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1巻
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しおりを挟む第一章 お妃選びの夜
ガキィン! と刃物が打ち合う高い音が響き渡る。
下から鋭くすくい上げられた青年の手から剣が離れ、くるくると空中を回った。ほどなく、それは刃を下にして、柔らかな地面にグサリと刺さる。
「――そこまで! 勝者、レオーネ様!」
審判をしていた男の声が響き、息を呑んで見守っていた人々がわっと歓声を上げる。
剣を弾かれた青年は尻餅をついたまま、突き刺さった剣を呆然と見つめていた。だが対戦相手が剣を収めるのに気づいて、ハッと顔を上げる。
彼が視線を向けた先には、動きやすいシャツとベスト、乗馬用の脚衣と革の長靴に身を包んだ、一人の少女がいた。
獅子の鬣のような濃い金髪をひとくくりにした彼女は、剣を収めた鞘を左手に持つと、右手を胸元に当て一礼する。剣の試合の最初と最後は、このような礼をするのが決まりだった。
しかし青年のほうは立ち上がろうともせず、それどころか震える手で少女を指さして、なにやら言い訳を並べ立てる。
「い、い、今の試合は無効です! こちらが剣を抜いた瞬間に仕掛けてくるなどっ……。ひ、卑怯だとは思いませんか!」
青年の主張に、しかし少女は緩やかに首を横に振った。
「剣を抜いたその瞬間から、勝負は始まっております。一瞬の油断が命取りだと、将軍職にある父から再三聞かされておりますので」
「だからって、いきなり向かってくるなど……!」
まだ抗議しようとする青年に対し、非難を浴びせたのは少女ではなく、勝負の行方を見守っていた周囲の人々だった。
「おいおい、にーちゃん! レオーネ様に負けたからって、いつまでもグチグチ言うなよ! 男なら潔く負けを認めておけ!」
「そうよそうよ! それに、これ以上レオーネ様を悪く言うなら、フィディオロス将軍様の領民である、このあたしたちが黙っちゃいないよ!」
屈強な男たちや気の強そうな女たち、果ては子供たちにまで睨まれて、青年は口元を引き攣らせる。
さすがに、これ以上なにか言うのは分が悪いと思ったのだろう。なんとか立ち上がると、頬をピクピクさせながら再びレオーネを指さした。
「きゅ、求婚されるたびに勝負を挑み、毎度相手を打ちのめして悦に入るなど……噂通り、とんでもない礼儀知らずだ! とても淑女のやることとは思えません……! 恥を知りなさい! あなたのようなじゃじゃ馬を嫁にもらいたいと思う男など、近いうちにいなくなるでしょうねッ!」
負け犬の遠吠え、とはこのことを言うのだなぁ……と、じゃじゃ馬と言われた少女――レオーネは乾いた笑みを浮かべてしまう。
だが、それを聞いた領民は一斉に眉を吊り上げて、青年に囂々と非難を浴びせた。
「なんだ、その言い草はぁ‼」
「都育ちのひょろい若造が、うちらのお嬢様と結婚しようなんざ百年早いんだよ‼」
「一昨日きやがれ! ばあさん、塩じゃ、塩もってこい!」
――終いには塩のみならず、その辺の農具や鉄くずまで投げつけられて、青年は這々の体で馬に乗って逃げていった。
「――まったく! レオーネお嬢さんに求婚しにくる男ってのは、碌な奴がいねぇなぁ!」
「もっと骨のある男じゃなきゃ、レオーネ様は渡せないよ。絶対に!」
「みんな、ありがとう。でも鍬を投げつけるのはさすがにやり過ぎ。あの若いひとはともかく、馬に当たったらかわいそうよ」
熱くなる領民をレオーネは苦笑しながらなだめる。そして地面に突き刺さったままになっていた剣を抜くと、丁寧に泥を落として鞘に収めた。
騒ぎが落ち着いたので、ほとんどの領民はいい見世物を堪能したとばかりに、笑顔で仕事に戻っていく。だが子供たちは興味津々の様子で、レオーネの前に集まってきた。
「レオーネ様に求婚しにくるひとも、これで何人目でしたっけ? 十人目?」
比較的年長の少女の問いかけに、レオーネは肩をすくめる。
「そうねぇ、さっきのひとで……たぶん、十三人目かしら?」
「全員、ひょろっとしてましたよねぇ。あんな、なよなよした色白の男なんか、レオーネ様にふさわしくないですよっ」
一人の少女がそう言うと、周りの子供たちも「うんうん」と同意してくる。
「レオーネ様、結婚なんかしないで、ずっとここで暮らせばいいじゃないですか! あたしたち、大好きなレオーネ様が都に行っちゃうのはいやだもの。ずっと一緒にいたいです!」
「ありがとう。わたしも、できればそうしたいんだけどね」
レオーネは無邪気な子供たちににっこり笑って、のんびり草を食んでいる愛馬を指笛で呼んだ。
――レオーネ・フィディオロス、今年で十八歳。
グリスフィン王国の北に広がる、炭鉱を有する山脈地帯――そこを領地とする、フィディオロス伯爵の娘である。
領主である父フィディオロス伯爵は、優秀な騎士として名を馳せる人物で、現在は王国の将軍職にある。王都住まいの兄弟によると、父は各地へ遠征に出たり要人の警護をしたりと、かなり忙しく働いているようだ。おかげで領地に帰ってくることは滅多にない。
そのため領地の運営や管理は、後継ぎである長男のゴートに託されていた。
レオーネには、ゴートを始めとする三人の兄と、二人の弟がいた。
父親が将軍職にあり、炭鉱夫を多く抱える国境の領地に生まれたことから、五人の兄弟たちは子供の頃から、騎士となり国を護るために働くのが当然、という考えを持っていた。
幸いにも父親の資質を色濃く受け継いだ兄弟たちは、全員武術に長けており、十歳を過ぎる頃には王都にある騎士養成所に入り、王国騎士となる道を歩んでいる。
すでにレオーネの三人の兄たちは、全員が騎士の称号を持っていた。
長男のゴートは領地に戻ってきたが、次男と三男は王国騎士として王都で働いている。
二人の弟たちも今は養成所で騎士となるべく頑張っていて、それなりにいい成績を収めているらしい。
伯爵家唯一の女児として生まれたレオーネだけが、生まれてからずっと領地で暮らしている。
末の弟が産まれてすぐ、母が病で亡くなったため、今は兄ゴートの妻を支えながら、領主夫人が担うべき仕事を手伝っていた。
だが、レオーネが亡き母や義姉のようにおしとやかかと言えば、完全に『否』だ。
兄弟たちが騎士修業に励むように、レオーネもまた腕に磨きをかけていった。
兄弟たちも「女の子がそんなことをするな」とは言わず、むしろ「国境で暮らすからには最低限の心得は必要だな!」と、妹を容赦なく鍛え上げたくらいである。
兄たちが王都へ行ったあとも、休むことなく国境を護る騎士たちと稽古を続けたことで、気づけばレオーネは、そんじょそこらの騎士よりよほど腕利きとなっていた。
とはいえ、レオーネももう十八歳。
貴族の娘ならすでに結婚しているか、結婚はまだでも婚約はしているという年齢である。
しかしレオーネは、婚約者どころか王都での社交界デビューすらしないまま年を重ねてしまっていた。
(今更、社交界デビューをしたいとは思わないけど、結婚は考えたほうがいいのかしらねぇ……?)
すでに行き遅れに片足を突っ込んでいる自覚があるだけに、ポコポコ歩く愛馬の上で、レオーネは「うーん」と首を傾げた。
幸い、王都暮らしの父からは「結婚しろ」とせっつかれることはまったくない。常にあちこち飛び回っている父のことだから、娘の年齢を思い出す暇もないのかもしれないが。
(でも最近になって、急に求婚者を名乗る男性が現れるようになったのよねぇ……)
レオーネとしては、もし結婚するなら、せめて自分より腕の立つひとに嫁ぎたいと思っている。
生まれてこの方、周囲にいるのは筋骨隆々の男ばかりだったというのもあるが、ひょろっとした体型の男性を見ると、異性として見る前に「病気なのか?」と心配になってしまうのだ。
なのに、求婚者を名乗る男性たちは、揃いも揃って王都暮らしの『ひょろっとした』若者ばかり。
――求婚者が増えた原因はおそらく、二ヶ月ほど前、長期休暇で里帰りしてきた弟たちにあるのだろうと、レオーネは考えていた。
領地にいるあいだ、レオーネが弟たちに稽古をつけてやっていたのだが、どうやら彼らはレオーネの剣の腕に感銘を受けたらしい。帰り際「姉さんの強さを友達に自慢するよ!」と、言っていた。
お喋りな弟たちのことだから、きっとレオーネについて、あることないこと吹聴したに違いない。そして話を聞きつけ興味を持った王都の若者が、物見遊山を兼ねて求婚しにきているのではないだろうか。
(王国の将軍職にあるフィディオロス伯爵の娘と、お近づきになりたいと思うひとが少なからずいるのかもしれないわね)
そうした相手に対し、レオーネは『自分より強い相手と結婚したい』という希望に則り、正々堂々と勝負をお願いしてきた。
レオーネは一見ほっそりしていて、上背もさほどあるわけではない。
求婚者たちは『所詮は女の手習い程度』と高を括って勝負を受けるが、レオーネが見た目に反し強烈な一撃を繰り出すと、負け惜しみを言って一目散に逃げ出していった。
そして、先ほどの求婚者の捨て台詞――『フィディオロス将軍の娘は、野蛮で礼儀知らずのじゃじゃ馬』――を思い出すに、どうやらそうやって逃げ帰った若者たちが、今度はレオーネの悪口を言いふらして回っているようだ。
それがよけいに、噂の令嬢をこの目で見たいという物好きを生んでいるのだろう。
自分のあずかり知らぬところで好き勝手に言われるようになるとは。レオーネにとっては、はた迷惑もいいところである。
(じゃじゃ馬だとわかっているなら、最初から求婚なんてしにこなければいいのに。……あ、でも、怖いもの見たさで逆に確かめたくなるものなのかしら?)
だとしたら、都の男って暇なのねぇ……と、ため息をつくしかない。
なんにせよ、そんな理由でこれからも求婚者が増えるようでは少々困る。
今日も畑にイノシシが出たと聞いて、現場に向かうために馬を走らせていたのだ。なのに求婚者のおかげで一時間近くも無駄に足止めされてしまった。
「いっそ誰とも結婚しないと、宣言すればいいのかもね。あなたはどう思う?」
愛馬の首筋をポンポン叩きながら問いかけると、賢い彼はぶるるっと鼻を鳴らしてくる。「いいんじゃない?」と言われているようで、レオーネは自然と笑顔になった。
(考えてみれば妙案かも。お兄様たちも『妹が軟弱な男に嫁ぐなど許せん!』という考えだし、領民も結婚しないで領地にいていいって言ってくれるし)
「それか、わたしも王国騎士を目指すというのもありね。ゴートお兄様みたいに配属先を領地にしてもらえば、これまで通り……いえ、もっと本格的に国境警備の手伝いができるようになるでしょうし」
声に出すと、とてもいい考えに思えてきた。
生まれ育ったこの土地を離れてまで、好きでもない相手に嫁ぎたいとは思わない。
「相手が好きなひとなら、また違うかもしれないけど、ね……」
そう呟くレオーネの脳裏に、昔会った一人の青年の面影がよみがえる。
青年と言っても、当時の彼は今のレオーネより年下だった。ただ、その身分と立場ゆえか、とても大人びていて立派だった印象が強い。
当時のことを思い出し一人微笑んでいると、前方から土ぼこりを巻き上げ、軽快に走ってくる馬の姿が見えた。
栗毛の立派な馬の背には、王国騎士団の青いマントと、銀の甲冑を着た騎士が乗っている。
目をこらしたレオーネは、次の瞬間、大きく目を見開いた。
「おーい! レオーネ、久しぶりだなぁ!」
騎士のほうもレオーネに気づいたらしく、大きく手を振って声をかけてくる。
よく知る声に、レオーネは「やっぱり!」と笑顔になった。
「セルダムお兄様! お帰りなさい!」
二人揃って領主館に戻り、それぞれ湯浴みをして楽な格好に着替える。
仕立てこそ絹だが、貴族の少年が着るようなシャツにベスト、そして広がりの少ないくるぶし丈のスカートを穿いて現れた妹を見て、次兄セルダムは遠慮なくゲラゲラ笑った。
「相変わらずだな、レオーネ! 格好はアレだが、しばらく見ないうちにまた母さんに似てきたみたいだ」
「余計なお世話です。でもどうしたの? セルダムお兄様が領地まで戻ってくるなんて。ゴートお兄様になにか用があったの?」
長兄のゴートは平時は国境警備に当たっているので、領主館に帰ってくるのは二日に一度くらいだ。
「いや、今回はおまえに用があってきた。兄上には、先に手紙を出して子細を説明してあるし、父上も了承済みだ」
「わたしに? いったいなんの用?」
廊下で顔を合わせるなり、さっそく立ち話を始めた兄妹に、老齢の家令が「お話は、お茶を飲みながらでも」と声をかけてくる。
幼い頃から世話になっている家令に居間へ導かれるあいだも、二人は離れている時間を埋めるべく、ひたすら話していた。
「実はおまえを王都に連れて行くことになったんだ。その様子じゃ、ドレスなんか持ってなさそうだな。向こうに行ったらすぐにあつらえないと」
「王都へ? それにドレスって……まさかお兄様、わたしを社交界デビューでもさせるつもり?」
ちょうど王都は、社交期と呼ばれる華やかな季節だ。
王侯貴族が連日パーティーや舞踏会を催し、社交に励む時期である。多くの貴族はこの時期に合わせて領地から王都へ移動するのだ。
ずっと領地住まいの自分に、まさかそんなことはさせないだろうと冗談めかして尋ねるが、なんと次兄は「その通りだ」と頷いた。
「ええっ、どうして? これまで一度も社交界デビューの話なんてしなかったのに」
目を丸くするレオーネに、次兄は「まぁ落ち着け」とお茶を勧めた。
「本来の目的は、デビューとは違うんだ。実は近々、国王陛下のお妃選びが行われることになった」
「国王陛下のお妃?」
レオーネは思わずドキッとしてしまう。
「そうだ。半年前に新しい陛下が即位なさったのは知っているよな?」
「それは、もちろん」
辺境とはいえ、この国に住んでいる者なら誰もが知っている。
新たに玉座に就いたギルバート陛下は御年二十三歳。
幼い頃から神童と呼ばれ、博識で頭が切れると評判のお方だ。
一年前に前王であるギルバート様のお父上が崩御され、半年の服喪期間を経て、無事に戴冠式をすませられたと聞いている。
「即位前後の儀式なんかもようやく落ち着いたし、ここいらで陛下の妃を正式に決めようって話になったらしくてな」
「それはわかるけど……国王陛下のお妃って、普通は侯爵家以上のご令嬢の中から選ばれるものじゃなかったかしら?」
フィディオロス家の爵位は伯爵だ。父が王国の将軍であるため、ほかの伯爵家よりは上位に位置するが、それでも公爵家や侯爵家に比べれば格下である。
「通例ではそうなんだが、該当する令嬢たちが陛下のお気に召さなかったらしくてな。これまでも見合いや婚約者選びは内々で行われてきたらしいが、いずれも陛下が首を縦に振らなかったということだ。最終的に『貴族の娘であれば誰でもいい』って話になったらしい」
誰でもいいなんて、なんとも適当な。
そこで不意に、レオーネの頭にある考えが浮かんで「まさか」と目を見開いた。
「お兄様、そのお妃選びにわたしを参加させようと考えているんじゃ――」
「その通り! さすが我が妹だ、話が早くて助かる!」
身を乗り出してきたセルダムにぎゅっと抱きしめられて、ムキムキの胸筋と二の腕に挟まれたレオーネは「ちょっ、痛い!」と兄を押しやった。
「というか、嘘でしょう? 自分で言うのもなんだけど、田舎育ちで令嬢の『れ』の字も感じられない生活をしているこのわたしが! 陛下のお妃選びに参加するなんて!」
なにかの間違いとしか思えないのだが。
「さっきも言っただろう、貴族の娘なら誰でもいいってことになったって。つまり、公爵家と侯爵家を除外した、伯爵家以下の貴族の娘は全員お妃選びの対象なんだ」
「ああ、家格で選ばれたってことね」
「そうだ。それで、今度その対象者全員を王城に集めて舞踏会を催すんだと」
ということは、その舞踏会でお妃候補が選ばれることになるのだろう。
「で、せっかく舞踏会に出るんなら、ついでに社交界デビューをして、今年の夏は王都で過ごせばいいと思ってさ。たまには、領地以外の場所で過ごすのも悪くないと思わないか?」
十年近く領地を離れているセルダムは、身を乗り出してそう勧めてきた。
「そうはいっても、わたしには遠くから嫁いでこられたお義姉様を補佐する役目もあるし」
「それはゴート兄上から『心配するな』と返事をいただいた。確かに義姉上は遠方から嫁がれた方だが、もう結婚三年目。そろそろ補佐がなくても大丈夫な頃合いだろうと兄上は判断された。むしろこれを機に、自分も家に戻るようにしようと言っていたぞ」
「ああ、それはいいことだわ。お兄様が仕事ばかりであまり家に帰ってこないことを、お義姉様はずっと残念がっていらしたから」
レオーネはほっと安堵すると同時に、自分がここにいては兄夫婦の邪魔になってしまうな、と気づいてすぐ苦笑いを浮かべた。
「どうせお妃に選ばれることなんてないんだから、おまえも物見遊山のつもりで王都を楽しみつつ、一夏のんびり過ごせばいいじゃないか」
「物見遊山ね……」
レオーネは腕組みして考え込む。
(そうかぁ、陛下はとうとうお妃様を娶られるのね……)
再びレオーネの脳裏に、昔会った青年の姿が浮かんできた。
その青年こそ、国王ギルバート陛下、そのひとなのだった。
もうずいぶん昔になるが、当時王太子だったギルバート様は、国内の視察のためにフィディオロス領を訪れたことがあった。この領主館に滞在し、鉱山を見学したり、兄たちとともに剣術の練習をしたりしながら数日を過ごされたのだ。
その滞在中、レオーネも少し言葉を交わす機会があった。
伯爵令嬢とはいえ、ほとんど領民と変わらぬ暮らしをしていたレオーネにとって、王太子であったギルバートはまさに雲の上のひとだった。
あのとき彼と交わした会話は、今もレオーネの心の糧となっている。
もうお目にかかることはないと思っていたけど……まさか自分が、彼のお妃様を選ぶ舞踏会に参加することになるとは。
(思いがけないことって起きるものね)
とはいえ、自分のような田舎娘が、数いる令嬢の中から選ばれることはまずないだろう。
(でも、遠目にギルバート様のお姿を拝見できるかもしれない! あの当時も素敵だったけど、きっと即位した今はもっと素敵になっているんだろうなぁ)
立派な姿を想像し、思わずレオーネの口元が緩む。
セルダムは、そんな妹の表情に「おまえもやっぱり王都に行ってみたかったんだなぁ。わかるよ。一度は都会を見てみたいよな」と訳知り顔で頷いていた。
「ねぇ、セルダムお兄様は、陛下と間近でお会いしたことはあるの?」
「そりゃあな。といっても、おれは近衛兵じゃないから、陛下が軍を視察されるときにすれ違う程度だが。ああでも、王国騎士は叙任の際、陛下から剣を授かるしきたりがあるから、おれもそのときは間近で拝謁することができたぞ?」
どうだ、うらやましいだろう、と鼻を鳴らすセルダムに、レオーネはぱああっと顔を輝かせた。
(王国騎士になれば、陛下に拝謁して剣を授かることができる!)
思わずその光景を想像してしまって、レオーネの胸は一気に高鳴った。
尊敬するギルバート様から直々に剣を手渡していただける……なんて素晴らしく名誉なこと!
(――決めた! わたしも王国騎士になるわ!)
陛下のお妃様になろうなんて夢みたいなことを考えるより、そちらのほうがよほど現実的で実現可能だ。レオーネは高鳴る気持ちそのままに即決した。
かくなる上は父か兄に頼んで、王都で行われている騎士の試験に参加できるようにしてもらおう。
(そして騎士になれた暁には、王都でもフィディオロス領でも……いいえ、配属された先がどこであろうと、陛下の統治する国を護るために、この命を捧げて戦うのよ!)
求婚者たちへの対応に悩んでいたのがもはや過去のことのようだ。レオーネは拳を握って意気込んだ。
「お兄様、さっそく都へ出発しましょう!」
「おお、そうかそうか! 都会はいいぞぉ! 料理は美味いし、娯楽も多い! おまえもきっと楽しめるはずだ!」
瞳をキラキラと輝かせる妹を満足げに見つめ、セルダムも笑顔で立ち上がる。
――そして行動力に溢れた二人は、あっという間に旅支度を調えて、翌朝には王都に向けて領地を出発したのだった。
* *
当座の着替えと旅費だけ持って馬を走らせたので、レオーネたちは馬車で行くよりずいぶん早く王都に到着した。
フィディオロス領から王都へ向かう道すがら、領地にはない大きな建物や大規模な市場を見るたびにあんぐりと口を開けていたレオーネだが、王都のすごさは桁違いだった。
まず、街に入るための巨大な門に舌を巻き、すべての道が石や煉瓦で舗装されているのに仰天する。そして、領地では絶対に見ない洒落た店が軒を連ねている様子に目を輝かせた。
なにより驚いたのは、道を行き交うひとの多さだ。往来をびっしり埋め尽くす人々はいずれも早足で、そんな彼らを呼び止めようとする呼び子の声も大きい。
見るものすべてが珍しく目を回しそうだったので、屋敷に到着したときは心からほっとした。
王都にあるフィディオロス伯爵の屋敷は、一等地から少し外れた場所にあるが、それでも充分大きい。内装は領地の館と同じですっきりしているが、使用人が倍いたのには驚いた。
「よう、きたなレオーネ! しばらく見ないうちにすっかり娘らしくなったもんだ!」
馬を世話係に預けたあと、セルダムとともに使用人たちに出迎えられたレオーネは、奥から聞こえてきた懐かしい声に、思わず「あっ」と声を上げた。
「――お父様! お久しぶりでございます!」
獅子の鬣のような金髪に熊もかくやという巨体の男は、駆け寄ったレオーネをぎゅうっと抱きしめた。
「本当に久しぶりだ、我が娘よ! セルダムも、フィディオロスまでご苦労だったな」
「本当に骨が折れましたよ。なにせレオーネときたら、街に着くたび、子供みたいにきゃいきゃいはしゃぐもので」
「そんなことはしていません」
レオーネは遠慮なく次兄の鳩尾に肘を打ち込んだ。鋭い一撃に「うっ」とうめくセルダムを見たフィディオロス将軍はがっはっはっと豪快に笑う。
「なかなか筋がいい打ち込みだな、レオーネ! どれ、久々に剣の稽古でもつけてやるか!」
「まあ! お父様、本当に? 嬉しいわ。わたし、これでもずいぶん腕を上げたのだから!」
さっそく目をキラキラさせて語り合う父娘に、セルダムが「待て待て」と割って入る。
「レオーネ、おまえは、お妃選びの舞踏会に参加するためにきたんだろうが。父上に本気で稽古をつけられたら、腕の一本や二本あっさり折られるぞ」
「なにを言うかセルダム! 母親そっくりの美人に育った愛娘に、そんな恐ろしいことをするわけがないだろう!」
「最初はそう言っていても、すぐ本気になるのが親父だから……」
「なにか言ったか?」
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