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第二章 メイド、モデルになる。
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翌日。明後日には城でパーティーが開かれるので、ほとんどの使用人がその準備に駆り出されていた。
パーティーと言っても大仰な舞踏会ではなく、ロイドが支援している芸術家の卵たちを集めて、彼らのパトロンを募るための催しなのだ。
楽器を扱う者には演奏の機会を与え、歌を歌う者にはその傍らで流行りの歌を歌わせる。
絵を描く者にはそれぞれ個室やブースを用意して、これまでの作品を展示させ、販売もさせる。
大道芸人や手品師も呼んで、それぞれの得意な芸を披露させるのだ。
なので今日は会場の整備と、それぞれの芸術家たちがどこを自分の持ち場とするかの確認に忙殺されることになった。
場所だけでなく、当日彼らが着る衣装を用意してやるのもロイドの役目だ。ジゼルは衣装係の担当になったので、気後れした様子でやってくる芸術家たちをロイドの作業部屋へと案内した。
「は、初めまして。画家志望の者です……」
「ようこそおいでくださいました。当日の衣装の確認ですね? こちらへどうぞ」
自分とそう年の変わらない青年がぎくしゃくしながらやってきて、ジゼルは笑いそうになるのをこらえて彼をついたてのほうへ案内する。名前を聞き出し、あらかじめ用意されていた衣装を取りに行って、着替えるように指示した。
着替えが終わると着心地などを聞き出し、直して欲しいところがあればそれをメモする。
と言っても大抵の芸術家たちは、普段着ない上等な上着と脚衣にすっかり気後れしてしまい、要望よりも「当日汚してしまったらどうしよう……」といった心配を口にすることが多かったが。
「汚しても大丈夫ですよ。当家にはしみ抜きにも繕いにも長けた者が常駐しております。それより、当日よいパトロンに巡り会えるといいですね」
「は、はい。初めて作品を持ち込むので、パトロンは無理でも、一枚くらい売れたらいいなぁと思うのですが」
慣れないクラヴァットに四苦八苦する画家志望の者を手伝いながら、ジゼルは朗らかに笑った。
「大丈夫ですよ、必ず売れます。ロイド様がパーティーに呼ぶ芸術家の方々は、目をかけている中でも、飛び抜けた才能を持っていると認識されたひとたちばかりなんです。あなたもその一人に選ばれたのだから、もっと自信を持って大丈夫ですよ」
こういったパーティーが開かれるたびに、ジゼルはそんな言葉を芸術家の卵たちにかけているのだが、ふと昨夜のランジェリーモデルのことが思い出されて手が止まった。
(ロイド様は昨夜、下着を着たわたしを見てすごく褒めてくださったけど、わたしは恥ずかしい思いもあって『褒められても嬉しくない』って思っちゃったのよね……)
それってとても失礼だったかも、と今になって少し反省した。
ロイドの芸術センスはかなりもので、実際、彼が支援した芸術家の多くは、遅かれ早かれその才能を開花させて、大きな舞台に飛び込んでいった。芽が出ないまま終わった者も確かに存在するが、ロイドの手厚い支援には、ほとんどのひとが感謝していたと思う。
そんなロイドに美しいと言われたのだから、わたしももっと自信を持ってもいいのかも。
(たとえそれが顔から火が出るほどに恥ずかしい、ランジェリーモデルでも……!)
……うぅ、でもやっぱり恥ずかしい……
――いや、ロイドが褒めてくれたのだから、もっと自信を持って胸を張ってモデルを務めねば!
……でも、恥ずかしいものは恥ずかしいし……!
そうやってぐるぐる考えていたせいか、いつの間にかクラヴァットを握る手に力がこもりすぎていたらしい。
画家志望の青年が「ぐ、ぐるし……っ、メイドさん、息が、息が止まるっ」と本当に苦しげに訴えてきた。
「うわぁっ! ごめんなさいっ、すぐ緩めますから!」
「お、お願いじます……」
ジゼルが大慌てで結び目をほどいていると、背後からクスッという笑い声が聞こえてきた。
「――なにやら楽しそうだね。端から見るといちゃついているように見えるよ。こんな昼間っから感心しないな、ジゼル」
「あ、ロイド様!」
振り返った先にいたのは、誰であろうロイドである。彼もまた作業部屋に入って、慣れない衣装に苦戦する芸術家の卵たちを激励したり、衣装直しをしたりしていた。
「い、いちゃついてなんかいませんっ。衣装の確認をしていただけです」
「そうであることを切に祈るよ。パドリック、こちらの彼女は当家でも優秀なメイドで、僕にとってもとても大切な相手なんだ。いくら彼女が可愛いからと言って、色目を使うのはよしてくれよ?」
ジゼルの肩に手を置き、悪戯っぽく片目をつむるロイドは、いつもの美貌に加わり、なにか独特の色気まで纏っている。
異性のジゼルだけでなく、画家志望の青年までぼっと頬を赤くしたくらいなのだから、そうとうの色気がダダ漏れなのだろう。おかげでジゼルは真っ赤になってしまった。
「が、画家の方は色目なんて使っていませんよ。そ、それに! その言い方だといろいろ誤解を生みそうなので、単なるメイドとして紹介してくださいっ」
まして『僕のとても大切な相手』なんて、恋人あたりに使ってくれと言いたくなる台詞だ。
きっと彼はランジェリーモデルであるという意味で使っているのだろうけど、聞くひとが聞けば意味深な言い方に取られかねない。
なのに慌てるジゼルと対照的に、ロイドは不思議そうな目を向けてくる。
「おやおや、どんな誤解だい? 僕は本心を述べているだけであって――」
「あああああ、もうっ、話がややこしくなりそうだからあっちに行ってください! ええと、画家の方、サイズはどうですか? どこか動きづらかったりするところは?」
「えっ? あ、はい、大丈夫です……」
ぼうっとしていた画家の青年は慌てて頷く。それじゃあまた着替えを、と指示したジゼルに、まだそこにいたロイドが唇を尖らせた。
「男に着替えろというなんて、なんだかいやらしいね」
「――そんなふうに受け取るロイド様の思考こそがいやらしいです! もう、どっかに行ってください!」
「ジゼルはいつもつれないなぁ」
ロイドはぶつくさ言いながらも、ようやく離れていった。そしてすぐ別の人間に呼ばれていくのを見送り、ほーっと息を吐き出す。
(まったく、なにかの拍子にランジェリーモデルのことがばれたらどうするのよ。秘密にしておきたかったんじゃないの?)
そう思ってプリプリしていると、もとの古着に戻った画家の青年が、不思議そうにジゼルとロイドを見比べる。
「え、と。メイドさんと公爵様って、なにかただならぬ関係にあったり――」
「し・ま・せ・ん。さ、今度は会場の大広間に行ってください。画家さんなら、絵を販売するための場所が用意されているはずですので、ご確認を。ここを出て右に行って、まっすぐ奥です」
怖い顔で否定したジゼルは、なにか聞きたげな青年の背をぐいぐい押して衣装部屋から追い出す。
幸いすぐ次の芸術家がやってきたので、深く聞かれることもなかったが……
(ロイド様には、人前で妙なことは言わないように、釘を刺しておかなくちゃ……!)
と、強く決意したジゼルなのであった。
パーティーと言っても大仰な舞踏会ではなく、ロイドが支援している芸術家の卵たちを集めて、彼らのパトロンを募るための催しなのだ。
楽器を扱う者には演奏の機会を与え、歌を歌う者にはその傍らで流行りの歌を歌わせる。
絵を描く者にはそれぞれ個室やブースを用意して、これまでの作品を展示させ、販売もさせる。
大道芸人や手品師も呼んで、それぞれの得意な芸を披露させるのだ。
なので今日は会場の整備と、それぞれの芸術家たちがどこを自分の持ち場とするかの確認に忙殺されることになった。
場所だけでなく、当日彼らが着る衣装を用意してやるのもロイドの役目だ。ジゼルは衣装係の担当になったので、気後れした様子でやってくる芸術家たちをロイドの作業部屋へと案内した。
「は、初めまして。画家志望の者です……」
「ようこそおいでくださいました。当日の衣装の確認ですね? こちらへどうぞ」
自分とそう年の変わらない青年がぎくしゃくしながらやってきて、ジゼルは笑いそうになるのをこらえて彼をついたてのほうへ案内する。名前を聞き出し、あらかじめ用意されていた衣装を取りに行って、着替えるように指示した。
着替えが終わると着心地などを聞き出し、直して欲しいところがあればそれをメモする。
と言っても大抵の芸術家たちは、普段着ない上等な上着と脚衣にすっかり気後れしてしまい、要望よりも「当日汚してしまったらどうしよう……」といった心配を口にすることが多かったが。
「汚しても大丈夫ですよ。当家にはしみ抜きにも繕いにも長けた者が常駐しております。それより、当日よいパトロンに巡り会えるといいですね」
「は、はい。初めて作品を持ち込むので、パトロンは無理でも、一枚くらい売れたらいいなぁと思うのですが」
慣れないクラヴァットに四苦八苦する画家志望の者を手伝いながら、ジゼルは朗らかに笑った。
「大丈夫ですよ、必ず売れます。ロイド様がパーティーに呼ぶ芸術家の方々は、目をかけている中でも、飛び抜けた才能を持っていると認識されたひとたちばかりなんです。あなたもその一人に選ばれたのだから、もっと自信を持って大丈夫ですよ」
こういったパーティーが開かれるたびに、ジゼルはそんな言葉を芸術家の卵たちにかけているのだが、ふと昨夜のランジェリーモデルのことが思い出されて手が止まった。
(ロイド様は昨夜、下着を着たわたしを見てすごく褒めてくださったけど、わたしは恥ずかしい思いもあって『褒められても嬉しくない』って思っちゃったのよね……)
それってとても失礼だったかも、と今になって少し反省した。
ロイドの芸術センスはかなりもので、実際、彼が支援した芸術家の多くは、遅かれ早かれその才能を開花させて、大きな舞台に飛び込んでいった。芽が出ないまま終わった者も確かに存在するが、ロイドの手厚い支援には、ほとんどのひとが感謝していたと思う。
そんなロイドに美しいと言われたのだから、わたしももっと自信を持ってもいいのかも。
(たとえそれが顔から火が出るほどに恥ずかしい、ランジェリーモデルでも……!)
……うぅ、でもやっぱり恥ずかしい……
――いや、ロイドが褒めてくれたのだから、もっと自信を持って胸を張ってモデルを務めねば!
……でも、恥ずかしいものは恥ずかしいし……!
そうやってぐるぐる考えていたせいか、いつの間にかクラヴァットを握る手に力がこもりすぎていたらしい。
画家志望の青年が「ぐ、ぐるし……っ、メイドさん、息が、息が止まるっ」と本当に苦しげに訴えてきた。
「うわぁっ! ごめんなさいっ、すぐ緩めますから!」
「お、お願いじます……」
ジゼルが大慌てで結び目をほどいていると、背後からクスッという笑い声が聞こえてきた。
「――なにやら楽しそうだね。端から見るといちゃついているように見えるよ。こんな昼間っから感心しないな、ジゼル」
「あ、ロイド様!」
振り返った先にいたのは、誰であろうロイドである。彼もまた作業部屋に入って、慣れない衣装に苦戦する芸術家の卵たちを激励したり、衣装直しをしたりしていた。
「い、いちゃついてなんかいませんっ。衣装の確認をしていただけです」
「そうであることを切に祈るよ。パドリック、こちらの彼女は当家でも優秀なメイドで、僕にとってもとても大切な相手なんだ。いくら彼女が可愛いからと言って、色目を使うのはよしてくれよ?」
ジゼルの肩に手を置き、悪戯っぽく片目をつむるロイドは、いつもの美貌に加わり、なにか独特の色気まで纏っている。
異性のジゼルだけでなく、画家志望の青年までぼっと頬を赤くしたくらいなのだから、そうとうの色気がダダ漏れなのだろう。おかげでジゼルは真っ赤になってしまった。
「が、画家の方は色目なんて使っていませんよ。そ、それに! その言い方だといろいろ誤解を生みそうなので、単なるメイドとして紹介してくださいっ」
まして『僕のとても大切な相手』なんて、恋人あたりに使ってくれと言いたくなる台詞だ。
きっと彼はランジェリーモデルであるという意味で使っているのだろうけど、聞くひとが聞けば意味深な言い方に取られかねない。
なのに慌てるジゼルと対照的に、ロイドは不思議そうな目を向けてくる。
「おやおや、どんな誤解だい? 僕は本心を述べているだけであって――」
「あああああ、もうっ、話がややこしくなりそうだからあっちに行ってください! ええと、画家の方、サイズはどうですか? どこか動きづらかったりするところは?」
「えっ? あ、はい、大丈夫です……」
ぼうっとしていた画家の青年は慌てて頷く。それじゃあまた着替えを、と指示したジゼルに、まだそこにいたロイドが唇を尖らせた。
「男に着替えろというなんて、なんだかいやらしいね」
「――そんなふうに受け取るロイド様の思考こそがいやらしいです! もう、どっかに行ってください!」
「ジゼルはいつもつれないなぁ」
ロイドはぶつくさ言いながらも、ようやく離れていった。そしてすぐ別の人間に呼ばれていくのを見送り、ほーっと息を吐き出す。
(まったく、なにかの拍子にランジェリーモデルのことがばれたらどうするのよ。秘密にしておきたかったんじゃないの?)
そう思ってプリプリしていると、もとの古着に戻った画家の青年が、不思議そうにジゼルとロイドを見比べる。
「え、と。メイドさんと公爵様って、なにかただならぬ関係にあったり――」
「し・ま・せ・ん。さ、今度は会場の大広間に行ってください。画家さんなら、絵を販売するための場所が用意されているはずですので、ご確認を。ここを出て右に行って、まっすぐ奥です」
怖い顔で否定したジゼルは、なにか聞きたげな青年の背をぐいぐい押して衣装部屋から追い出す。
幸いすぐ次の芸術家がやってきたので、深く聞かれることもなかったが……
(ロイド様には、人前で妙なことは言わないように、釘を刺しておかなくちゃ……!)
と、強く決意したジゼルなのであった。
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