どちらがよろしいでしょう?」
「ハーブティーか。めずらしいね。君が淹れてくれるものならなんでもいいけれど、せっかくだからそちらを試してみようか」
そんなふうに言われると妙に意識して緊張してしまう。ジゼルはなるべく動揺を顔に出さないよう、茶葉をポットに移し、熱いお湯を注いだ。
そのあいだにロイドは自分で寝台から降りて、衣装棚へ足を運ぶ。適当なシャツを引っ張り出しながら、それまで着ていた夜着をさっさと脱ごうとしたので、思わずぎょっと目を見張った。
「ロ、ロイド様! さすがに着替えはわたしの前ではしないでくださいっ」
「なんで?」
「なんでって……は、恥ずかしいからです!」
ロイドを直視しないよう顔の前に手をかざしながら、ジゼルはきっぱり告げる。なのにロイドは楽しそうにくすりと笑うばかりだ。
「ふぅん? それは、少しは僕のことを意識してくれている証拠かな?」
「な……」
予想外のことを言われ驚いたジゼルが目を向けたのと、ロイドが夜着を脱ぐのは同時だった。
意外と筋肉のついた腕と胸、太い首筋から広い肩までのライン、そして健康的な背中が露わになって、ジゼルは思わず悲鳴を上げた。
「だ、だ、だから、恥ずかしいんですってば――!」
「僕に下着姿を見られるのと、どっちのほうがドキドキする?」
「ど……っ、どっちもどっちです!」
ジゼルの答えに、ロイドが小さく噴き出す音がした。
「な、なるほど……っ。わかった。じゃあ着替えるあいだ君は外で待っていて。その頃にはお茶もいい感じに蒸らされているだろうし」
ジゼルはすぐさまワゴンを押して、「失礼しましたっ」と寝室をあとにした。
(んもおおおお! なんでいきなり脱ぎ出すかな)
いつも着替えのときは従者に手伝いをさせて、ジゼルは席を外していたのに!
もしかして、今日は従者が休みだから、ジゼルに着替えの手伝いをさせようとしたいのだろうか?
(でもそれなら自分で服を出さないで頼んでくるだろうし……あぁあああ、もう!)
わけがわからない、とジゼルは歯ぎしりした。
ひとまずカップにハーブティーを注ぎ入れ、軽食とともにテーブルに運ぶ。
キュウリとハムのサンドウィッチ、ジャムとクリームを添えたスコーン、旬の果物を使ったタルトと並べたところで、軽装に着替えたロイドが入ってきた。
「ありがとう。うん、いい香りのハーブティーだね」
香りを楽しんだロイドは一口含むと、いい感じだと微笑んだ。
「お食事が足りないようでしたら、追加をすぐに頼んできます」
「いや、これでいいよ。すぐお茶の時間もくるし、今日はゆっくりするつもりだから」
それよりも、とまたハーブティーを口にしたロイドは、苦笑しつつも鋭い視線を向けてきた。
「昨日熱を出したはずの君がどうしてここにいるのかな? 今日は一日休ませるようにと家政婦長にも言っておいたはずなんだけど」
「そうだったんですか? すみません、お薬のおかげで熱はすっかり下がりまして。家政婦長も心配してくれたんですが、大丈夫ですってわたしが言ったんです。安心してください、ご飯ももりもり食べましたし、さっきまで洗濯場でバリバリ働いていました」
ぐっと拳を握って力説すると、ロイドは「なるほどね」と、家政婦長と同じようにぐるりと目を回した。
「健康……を通り越して頑健と言っていい気がするけれど、とにかくもう平気になったのならよかった。だけど、病み上がりであることは変わらないよ。午後は洗濯のような重労働は許さない」
きっぱり言い切られて、ジゼルは少し驚いた。ロイドがこんなふうに強い言葉でなにかを禁じるのは稀なことだ。
「わ、わかりました。では家政婦長にそう伝えて……」
「いや、君はここにいてくれていい。そうだな……ちょうどいいから、モデルのお仕事を頼もうかな」
「へっ? ……え、え? 今? ですか?」
ジゼルは危うく持っていたお盆を取り落としそうになった。
「うん。モデルの仕事なら重労働ではないし。作業部屋の片付けで呼んだということにすれば文句は言われないだろうし」
「そ、そりゃあ、そうでしょうけども」
「そうと決まれば、ゆったりしている場合じゃないね」
にんまり笑うなり、ロイドはすぐに軽食に手をつける。食べ方はとても美しいが、その速度はなかなかのものだ。いずれも一口大に盛られた料理だっただけに、五分もせずにすべてが彼の胃の中に収まった。
「先に作業場に入っているから、片付けが終わったらきて。家政婦長には言っておくから」
カフスボタンを外し、シャツを腕まくりしながら、ロイドは朗らかな笑顔で言う。
少年のようなわくわくした横顔を見ると、昼日中からランジェリーモデルの仕事をするの……? とは、とても言い出せないジゼルだ。
(なんで言い出せないのよわたし――! 言えばいいじゃない、普通に、恥ずかしいから嫌ですって!)
つくづく自分はロイドの笑顔に弱い……! これはもうどうしようもない性分なのかとため息をつきながらも、手つきだけはテキパキと、ジゼルは綺麗になった皿を片付けるのだった。
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