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第一章 メイド、主人の秘密を知る。
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「その手の探偵はピンキリだけど、本当に腕がいいものに頼もうと思うなら、それこそ給金一年分は必要だ。だが基本給が二倍になり、残業代も出るなら、君が思っているより早くそのための資金は集まるだろう。なんなら僕が腕利きの探偵を紹介するよ」
「い、いえ、ご主人様にそこまでしていただくわけには……っ」
「お嫁入り前の若いお嬢さんに、ランジェリーモデルを務めてもらうんだ。それくらいのことは、むしろしないといけない。これは正当な対価であり、報酬だよ」
「正当な……報酬……」
そう言われるとなにも言えない。
「さぁ、どうするジゼル。基本給二倍に残業代三割増し、さらには探偵の紹介付き。これらの内容は弁護士を雇って正式に書面にする。決して君に不利益は生じさせない。問題があるとすれば、君が羞恥心を乗り越えられるかどうか、というだけだ」
「う……そうですね……」
「できれば引き受けて欲しい。断るとなると……やはり、僕の秘密を知ってしまったわけだから、それなりの対応を僕もしなくちゃいけなくなるし。当然だけど解雇は嫌だよね? 紹介状も持たずに追い出されるのは誰だって嫌だと思うけど」
「うぅぅ……っ!」
嫌だと言うか、それはかなり困る。すっごく困る。
新しい職場を求めるとなると、前職の紹介状は確実にもらわないといけない。それがないと『不心得なことをして職場を追い出された者』というレッテルを貼られてしまうのだ。そういう人間は本当にどこも雇ってくれない……
「僕も君を解雇したくはないよ。モデルを務めてもらいたいのはもちろんだけど、君以上に朝のお茶を美味しく淹れられる人間は家政婦長しかいないし。彼女は忙しいから、やっぱり朝のお茶は君に淹れてもらいたい」
「うぅ……っ」
「あれだけ散らかっていた作業部屋をこんなに綺麗にできるほど有能なメイドだ。手放すのは惜しい。君も、この職場環境に不満があるわけでもないだろうし。できるだけ長くここで働きたいよね?」
「それは、もちろん……っ」
「ここを出て行くとなると、君を涙ながらに送り出してくれた孤児院の子供たちや修道女たちも、きっと悲しむだろうね……?」
(それを言われると弱い……!)
「そうだ! 君がモデルを引き受けてくれるなら、孤児院への寄付も上乗せするよ。子供たちがもっとのびのび過ごせるように僕も協力したいからね!」
(子供たちのことまで引っ張り出してきた! うぅ、それは卑怯です旦那様……!)
「さぁ、どうする?」
(どうするもなにも……っ)
どうするもなにも、である。
頭からつま先まで冷や汗をだらだら流しながら、自分の中の羞恥心と提示された金額、ロイドへの恩と解雇になる恐怖を天秤にかけまくり、ジゼルはとうとう、食いしばった歯のあいだから、絞り出すように返答した。
「……やり、ます……っ」
拳をぐっと握り、恥ずかしさと不安とロイドを少し恨む気持ちで真っ赤になりながら、ジゼルは再び口を開いた。
「だ、旦那様のお役に立てるように、モデルのお仕事、頑張らせていただきます……!」
「さすがジゼルだ! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
歓喜にぱっと顔を輝かせて、ロイドはジゼルをぎゅっと抱きしめてくる。
本物の王族であり、その辺の舞台俳優よりよほど格好いいロイドにぎゅっとされて、ジゼルは恥ずかしさと驚きで「ほぁああああ!」と変な声を上げてしまった。
「じゃあさっそく着替えを――と、言いたいところだけど残念。これから劇作家が新たな脚本を持ってくる予定だ。ということで、夜になったらまたここにきて。家政婦長には上手く言っておくから」
「わ、わかりました……」
なんとか頷くジゼルだが、頷く端から(これでよかったのかしら?)という気持ちが湧いてきて泣きそうになる。
もちろん、よかったに決まっている。断れば紹介状もなく解雇され、追い出されていた身だ。涙を流して見送ってくれた修道女や孤児院の子供たちにも申し訳が立たない。
孤児院で過ごせる年齢もとうに越えているから、すぐに職が見つからなかったら野垂れ死ぬこと必須だ。そうなったら自分の親を探すどころではもはやないだろう。
(ああ、でも、下着……ランジェリーモデル……あんな下着とも言えないようなものを着るとか……着るとか……)
そう考えると、やはり選択を誤ったのではないか、という気持ちがどうしても拭えない。
いやでも、ただ着るだけだし。着た感じがどうなのかを見たいだけだとロイドは言っていたし。お給金二倍だし。残業代もいっぱい出るし。
そう思っていなければやっていられない。それが紛れもない本心だが、とにかくこのあとの時間は夕食に向けての諸々が待っている。悩んでいる暇はない。
「そのときになったら考えよう……。とにかく衣装室の片付けは終わり! わたしは表向き、奥の部屋でなにも見なかったということを貫く! さて、仕事よ仕事!」
無理矢理頭を切り替えて、ジゼルは作業部屋を飛び出すと、急いで地下室へ走って行った。
「い、いえ、ご主人様にそこまでしていただくわけには……っ」
「お嫁入り前の若いお嬢さんに、ランジェリーモデルを務めてもらうんだ。それくらいのことは、むしろしないといけない。これは正当な対価であり、報酬だよ」
「正当な……報酬……」
そう言われるとなにも言えない。
「さぁ、どうするジゼル。基本給二倍に残業代三割増し、さらには探偵の紹介付き。これらの内容は弁護士を雇って正式に書面にする。決して君に不利益は生じさせない。問題があるとすれば、君が羞恥心を乗り越えられるかどうか、というだけだ」
「う……そうですね……」
「できれば引き受けて欲しい。断るとなると……やはり、僕の秘密を知ってしまったわけだから、それなりの対応を僕もしなくちゃいけなくなるし。当然だけど解雇は嫌だよね? 紹介状も持たずに追い出されるのは誰だって嫌だと思うけど」
「うぅぅ……っ!」
嫌だと言うか、それはかなり困る。すっごく困る。
新しい職場を求めるとなると、前職の紹介状は確実にもらわないといけない。それがないと『不心得なことをして職場を追い出された者』というレッテルを貼られてしまうのだ。そういう人間は本当にどこも雇ってくれない……
「僕も君を解雇したくはないよ。モデルを務めてもらいたいのはもちろんだけど、君以上に朝のお茶を美味しく淹れられる人間は家政婦長しかいないし。彼女は忙しいから、やっぱり朝のお茶は君に淹れてもらいたい」
「うぅ……っ」
「あれだけ散らかっていた作業部屋をこんなに綺麗にできるほど有能なメイドだ。手放すのは惜しい。君も、この職場環境に不満があるわけでもないだろうし。できるだけ長くここで働きたいよね?」
「それは、もちろん……っ」
「ここを出て行くとなると、君を涙ながらに送り出してくれた孤児院の子供たちや修道女たちも、きっと悲しむだろうね……?」
(それを言われると弱い……!)
「そうだ! 君がモデルを引き受けてくれるなら、孤児院への寄付も上乗せするよ。子供たちがもっとのびのび過ごせるように僕も協力したいからね!」
(子供たちのことまで引っ張り出してきた! うぅ、それは卑怯です旦那様……!)
「さぁ、どうする?」
(どうするもなにも……っ)
どうするもなにも、である。
頭からつま先まで冷や汗をだらだら流しながら、自分の中の羞恥心と提示された金額、ロイドへの恩と解雇になる恐怖を天秤にかけまくり、ジゼルはとうとう、食いしばった歯のあいだから、絞り出すように返答した。
「……やり、ます……っ」
拳をぐっと握り、恥ずかしさと不安とロイドを少し恨む気持ちで真っ赤になりながら、ジゼルは再び口を開いた。
「だ、旦那様のお役に立てるように、モデルのお仕事、頑張らせていただきます……!」
「さすがジゼルだ! 君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
歓喜にぱっと顔を輝かせて、ロイドはジゼルをぎゅっと抱きしめてくる。
本物の王族であり、その辺の舞台俳優よりよほど格好いいロイドにぎゅっとされて、ジゼルは恥ずかしさと驚きで「ほぁああああ!」と変な声を上げてしまった。
「じゃあさっそく着替えを――と、言いたいところだけど残念。これから劇作家が新たな脚本を持ってくる予定だ。ということで、夜になったらまたここにきて。家政婦長には上手く言っておくから」
「わ、わかりました……」
なんとか頷くジゼルだが、頷く端から(これでよかったのかしら?)という気持ちが湧いてきて泣きそうになる。
もちろん、よかったに決まっている。断れば紹介状もなく解雇され、追い出されていた身だ。涙を流して見送ってくれた修道女や孤児院の子供たちにも申し訳が立たない。
孤児院で過ごせる年齢もとうに越えているから、すぐに職が見つからなかったら野垂れ死ぬこと必須だ。そうなったら自分の親を探すどころではもはやないだろう。
(ああ、でも、下着……ランジェリーモデル……あんな下着とも言えないようなものを着るとか……着るとか……)
そう考えると、やはり選択を誤ったのではないか、という気持ちがどうしても拭えない。
いやでも、ただ着るだけだし。着た感じがどうなのかを見たいだけだとロイドは言っていたし。お給金二倍だし。残業代もいっぱい出るし。
そう思っていなければやっていられない。それが紛れもない本心だが、とにかくこのあとの時間は夕食に向けての諸々が待っている。悩んでいる暇はない。
「そのときになったら考えよう……。とにかく衣装室の片付けは終わり! わたしは表向き、奥の部屋でなにも見なかったということを貫く! さて、仕事よ仕事!」
無理矢理頭を切り替えて、ジゼルは作業部屋を飛び出すと、急いで地下室へ走って行った。
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