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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。

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 お茶の時間になると会場にはいくつものワゴンが運び込まれ、そこここで紅茶が入れられる。その匂いにつられ、音楽や芸を鑑賞していた人々はふと時間を思い出すのだ。
 彼らの視線を誘導するようにテーブルには軽食が並べられる。客人の視線が集まる中、広間の中央に進み出たロイドは優雅に一礼した。

「皆様、有意義な時間を過ごされているかと思いますが、当家の料理長自慢の料理も是非ぜひ賞味しょうみください。お茶のあいだは、わたしが支援する音楽家たちの特別演奏をご披露いたしましょう」

 ロイドがそう視線を向けた先では、それまで距離を空けていた音楽家たちがいつの間にか集まっていて、おのおのの楽器を構えている。ロイドが合図すると、すぐに楽しげな曲が奏でられた。
 それを合図に、客人たちも運び込まれた長椅子に腰掛け、お茶とお菓子を楽しみ始める。庭に出る者も多く、ちょっとした小休憩となった。

 だが客人たちは休憩中でも、ジゼルにとっては忙しい。客人たちのあいだをって皿を下げたり、新たに飲み物を運び込んだり、やることは山ほどある。
 客人の一人に化粧室の位置を尋ねられ、案内を終えたとき、ちょうどパドリックに出くわした。

「あ、パドリックさんはこっちで休憩ですか?」

 会場から少し離れた廊下は、作品が並ぶところからも少し離れた場所だ。人慣れしない芸術家が休憩できるように設けられているスペースで、今はパドリックが一人、壁にもたれてぐったりしていた。

「うん、ちょっと一息入れたくて……。さすがは公爵様の城だよね。くるひとくるひと、みんな立派なひとばかりで……普通に喋るのも難しくて……」

 おかげで胃が痛くなったとばかりに、パドリックは鳩尾みぞおちあたりをさすっていた。

「最初はみんなそうですよ。わたしも初めてパーティーで給仕したときは転ばないようにするのが精一杯で。お客様の前で粗相そそうしなかったからよかったものの、裏ではグラスとお皿を割っちゃったりしたんです」

 ぐったりしているパドリックを元気づけるために、ジゼルはあえて明るく失敗話を披露する。パドリックは意外そうに目をぱちくりさせた。

「それはまた、怒られそうなことをしたんだね」
「めちゃくちゃ怒られましたよ。壊したグラスぶん、残業代からしっかり引かれてましたし。でも場数を踏んだらそれなりに動けるようになってきました。パドリックさんも三回目くらいになれば流れをつかめるようになりますって」
「そうだといいんだけど」

 ほろ苦く笑ったパドリックだったが、なにか思い出したように「そうそう」とぱっと顔を上げた。

「君が案内してきたあの伯爵様が、僕の絵を購入すると言ってくれたんです! 僕は風景画が得意なんだけど、そのうちの一枚が伯爵の領地の山を描いたものだったらしくて。いたく気に入られて、すぐに契約できました!」
「へぇ、幸運な偶然ね! でも、偶然も運のうちだもの。よかったわね、パドリックさん。あなた、きっとなにかすごいものを持っているのよ!」
「い、いやぁ、それほどでも……」

 謙遜けんそんしながらも、やはり絵が気に入られたのは嬉しかったようだ。頬を紅潮こうちょうさせて、パドリックは「えへへ」と微笑んだ。

「――けっ。絵が売れたくらいで浮かれているんじゃねぇよ。支援者がつかなきゃ食っていくのも難しいってのに」

 と、きゃいきゃい盛り上がる二人に水を差す声が、どこからか聞こえてくる。振り返ったジゼルは、不機嫌顔で近づいてくる青年を見やって、思わず眉をひそめた。

「あなたもロイド様に招かれた芸術家の方?」
「ああ。そいつと同業だ。以後お見知りおきを」

 青年は片手を額にやって、敬礼じみた挨拶をしてくる。だが、そいつ、と言いながらパドリックをあごでしゃくるのはなんとも嫌な感じで、ジゼルはむっと眉を吊り上げた。

「ライバルを敵視するのは結構ですけど、純粋に喜んでいるところをそういうふうに言うのはどうかと思いますわ」
「へぇ。メイドの分際でずいぶんな口を利くんだな。おれはいずれこの国一の絵描きとして名をせる男だぞ」

 ふふん、と胸を張る青年は、確かに見た目もシュッとしていて、女性受けしそうな外見をしている。ジゼルのうしろで小さくなっていたパドリックがこそこそささやいてきた。

「彼の言葉は誇張こちょうではないです。彼はライアンというのですが、先日の人物画コンクールで優秀賞を取った注目株なんですよ」

 ――なるほど。見た目だけではなく、実力もちゃんとあるというわけか。

「それなら、なおさら小さなことで突っかからずに、絵筆で勝負なさったらよろしいわ。パドリックさん、そろそろお茶の時間も終わって、これからは本格的な商談の時間に移ります。一度鏡の前で全身をチェックして、髪も直してから会場に戻ってください」
「え、え、全身チェック?」
すそが汚れていないかとかタイが曲がっていないかとか、そういう細かいところを見てください。今わたしが見る限りじゃ大丈夫そうですけど、念のため」

 パドリックの全身に目を走らせるジゼルに、話しに割って入ってきたライアンなる画家は「おい」と声をかけてきた。

「こっちは無視かよ。おれはすでに肖像画の依頼を二件も取りつけたんだぞ」
「それはおめでとうございます。では、このあとの時間でさらに依頼を取りつけたらよろしいわ。うちの主人であるロイド様は、舞台演劇に出かけた先で、婦人用ドレスの依頼を十五件も取ってきたことがありましてよ。あなたもそれくらいなさったらいかが?」

 挑戦的に言うジゼルに、ライアンはプライドを傷つけられた様子だ。先ほどまでは余裕の笑みを浮かべていたのに、今は口元がぴくっと引きっている。
 たとえに引き出されたのが一番の支援者であるロイドであっただけに、軽々しく言い返すこともできないようだった。
 彼が黙り込んだすきに、ジゼルは軽くひざを折って挨拶する。

「では、わたしも仕事がありますのでこれで。パドリックさんも急いでください」

 パドリックの背を押し、それとなく使用人用の化粧室への道に押し出しながら、ジゼルはさっさとその場を離れた。
 ライアンのなんとも言えない鋭い視線を背中に感じる。
 プライドの高そうな青年だったから、小娘に馬鹿にされて頭に血が上っているのかもしれない。

(悔しかったら依頼を取ればいいわ。小娘が生意気なことを言うな、と思うなら、その怒りをやる気に変換して頑張ってもらいたいものね)

 パドリックへの態度はどうかと思うけれど、あのライアンという青年もここに呼ばれているからには、ロイドが特別目をかけている芸術家の卵のはず。ロイドが大切に思っている相手なら、ジゼルにとってもそのひとは応援すべき存在だ。

(わたしも頑張らないと)

 よし、と気合いを入れ直して、ジゼルは大広間へと足を進めた。
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