シンデレラ・マリアージュ

佐倉 紫

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1巻

1-3

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 馬車が入ってきた気配を感じ取ってか、邸の玄関が左右に大きく開け放たれた。
 使用人によって緋の絨毯じゅうたんが玄関から馬車まで広げられる。お仕着せを着込んだ男女の使用人がぞろぞろと出てきて、等間隔に綺麗きれいに並んだ。

「ようこそ、ロークス邸へ。さあ、お手をどうぞ。お嬢様」

 リチャードにうながされ、マリエンヌはどぎまぎしながら馬車を降りる。


 緋の絨毯は靴越しにもわかるほど柔らかかった。
 一歩踏み出すごとに、左右の使用人が頭を下げて迎える。伯爵邸よりずっと豪勢な出迎えに、マリエンヌは圧倒されるばかりだった。
 やしきの内部は一層豪華だ。広い吹き抜けのガラス天井からは、夕日が痛いくらいに降り注ぎ、大理石の床をまぶしく照らし上げている。
 壁際には装飾用の壺やよろいが並び、階段はぴかぴかに磨き上げられ、ひときわ目につく花瓶には、薔薇ばらがこれでもかというほど活けられていた。

「お嬢様、ご紹介いたします。こちらがこの邸の執事のゴードンです」
「ようこそおいでくださいました、お嬢様」

 落ち着いた感じの執事は、マリエンヌと目が合うとにっこりと微笑み頭を下げる。
 温かい出迎えに、マリエンヌもほっと息をついて頭を下げた。

「よろしくお願いします」
「もったいないお言葉でございます。どうぞ、使用人に頭は下げられませんように」
「あっ……」

 そうだった。今の自分は生まれながらの伯爵令嬢マーガレット。彼女なら当然、使用人に頭など下げない。
 慌てて居住まいを正すマリエンヌだが、執事は不作法を緊張のためと勘違いしてくれたようだ。微笑ましい様子でうなずくと、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。
 メイドたちがぞろぞろ集まってきて、順に名前を告げていった。

「彼女たちがお嬢様付きのメイドにございます。常に控えの前におりますので、なにかありましたらすぐお声をおかけくださいまし」
「ありがとう……」
「では、お部屋にご案内いたします」

 モリーという名の年かさのメイドが進み出てきて、マリエンヌを階段へと導く。年齢と雰囲気からして、おそらくメイド頭に違いない。
 広々とした階段を上がり、三階の南側の部屋……おそらくもっとも日当たりがいいであろう部屋に足を踏み入れる。

「ま、あ……っ!」

 そこに広がっていたのは、まさに『お姫様の部屋』だった。
 伯爵邸もそこそこの広さがあり、マーガレットは山のような衣装や小物をしまうために、私室以外にももう二部屋、余分に部屋を使っていた。
 だがこの部屋は、その二部屋を入れてなお余るほどに広々としている。
 日常を過ごす居間だけでも、小さな民家がそのままおさまりそうなのに、なんと専用の応接間と図書室、音楽室までついていた。
 図書室には物語本や伝記など、女性が好みそうな本がぎっしり詰まっている。音楽室にはピアノやハープだけでなく最新の楽譜までそろえられていて、傍らにはダンス用の靴を収めた可愛らしい靴箱まであった。
 居間には猫足の長椅子ソファやテーブルの他に、書き物をするための文机ふづくえや安楽椅子も置かれている。大きく取られた窓の向こうは広々としたバルコニーで、そこにも寝椅子と小机が見えた。
 さらに奧には寝室と衣装室、そして浴室まで備え付けられている。
 あまりの豪華さに、マリエンヌは驚きを通り越して目眩めまいを覚えた。
 ここは本当に一介の商人の家なのだろうか? 
 こんな豪勢な部屋に住めるのは、それこそ城住まいの王族や大貴族しかいないと思っていたが……いや、伝統的な城に住むより、最新設備のこのやしきに住むほうがずっと贅沢なのは間違いない。
 浴室には最新式の金の蛇口がついており、コックをひねれば水とお湯の両方が出る仕組みになっているというのだから驚くほかない。

(お湯を沸かす必要がないなんて、信じられない……)

 バーバラ夫人やマーガレットが入浴するとき、厨房ちゅうぼうで沸かしたお湯を何度も何度も部屋へ運んだ記憶がよみがえる。舞踏会がある日は上を下への大騒ぎで、無事に彼女たちを送り出したあとは、使用人全員がぐったりと疲れ切っていたものだ。

「お時間が迫っておりますので、入浴は控えておきましょう。蒸らしたタオルを持ってまいります。それでお身体を拭いてください」
「は、はいっ」

 慌てて答えたマリエンヌだが、メイドたちがタオルを手に迫ってきたのを見て、裸のまま逃げ出したくなった。
 お手伝いします、と頑固に言い張る彼女たちを必死の思いで振り切り、自分の手で身体を清める。温かなタオルは気持ちよかったが、恥ずかしさのあまり身体はカッカと火照ほてっていた。
 おそらく、マーガレットだったら躊躇ためらうことなくメイドたちに身体を拭かせていたのだろうが……マリエンヌはとても同じことをする気にはなれない。
 なんとか身体を清め、浴室から出て行くと、メイドたちはすでに着付けの準備をして待ち構えていた。
 伯爵邸から持参したものではなく、用意されていたらしい下着を出される。
 それがあつらえたようにぴったりであることに驚きつつも、コルセットのひもをぎゅうっと締めつけられた途端とたん、あまりの息苦しさに、そんな疑問はどこかに吹き飛んでしまった。
 ドレスは季節に合わせた若葉色で、なんと真珠のネックレスまで用意されていた。
 真珠はダイヤモンドより高価だと聞く。マーガレットですら特別な日以外は身に付けないというのに、結い上げた髪にも真珠の髪飾りをつけられ、マリエンヌは恐れ多さのあまり卒倒しそうになる。

「失礼いたします。ただいま旦那様がお戻りになりました。一刻後に晩餐ばんさんとなります」
「まあ、急がないとね」

 リチャードの言葉に、メイドたちが急いで化粧を施していく。
 最後にレースのついた絹の手袋を身につければ、支度は完了だ。

「食堂へご案内いたします」

 リチャードは着飾ったマリエンヌを見るとたちまち瞳を輝かせた。

「いやあ、王宮で見たどんなお姫様方よりずっとお綺麗きれいです。そんな方をエスコートできるなんて、男冥利みょうりに尽きますね」

 過剰なめ言葉にマリエンヌは曖昧に笑う。
 もし自分が美しく見えるなら、メイドたちの化粧や着付けのおかげだと、マリエンヌは疑いもなく考えていた。
 慣れない裾捌すそさばきに戸惑いつつ、なんとか階段を下り終え、一階の食堂へと向かう。
 クロスの掛けられた長いテーブルの上座には、すでにロークスが着席していた。
 彼はマリエンヌに気づくと、わざわざ立ち上がって椅子を引いてくれる。スマートな仕草にも、晩餐用ばんさんようの正装をかちっと着こなす姿にも胸が高鳴って、マリエンヌはたちまち真っ赤になってしまった。

「わたしのやしきへようこそ、レディ。部屋は気に入ってもらえたかな?」
「は、はい。とても、素敵で……」

 ぎくしゃくしながら席に着くと、ロークスはわざわざマリエンヌの右手を取って口づけてくれる。
 手袋越しでも伝わる温かな唇の感触に息を止めると、彼は少し安堵あんどした様子で微笑んだ。

「治ったようだな」
「え……」
「ここにあった傷だ」

 親指の腹で人差し指を撫でられ、その熱に、マリエンヌはどきりとした。

「は、はい。さほど深い傷ではありませんでしたので……」
「言ったとおりだろう? 舐めていれば治ると」

 彼の舌が悪戯いたずらっぽく唇を舐めるのを見て、マリエンヌはしびれにも似たうずきが広がっていくのを感じる。
 いたたまれなくて顔を伏せると、ロークスは意味深に微笑んで席に戻った。

「今日のために極上の白ワインを用意させた。舞踏会で浴びるように飲んでいただろう?」
「えっ……」

 マリエンヌは目をしばたたかせる。確かにマーガレットはワインが好きだが、まさか舞踏会でもそんなに飲んでいたとは思ってもみなかった。

「え、ええ。好きなもので……」
「用意した甲斐がある。好きなだけ飲むといい」

 給仕がさっそくグラスに白ワインをついでいく。
 マリエンヌは困ってしまった。お酒を飲んだことなど数えるほどしかない。それも口にしたのは安いラム酒で、使用人が飲んでいたものを興味本位で味見したくらいだった。
 焼けるような味と濃いアルコールに、少し舐めただけでも真っ赤になってしまったが、果たしてワインはどうなのだろう。
 とはいえここで断るのはあまりにも不自然だ。結局マリエンヌはグラスを持って、ロークスと乾杯してしまった。

「あなたとの初めての晩餐ばんさんに」

 ロークスは躊躇ためらうことなくグラスに口をつけ、白ワインをあおる。
 その男らしい喉仏のどぼとけが上下するのを見て、マリエンヌは飲む前から胸がいっぱいになってしまった。
 なんとか一口だけ白ワインを飲み込み、独特の風味にくらくらしながら、前菜の説明を受ける。
 これだけのおやしきならば当然ともいうべきだが、運ばれてくる料理はどれも旬の食材を使った絶品ばかりだ。肉や魚もよく脂がのっていて、丁寧に煮詰めたスープも舌がとろけるほどに美味しい。
 付け焼き刃のテーブルマナーを気にする必要さえなければ、心からこの晩餐を楽しむことができただろう。

「川魚はあまり口に合わないかな? ワインも進んでいないようだが」
「いいえ……その……」
「緊張しているのか? なに、格式張ることはない。貴族の晩餐会とはわけが違うのだから」

 そう言われても、マリエンヌにはここが王宮の一室のように思えてしまう。
 長テーブルはもちろん、観賞用にかけられた絵画も見事なものだ。こうして座っているだけで厳粛げんしゅくな気分にさせられてしまう。
 それでもなんとかデザートまで食べきり、マリエンヌは一仕事終えたときのようにほっと安堵あんどの息をついた。
 だが迎えにきたメイドについて食堂を出ようとしたとき、ふらりと膝から崩れそうになってしまう。

「――っと」

 倒れそうになったマリエンヌを、ロークスが大きな手で受け止める。腰に回された腕は思いのほか熱くて、マリエンヌは火にでもさわったかのように彼から飛びのいた。

「ご、ごめんなさい」

 しかしロークスはそのままマリエンヌの膝裏に手をかけ、横向きに抱え上げた。
 突然のことに、マリエンヌは小さく悲鳴を上げる。

「お、降ろしてくださいっ」
「大人しくしていろ。部屋まで送ってやる」

 結構です、と訴えてみるも、彼は聞き入れずにそのまま食堂を出る。
 使用人たちはなにも言わず主人たちを見送る。マリエンヌは結局、寝室へと運ばれてしまった。

「きゃっ……!」

 柔らかなベッドの上に放り出され、マリエンヌは身体を強ばらせる。
 スプリングが利いたベッドだけに痛みはないが、間を置かずロークスまで乗り上がってきたのには驚かずにいられなかった。

「い、いや……っ」
「本当にいやなのか? 乾杯のとき、物欲しそうにおれの喉元を見ていただろう」

 マリエンヌはたちまち真っ赤になる。知らずこくんと喉を鳴らすと、ロークスは満足そうに笑って、マリエンヌの首筋に唇を押し当ててきた。

「ひゃ……っ」

 ぬるりと生温かい舌が這う感覚が伝わって、マリエンヌはそれだけで身体を大きく震わせてしまう。
 ロークスは逃げ出そうとするマリエンヌの両手を片手で押さえつけながら、もう一方の手でタイをほどいた。
 マリエンヌの肌を視線でたどりつつ、身体にぴったりと張りつく上着も脱ぎ捨て、仰向けになった彼女の上に本格的にのしかかってくる。

「や、やめて……、いやです、こんな……」
「なぜ躊躇ためらう? あなたはおれに嫁ぐためにここへやってきたんだろう?」

 そうかもしれないが、違う。
 彼に嫁ぐのはマーガレットだ。マリエンヌはこんなことをしていい立場にはない。それに、あまり接触してしまえば身代わりがばれてしまうかもしれない。

(ああ、でも……。マーガレットと入れ替わってしまえば、もう二度と彼に会うこともできなくなる)

 こうして再会できたことも奇跡なのだ。この一瞬を逃したくない。
 深くふれあえば、別れたあとでもっと苦しくなるとわかっているのに――

「……んぅっ」

 考えている余裕はなかった。
 ロークスは前髪をき上げた次の瞬間、マリエンヌにおおかぶさり唇をふさいできたのだ。
 驚きに開いた口から舌が滑り込んできて、マリエンヌの中の罪悪感や理性は、あっという間に気持ちよさに押しやられていく。

「ひ、ぅ……んン、んっ……」
「敏感だな。もうとうに日は落ちている。奔放ほんぽうな夜の顔が出てくる頃合いじゃないか?」
「そ、な、こと……っ」

 否定するが、首筋を舐められただけで身体の奥がぞくぞくして仕方がない。
 広がったスカートの中でつい膝をこすり合わせると、彼はまた片方の口角だけで笑って、マリエンヌの後頭部に手を差し入れた。

「ひぁ……」

 結い上げていた髪がほどかれ、髪飾りがぽとりと枕の上に落ちる。
 同じようにネックレスも外され、鎖骨を伝う指先に大きくのけぞってしまった。

「ああ、いや……っ」
「いやじゃないだろう? そんなに悩ましげな顔をして」

 喉の奥でくつくつと笑って、ロークスはマリエンヌの耳たぶにねっとりと舌を這わせてくる。
 冷たい耳たぶを熱い舌先によって濡らされ、耳の裏を舐め上げられると、マリエンヌはぴくんと身体を揺らしてしまった。

「ひぁ……っ?」
「ここ、弱いのか」
「あ、だめ……、だめぇぇ……っ!」

 首を振ろうにも、頭をしっかり押さえつけられていて逃げられない。それでもなんとか身をよじろうとすると、お仕置きとばかりに唇をふさがれた。
 くちゅくちゅと舌先同士が絡まり合い、酒で浮かされた頭がよけいにぼうっと熱くなってくる。
 舌先に感じるざらりとした感覚と人肌の熱さに、酔いがさらに回ったような気がした。

「ん、ふ……、ふぁ……」

 気づけば夢中になって、マリエンヌは彼に舌を絡ませていた。
 ロークスは舌を使うだけでなく、時折マリエンヌの下唇をそっと甘噛みし、唇で唇を優しく挟んで、新しい刺激を植え付けていく。そのたびに、マリエンヌはぴくぴくと身体を震わせた。
 唇がお互いの唾液に濡れて、暗闇の中なのにてらてらと白く光っている。
 吐息に混ざって届く酒気によけいにくらくらさせられて、マリエンヌはほどなくだらりと身体を弛緩しかんさせてしまった。
 次の瞬間、胸元が一気に楽になる。いつのまにかドレスはおろか、コルセットのひもまでほどかれたていることに気づいて、マリエンヌはハッと身体を強ばらせた。

「だ、だめ……、あぁ……っ!」

 慌てて身をよじったときには、もうドレスは腰まで引き下ろされていた。
 コルセットが荒々しくぎ取られ、床に落とされてしまう。
 月明かりの下とはいえ、貧相な身体をさらすことに耐えられなくて、マリエンヌは胸元をおおって限界まで背を丸める。
 しかし大きな手が肩を押さえつけてきて、あえなく仰向けに戻されてしまった。

「いやっ……」
「しっかり見せるんだ。自分の身体を。何人もの男をとりこにしてきたその肌をな……」
「あ、あ……」

 信じられない思いでロークスを見つめたマリエンヌは、彼が思いのほか真剣に自分の身体を見つめているのに気づき、かあっと首筋まで赤くしてしまった。
 整髪剤できちんと固めていた彼の髪が崩れて、額や頬に幾筋かこぼれている。それがとても色っぽく見えて、マリエンヌの鼓動はたちまち駆け足になっていく。
 灰色の瞳が、マリエンヌの身体をなぞりはじめる。
 白い首筋から鎖骨をたどって、そのまま下のほうへ……肋骨ろっこつがわずかに浮いた腹と、身体の真ん中にあるおへそのへこみを眺めてから、また上へ戻ってくる。
 そして、小さな胸の頂でぴたり止まる。マリエンヌは息を呑んだ。

「いやっ……」

 そんなところは見ないでほしい。そう思う一方で、先日のようにふれてほしいとも思ってしまって、恥ずかしくてたまらなかった。

「やはり……あなたは見られて感じる性癖の持ち主らしい」
「な……」

 あざけり混じりの言葉に、マリエンヌは恥ずかしさといたたまれなさを同時に感じた。

「ち、違うわ……」
「なら、どうしてここがこんなにとがっているんだ? まだふれてもいないのに」
「え……、ひぁっ? あぁ……?」

 彼の指先が胸の頂をかすめ、マリエンヌはびくんと背をしならせてしまう。
 信じられないことだが、今や胸の頂は薔薇ばらとげのようにツンと尖って、呼吸に合わせ色濃く息づいていた。

「い、いや……っ」

 自分の身体のそんな反応に戸惑い、マリエンヌは腰をよじる。
 そうしていると足のあいだにも覚えのある湿り気を感じ、いっそう混乱してしまう。

「濡れているんだろう?」
「あ、あ…、どうして……っ」

 戸惑うマリエンヌに、ロークスは片方の口角だけくいっと引き上げた。

「あなたが淫乱いんらんである証拠だ。男とくれば、いつもこういう反応を見せていたんだろう?」

 マリエンヌは、考えるより先に大きく首をうち振っていた。

「そんなこと……、絶対にないわ……っ」
「嘘をつけ」
「ああっ!」

 彼の指先が胸にふれる。小さな膨らみを押しつぶすように包み込み、痛みを与える一歩手前の力でやわやわと揉み始めた。

「は、あ……っ、く……ぅ……っ」
「こんなに感じて。慣れている証拠だ。今まで何人の男にこの身体を味わわせた?」
「あ、あなただけです、こんなこと……!」

 マリエンヌは夢中で答えた。
 手の動きが止まる。ロークスはわずかに目を見張り、それまでのからかうような笑みを引っ込めた。
 が、次の瞬間にはそれまで以上に皮肉げな笑みを浮かべ、指先でとがった乳首をつまんでくる。

「あうっ……!」
「なるほど。その台詞せりふで大勢の男をとりこにしてきたというわけか」
「んぅ……、ち、ちが……、そんなことしない……、あっ、あぁぁ……!」

 身をかがめた彼が、今度は反対側の胸の頂に口づけてくる。
 硬くなった乳首を温かな口内に含まれて、マリエンヌの中で快感がうねるように頭をもたげた。

「はっ、あァん……っ!」
「胸は小さいほうが感度がいいと言うが、どうやら本当らしい」
「いっ、いや……、言わな、で……っ」
「言われたくないなら、今後はもっと食べるべきだな。宮廷に出入りする女たちは細すぎる。あなたもわざと食事の量を減らしているのだろう? おれは枯れ木のように細い女は好みじゃない」

 よりにもよって枯れ木と言われるとは。まるで老人のようではないか。
 ――だがマリエンヌが同世代の女の子と比べて痩せているのは本当だ。
 食事は使用人たちと同じものだが、ほぼ毎日と言っていいほど、バーバラ夫人はマリエンヌに食事抜きの罰を与えた。
 アイロンがけが気に入らないとか、掃除をおこたったとか、理由はさまざまだったが、お腹いっぱいに食べることなど週に一度あればいいほうだ。
 けれどそんな事実より、彼に「好みではない」と言われたことのほうがひどくこたえる。
 泣きそうになるのを必死にこらえて、マリエンヌは愛撫から逃れようと身をよじった。
 心は傷ついているのに、身体は与えられる快感に敏感になっている。
 彼の爪が引っくように乳首をかすめて、マリエンヌはつい悲鳴のような声を上げてしまった。
 気をよくした彼は、音を立てて乳頭を吸い上げてくる。

「だが、感じやすいのは悪いことじゃない。胸だけでも充分に濡れるようだしな」

 彼の指先がスカートに入り込み、足のあいだをくすぐってくる。
 そこは彼の言うとおり蜜ですっかり濡れていて、甘い匂いをき散らしていた。

「あ、ぁん……、い、いやぁぁ……!」

 腰元でくしゃくしゃになったドレスも、絹の靴下もあっという間にぎ取られ、秘所が外気にさらされる。マリエンヌはとうとう一糸まとわぬ姿にされてしまった。

「はぁ……、いや、見ないで……」
「もう遅い。隠すな。もっと見せるんだ」

 細い身体は嫌いと言うくせに、どうして見たがるのか。

「……っ、も、もうやめて。もう、充分でしょう……?」

 彼にふれられるのは――認めるのは悔しいが――とても気持ちいい。
 けれどののしりの言葉を聞くのには耐えられなくて、マリエンヌは涙混じりに懇願こんがんした。

「ならば誓え。今後は一切、この身体を他の男に捧げようとするな。あなたはおれの妻になるんだ。おれだけだと言うんだ」

 ロークスのまなざしは怖いくらいに真剣だ。普段は灰色に見えるその瞳が、銀色に輝いている。
 マリエンヌは小さく震えながらも、考えるより先にうなずいていた。

「あ、あなただけ……、誰にも、こんなことはさせないわ」
「誓うな?」
「誓うわ」

 マリエンヌは誠実な気持ちで頷く。妹の身代わりであるということも忘れ、自分の言葉で誓っていた。彼とこんなことをするのはいけないことだ。けれど彼以外の男性とこうするのは、もっといけないことだと思ったから――
 すると、ロークスはようやく口元を緩める。浮かんでいたのは例の皮肉な笑みだが、心なしか、目元が甘くなごんだような気がした。

「なら、おれも優しくしてやろう」
「え――あぁぁっ!?」

 彼が再び胸元に顔を埋め、強い力で肌を吸い上げたのを感じ、マリエンヌはのけぞった。

「い、いや……っ、やめて、くれるんじゃ……!」
「あいにく、あなたの身体は逆のことを望んでいるようだが?」
「あっ、あぁぁ……っ」


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