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第一章
009 ☆
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「精神を病んだ妃たちは、例外なく矜持が高く、野望も大きい者ばかりだった。王の子供を産んで王妃になるつもりでやってくるから、僕にどれだけひどいことをされても、堪え忍ぼうとすることが多かったんだ」
しゃらり、しゃらりとルディオンの手の中から音がする。その手に握られているのは小指よりも細い金の鎖だ。彼はそれを、アルメリアの手首に丁寧に巻き付けた。
「だから僕も、さらにひどいことをしなくちゃいけなくなってしまう。そうなるともう悪循環さ。結局僕の仕打ちに耐えられず、何人かは発狂し、ここを去らねばならない状態に陥った。矜持が高いあまり、自分から逃げ出すことができなかったために、ね」
細い両の手首が鎖に固定され、頭上に持ち上げられる。そのまま仰向けに倒され、アルメリアは枕にぼふんと上半身を沈み込ませた。
「中には実家からの指示で、後宮を出ることは許さないと言われていた妃もいたよ。そういう娘たちは気の毒だったな。家に帰れないなら、ここで僕の子供を産むしかないんだと、よけいに思い詰めることになったから」
あまった鎖を、寝台を支える柱のひとつにくくりつけ、軽く引っ張って強度を確かめる。
少し暴れたくらいではほどけないことを確認し、ルディオンはその手をアルメリアの首筋に這わせた。
「そのうち、自殺未遂を犯す妃も出てきてね。剃刀で手首を切って、風呂場で水浸しになって倒れている妃を見たときは、さすがの僕も肝が冷えた。もともとわかりきっていたことだったけど、そのときはっきり自覚したよ。『ああ、僕はやはり異常な人間なんだ』ってね」
細い首筋をたどり、白い胸元へ手を滑らせたルディオンは、夜着の紐をゆっくり解いていく。
しゅるしゅると紐が解かれて、胸元を覆っていた布がはらりと取り攫われるのを感じ、アルメリアはかすかに唇を噛みしめた。
「――怖い?」
ルディオンがかすかな声で聞いてくる。
その口元に浮かんでいるのは、あの優しげな笑みなのだろうか? 厚手の布で目元を覆われ、視界が遮られているアルメリアにはわからない。
目隠しをされるだけで、こんなに恐怖が募るものなのかと思いながら、彼女は小さく顎を引いた。
「陛下の、お顔が見えないのは……いやです」
「そのうち、目にするどころか、思い出すだけでも怖気を震うようになるかもしれないよ?」
軽い笑いを含んだ声音に、アルメリアは小さく首を振った。
「それでも、……見えないのは、いや」
「でも、努力するんだろう? 僕を受け入れるために。それなら、僕がどういうことを好むのか、体感しておくことは必要だ」
つまり彼は、女の視界を奪って抱くことが好きなのだろうか? 視界だけでなく、自由も。
こうして話しているあいだにも、彼は新しい鎖をしゃらしゃらと引っ張り出して、アルメリアの足を固定している。大きく広げられた足は、それぞれ違う柱に鎖で繋がれ、アルメリアは寝台に磔にされてしまった。
アルメリアはかすかに足を動かし、足首に巻き付く鎖をしゃらりと鳴らす。
ルディオンは彼女をきつく固定することはなく、膝を曲げ伸ばしできる程度の余裕は持たせてくれた。うつぶせになることはできないが、軽く身じろぐことはできる。それでも強い力で暴れれば、鎖が肌に食い込み、痕が残ってしまうことだろう。
そう思うとやはり怖くて、視界が真っ暗であることも相まって、緊張ばかりが募ってしまう。
思わずこくりと喉を鳴らすと、すぐ近くでルディオンがくすりと笑う気配が伝わってきた。
「いい眺めだよ。真っ白な敷布の上に、金の鎖で磔にされている娘……夜着がはだけて、綺麗な胸と両足が月明かりに青く照らされている。まるで一幅の絵のようだね」
こんなとんでもない恰好を絵のようだと評するなんて間違っている。
だが、いざ自分が磔にされている図を思い浮かべて、アルメリアは眉間に皺を寄せてしまった。豪華な寝台に鎖で繋がれた女……なんて淫靡で、背徳的なのだろう。
それを、観察するようにじっと見つめ、堪能している男がいる。
そう思うと、それまで感じていたルディオンの視線が、いっそ刺すような強さで自分を射貫いているのを感じてしまい、羞恥と屈辱にたちまち頭が熱くなった。
かすかに身じろぐと、鎖同士がしゃらりと小さな音を立てる。
それがよけいに羞恥を煽って、アルメリアはふっくらした下唇を噛みしめた。
「頬が赤いよ、妃殿。きっと目も潤んでいるだろうね。……視界を奪ったはいいけど、そのせいで涙に濡れた瞳が見られないのは残念かな。君の名前の通り、アルメリアの花と同じ色の美しい瞳……それが羞恥と被虐で歪むのを見たら、ぞくぞくして止まらないだろうね」
衣擦れの音が響いて、ルディオンがアルメリアの隣に沿うように横になったのを感じる。
彼の吐息がかすかに耳元をかすめるのを感じ、アルメリアはとっさに首をすくめた。
「食べやしないよ。こうして、見ているだけ」
「……見ている、だけ?」
「そう」
アルメリアはかすかに混乱した。
「……さわるのでは、ないのですか?」
「うん?」
「だって……」
こんなふうに縛り付けるのは、それが目的だと思っていたのに。
世の中には女のことなど考えず、自分の欲望をぶつけるためだけに振る舞う男がいる。
アルメリアの叔父もそうだった。現にアルメリアは、あの忌々しい行為の最中、抵抗しないよう何度も縛られ、ときには手も上げられた。
最後は快楽の前に膝を屈し、拘束されなくても言いなりになってしまうことがほとんどだったが、可能な限りあらがったのだ。もっとも叔父は、それさえも戯れのひとつとして楽しんでいたようだったが。
だから、こんなふうに縛るからには、ルディオンにも同じ嗜虐性があるのだとアルメリアは思っていた。
そうやって戸惑っていると、彼女の考えを読んでか、ルディオンは「ああ」と納得したような声を出した。
「いきなりそんな、いろいろしたりしないよ。とりあえず、今夜はこれで満足。君はとても綺麗なひとだ。そんなひとが縛られて、恥辱に耐えているのを見られただけでもよしとしないとね」
どうやら彼は行為をするために縛ったのではなく、『縛る』という行為をしたかっただけらしい。
到底理解できない行動にアルメリアは首を捻るが、ふいに、男の手が薄い腹に乗せられるのを感じ、びくっと反応してしまった。
「でも、もし期待していたなら、さわってあげるよ。こうして……撫でてあげる。青白く染まった綺麗な肌をね」
言いながら、彼は手をアルメリアの肌に滑らせていく。身体の形を確かめるように、大きな掌でそっと。
お臍のあたりから始まった手が気まぐれに上へ昇り、剥き出しの乳房にふれた。乳首ごと覆うように掌が右の乳を包んで、そのまま制止する。
揉まれるわけでも、撫でられるわけでもない。温めるようにじっと手を置かれ、アルメリアは息をするのにも神経を使った。
彼の手は思いがけず温かく、軽く添えられているだけのせいか、少しくすぐったい。
思わず身をよじろうとすると、広い掌に乳首が擦れて、甘い疼きが立ち上った。息を詰めているせいか、肌がいつもより敏感になっている。
「……ぅ……」
そういうとき、身体がどんな反応をするか、アルメリアは経験から知っている。
ただ手を添えられただけの状態で、もし乳首が硬く勃ち上がってしまったら。
そう思うと羞恥と気まずさで、顔から火が出そうな思いだった。
「もどかしい? 君は快感を知っているんだもんね。いっそ強くふれてくれたら……と思っているかもしれない」
「……っ」
たちまち身を強ばらせるアルメリアに、ルディオンは「知っているよ」となんでもないことのように言った。
「君がお国で『不義の姫君』と呼ばれ、表舞台から遠ざかっていたことは。その原因が、叔父と密通していたからだということも。だからこそ、僕は君を妃に迎えることにしたんだ。なにも知らない初心な妃を壊すのはもういやだった。それなら、多少なりと経験がある娘を召し上げたほうが、こういった行為も受け入れてくれるんじゃないかと思ってね」
アルメリアは緊張しながらも、なるほど、とつい頷きそうになった。
なぜ自分のような評判の悪い娘が、大国の王の後宮に入れるのかと、ずっと疑問だった。
だが彼が『壊して』きたという妃たちが、全員経験のない処女だったなら(むしろそうでなければ困るところだが)、首を絞められたり鎖で縛られたりした時点で、恐れを成して逃げ出したくなるのは無理もない話だ。
普通、淑女というものは、相手が夫であろうと肌を晒すことを恥ずかしいと思うものだ。そこに恐怖が加わったなら、普通は恐れを抱かずにはいられない。
現に男女の行為のなんたるかを知り、そこに潜む快楽や嫌悪を知っているアルメリアすら、この行為には緊張している。初めての時点でこんなことをされたら、アルメリアとて発狂していたかもしれない。
「だから僕にとっては、君が清らかではないということはプラスに働いたわけだ。もっとも……そんな君でも、これ以上の辱めに耐えられるかはわからない。そう、たとえば、今夜はこうやって縛り付けて……気まぐれに肌をたどるだけ。羞恥心を煽るだけ煽って、それ以上なにもされないというのも、快楽を知る者にとっては拷問に等しいだろうからね」
「……」
その通りだ。現に、彼の手の中で乳首が勃ち上がるのを感じたアルメリアは、いたたまれなさと恥ずかしさで泣き出したい気持ちに駆られている。
いっそひどく扱ってくれるなら、こちらも多少なりと抵抗して、相手をなじることもできるのに。なまじなにもしてこないから、反応してしまう自分自身を嘆くしかないのだ。
「薄紅色の乳首が、もうすっかり勃っているよ。飴玉みたいに舐めしゃぶったら、きっと美味しいだろうに。……指先で弾いてみたら、きっといい声で君は啼いてくれるんだろうね」
歌うようにそう言いながらも、彼は決して乳首を刺激しようとはしない。大きな手も胸から外して、脇腹のあたりをそっと撫でている。
性的な含みのない、なだめるような手つき。だがそれにすらびくびくと腰が震えてしまって、アルメリアはきつく唇を噛みしめた。
ああ、もっと強くさわってくれたら。
明確に愛撫とわかる刺激を与えてくれたら。
そうしたら声を上げて身をよじって、静かに募る快楽を外に逃がすこともできるのに。
「う、うぅ……」
彼の手は気まぐれに肌を滑り、首筋を撫でたかと思ったら、白い太腿に這わされる。いずれも、ただ肌をたどるだけの、意味のない行為。
だが緊張と不安で否応なく敏感になったアルメリアの肌は、それをもどかしい愛撫と勘違いして粟立ってしまう。時折からかうように耳元に息を吹きかけられると、それだけで声が漏れてしまいそうで、アルメリアは必死に奥歯を噛みしめる。
身体の震えに合わせ、手首や足首からしゃらしゃらと鎖がこすれる音が響いてくる。なまじ緩めに拘束されているものだから、身じろぐたびに小さな音を立てるのだ。声をこらえていることなど意味がないとでも言うように。
やがて足のあいだがじわりと潤んでくるのを感じ、アルメリアは泣きそうになってしまう。縛られて、かすかにふれられているだけで濡れてくるなんて。
「ふ……、うぅ……」
腰を揺らめかせたところで、彼の掌は決して望むようには動いてくれない。ただ、アルメリアの身体の線をなぞるように、ゆったりとふれてくるだけだ。
「どうしたの? 腰が物欲しそうに動いてる……。頬が真っ赤な林檎みたいに熟れているよ。かわいい」
「ん……、ふっ……」
「駄目だよ。足を閉じようとしちゃ。そのまま開いていて。僕にどうなっているか見せて……」
「うぅ……っ」
「まさか、これだけのことで濡れたりなんかしないだろう? 縛られた女を見て悦に入る僕も相当おかしいけど……縛られて、こうして撫でられるだけで濡れてくる女も、相当おかしいよ」
「……っ……」
言われずともわかっている。けれど、腰の揺らぎが止まらない。
彼の言うとおりだ。こんなふうに扱われて、それでもアルメリアは感じていた。だからこそ秘所が濡れてくる。
首を絞められ絶頂に至ったのは幻ではなかった。あのときは苦しみに快感を見いだし、今は――羞恥と被虐に、身を焦がしている。
(わたしも……おかしいのだわ。ルディオンだけじゃない。わたしも、異常な性質を持っている)
それはもともと備わっていたものなのだろうか。それとも叔父との穢れた行為が、歪めてしまったものなのだろうか。
どのみち……もう、もとには戻れない。不思議とアルメリアは、そのことをはっきり感じていた。
(現にわたしは、こんな扱いをされて……悦んでいる。緊張しているし、怖いし、今すぐやめて欲しいけど……この危うい感覚が、たまらない)
「う、うぅ……、あ、はぁ……っ」
いつの間にかルディオンの身体は自分の上に乗っている。上からのしかかられ、なにをされるわけでもなく、じっと観察されている。
固く尖った胸の頂を、薄く波打つ腹を、しとどに濡れた秘所を、あの藍色の瞳がつぶさにたどり、凝視している――
「あ、あぁ……、あぁ……!」
熱い視線が肌に刺さる。深い吐息が肌を滑る。ただそれだけのことに、アルメリアは激しく煽られ、感じてしまう。
今ふれられたら、きっと媚薬でも使われたのではないかと思うほど、ひどく反応してしまうことだろう。
だが、ルディオンは決してふれようとしない。ただアルメリアに馬乗りになって、その瞳で見つめてくるだけ。
視姦という名の辱めに、アルメリアは震えた。
(見ないで……、こんなわたしを見ないで……っ)
一方で、見て、とも望んでしまう。
もっともっと、その視線で犯して。舐めるように見つめて。
「うぅ、う……っ、はぁ……、はぁ……っ」
息が上がって、頭の中が茹だったように熱くなる。体中が震えて、アルメリアはあふれる唾液を懸命に飲み込んだ。
鎖がしゃらしゃらと、耳障りなほどに鳴り響く。
もどかしさばかりが裡に募って、やり場のない疼きに、アルメリアはもう気が狂いそうだ。
それでもルディオンはなにもしない。
「はぁ……っ、……あ、あぁ、……あぁ……っ」
あまりのことに涙が出る。なにもされないことを嘆く夜がくるなんて。
すすり泣きのような小さな声が響く中、初めての夜は、こうして更けていったのだった。
しゃらり、しゃらりとルディオンの手の中から音がする。その手に握られているのは小指よりも細い金の鎖だ。彼はそれを、アルメリアの手首に丁寧に巻き付けた。
「だから僕も、さらにひどいことをしなくちゃいけなくなってしまう。そうなるともう悪循環さ。結局僕の仕打ちに耐えられず、何人かは発狂し、ここを去らねばならない状態に陥った。矜持が高いあまり、自分から逃げ出すことができなかったために、ね」
細い両の手首が鎖に固定され、頭上に持ち上げられる。そのまま仰向けに倒され、アルメリアは枕にぼふんと上半身を沈み込ませた。
「中には実家からの指示で、後宮を出ることは許さないと言われていた妃もいたよ。そういう娘たちは気の毒だったな。家に帰れないなら、ここで僕の子供を産むしかないんだと、よけいに思い詰めることになったから」
あまった鎖を、寝台を支える柱のひとつにくくりつけ、軽く引っ張って強度を確かめる。
少し暴れたくらいではほどけないことを確認し、ルディオンはその手をアルメリアの首筋に這わせた。
「そのうち、自殺未遂を犯す妃も出てきてね。剃刀で手首を切って、風呂場で水浸しになって倒れている妃を見たときは、さすがの僕も肝が冷えた。もともとわかりきっていたことだったけど、そのときはっきり自覚したよ。『ああ、僕はやはり異常な人間なんだ』ってね」
細い首筋をたどり、白い胸元へ手を滑らせたルディオンは、夜着の紐をゆっくり解いていく。
しゅるしゅると紐が解かれて、胸元を覆っていた布がはらりと取り攫われるのを感じ、アルメリアはかすかに唇を噛みしめた。
「――怖い?」
ルディオンがかすかな声で聞いてくる。
その口元に浮かんでいるのは、あの優しげな笑みなのだろうか? 厚手の布で目元を覆われ、視界が遮られているアルメリアにはわからない。
目隠しをされるだけで、こんなに恐怖が募るものなのかと思いながら、彼女は小さく顎を引いた。
「陛下の、お顔が見えないのは……いやです」
「そのうち、目にするどころか、思い出すだけでも怖気を震うようになるかもしれないよ?」
軽い笑いを含んだ声音に、アルメリアは小さく首を振った。
「それでも、……見えないのは、いや」
「でも、努力するんだろう? 僕を受け入れるために。それなら、僕がどういうことを好むのか、体感しておくことは必要だ」
つまり彼は、女の視界を奪って抱くことが好きなのだろうか? 視界だけでなく、自由も。
こうして話しているあいだにも、彼は新しい鎖をしゃらしゃらと引っ張り出して、アルメリアの足を固定している。大きく広げられた足は、それぞれ違う柱に鎖で繋がれ、アルメリアは寝台に磔にされてしまった。
アルメリアはかすかに足を動かし、足首に巻き付く鎖をしゃらりと鳴らす。
ルディオンは彼女をきつく固定することはなく、膝を曲げ伸ばしできる程度の余裕は持たせてくれた。うつぶせになることはできないが、軽く身じろぐことはできる。それでも強い力で暴れれば、鎖が肌に食い込み、痕が残ってしまうことだろう。
そう思うとやはり怖くて、視界が真っ暗であることも相まって、緊張ばかりが募ってしまう。
思わずこくりと喉を鳴らすと、すぐ近くでルディオンがくすりと笑う気配が伝わってきた。
「いい眺めだよ。真っ白な敷布の上に、金の鎖で磔にされている娘……夜着がはだけて、綺麗な胸と両足が月明かりに青く照らされている。まるで一幅の絵のようだね」
こんなとんでもない恰好を絵のようだと評するなんて間違っている。
だが、いざ自分が磔にされている図を思い浮かべて、アルメリアは眉間に皺を寄せてしまった。豪華な寝台に鎖で繋がれた女……なんて淫靡で、背徳的なのだろう。
それを、観察するようにじっと見つめ、堪能している男がいる。
そう思うと、それまで感じていたルディオンの視線が、いっそ刺すような強さで自分を射貫いているのを感じてしまい、羞恥と屈辱にたちまち頭が熱くなった。
かすかに身じろぐと、鎖同士がしゃらりと小さな音を立てる。
それがよけいに羞恥を煽って、アルメリアはふっくらした下唇を噛みしめた。
「頬が赤いよ、妃殿。きっと目も潤んでいるだろうね。……視界を奪ったはいいけど、そのせいで涙に濡れた瞳が見られないのは残念かな。君の名前の通り、アルメリアの花と同じ色の美しい瞳……それが羞恥と被虐で歪むのを見たら、ぞくぞくして止まらないだろうね」
衣擦れの音が響いて、ルディオンがアルメリアの隣に沿うように横になったのを感じる。
彼の吐息がかすかに耳元をかすめるのを感じ、アルメリアはとっさに首をすくめた。
「食べやしないよ。こうして、見ているだけ」
「……見ている、だけ?」
「そう」
アルメリアはかすかに混乱した。
「……さわるのでは、ないのですか?」
「うん?」
「だって……」
こんなふうに縛り付けるのは、それが目的だと思っていたのに。
世の中には女のことなど考えず、自分の欲望をぶつけるためだけに振る舞う男がいる。
アルメリアの叔父もそうだった。現にアルメリアは、あの忌々しい行為の最中、抵抗しないよう何度も縛られ、ときには手も上げられた。
最後は快楽の前に膝を屈し、拘束されなくても言いなりになってしまうことがほとんどだったが、可能な限りあらがったのだ。もっとも叔父は、それさえも戯れのひとつとして楽しんでいたようだったが。
だから、こんなふうに縛るからには、ルディオンにも同じ嗜虐性があるのだとアルメリアは思っていた。
そうやって戸惑っていると、彼女の考えを読んでか、ルディオンは「ああ」と納得したような声を出した。
「いきなりそんな、いろいろしたりしないよ。とりあえず、今夜はこれで満足。君はとても綺麗なひとだ。そんなひとが縛られて、恥辱に耐えているのを見られただけでもよしとしないとね」
どうやら彼は行為をするために縛ったのではなく、『縛る』という行為をしたかっただけらしい。
到底理解できない行動にアルメリアは首を捻るが、ふいに、男の手が薄い腹に乗せられるのを感じ、びくっと反応してしまった。
「でも、もし期待していたなら、さわってあげるよ。こうして……撫でてあげる。青白く染まった綺麗な肌をね」
言いながら、彼は手をアルメリアの肌に滑らせていく。身体の形を確かめるように、大きな掌でそっと。
お臍のあたりから始まった手が気まぐれに上へ昇り、剥き出しの乳房にふれた。乳首ごと覆うように掌が右の乳を包んで、そのまま制止する。
揉まれるわけでも、撫でられるわけでもない。温めるようにじっと手を置かれ、アルメリアは息をするのにも神経を使った。
彼の手は思いがけず温かく、軽く添えられているだけのせいか、少しくすぐったい。
思わず身をよじろうとすると、広い掌に乳首が擦れて、甘い疼きが立ち上った。息を詰めているせいか、肌がいつもより敏感になっている。
「……ぅ……」
そういうとき、身体がどんな反応をするか、アルメリアは経験から知っている。
ただ手を添えられただけの状態で、もし乳首が硬く勃ち上がってしまったら。
そう思うと羞恥と気まずさで、顔から火が出そうな思いだった。
「もどかしい? 君は快感を知っているんだもんね。いっそ強くふれてくれたら……と思っているかもしれない」
「……っ」
たちまち身を強ばらせるアルメリアに、ルディオンは「知っているよ」となんでもないことのように言った。
「君がお国で『不義の姫君』と呼ばれ、表舞台から遠ざかっていたことは。その原因が、叔父と密通していたからだということも。だからこそ、僕は君を妃に迎えることにしたんだ。なにも知らない初心な妃を壊すのはもういやだった。それなら、多少なりと経験がある娘を召し上げたほうが、こういった行為も受け入れてくれるんじゃないかと思ってね」
アルメリアは緊張しながらも、なるほど、とつい頷きそうになった。
なぜ自分のような評判の悪い娘が、大国の王の後宮に入れるのかと、ずっと疑問だった。
だが彼が『壊して』きたという妃たちが、全員経験のない処女だったなら(むしろそうでなければ困るところだが)、首を絞められたり鎖で縛られたりした時点で、恐れを成して逃げ出したくなるのは無理もない話だ。
普通、淑女というものは、相手が夫であろうと肌を晒すことを恥ずかしいと思うものだ。そこに恐怖が加わったなら、普通は恐れを抱かずにはいられない。
現に男女の行為のなんたるかを知り、そこに潜む快楽や嫌悪を知っているアルメリアすら、この行為には緊張している。初めての時点でこんなことをされたら、アルメリアとて発狂していたかもしれない。
「だから僕にとっては、君が清らかではないということはプラスに働いたわけだ。もっとも……そんな君でも、これ以上の辱めに耐えられるかはわからない。そう、たとえば、今夜はこうやって縛り付けて……気まぐれに肌をたどるだけ。羞恥心を煽るだけ煽って、それ以上なにもされないというのも、快楽を知る者にとっては拷問に等しいだろうからね」
「……」
その通りだ。現に、彼の手の中で乳首が勃ち上がるのを感じたアルメリアは、いたたまれなさと恥ずかしさで泣き出したい気持ちに駆られている。
いっそひどく扱ってくれるなら、こちらも多少なりと抵抗して、相手をなじることもできるのに。なまじなにもしてこないから、反応してしまう自分自身を嘆くしかないのだ。
「薄紅色の乳首が、もうすっかり勃っているよ。飴玉みたいに舐めしゃぶったら、きっと美味しいだろうに。……指先で弾いてみたら、きっといい声で君は啼いてくれるんだろうね」
歌うようにそう言いながらも、彼は決して乳首を刺激しようとはしない。大きな手も胸から外して、脇腹のあたりをそっと撫でている。
性的な含みのない、なだめるような手つき。だがそれにすらびくびくと腰が震えてしまって、アルメリアはきつく唇を噛みしめた。
ああ、もっと強くさわってくれたら。
明確に愛撫とわかる刺激を与えてくれたら。
そうしたら声を上げて身をよじって、静かに募る快楽を外に逃がすこともできるのに。
「う、うぅ……」
彼の手は気まぐれに肌を滑り、首筋を撫でたかと思ったら、白い太腿に這わされる。いずれも、ただ肌をたどるだけの、意味のない行為。
だが緊張と不安で否応なく敏感になったアルメリアの肌は、それをもどかしい愛撫と勘違いして粟立ってしまう。時折からかうように耳元に息を吹きかけられると、それだけで声が漏れてしまいそうで、アルメリアは必死に奥歯を噛みしめる。
身体の震えに合わせ、手首や足首からしゃらしゃらと鎖がこすれる音が響いてくる。なまじ緩めに拘束されているものだから、身じろぐたびに小さな音を立てるのだ。声をこらえていることなど意味がないとでも言うように。
やがて足のあいだがじわりと潤んでくるのを感じ、アルメリアは泣きそうになってしまう。縛られて、かすかにふれられているだけで濡れてくるなんて。
「ふ……、うぅ……」
腰を揺らめかせたところで、彼の掌は決して望むようには動いてくれない。ただ、アルメリアの身体の線をなぞるように、ゆったりとふれてくるだけだ。
「どうしたの? 腰が物欲しそうに動いてる……。頬が真っ赤な林檎みたいに熟れているよ。かわいい」
「ん……、ふっ……」
「駄目だよ。足を閉じようとしちゃ。そのまま開いていて。僕にどうなっているか見せて……」
「うぅ……っ」
「まさか、これだけのことで濡れたりなんかしないだろう? 縛られた女を見て悦に入る僕も相当おかしいけど……縛られて、こうして撫でられるだけで濡れてくる女も、相当おかしいよ」
「……っ……」
言われずともわかっている。けれど、腰の揺らぎが止まらない。
彼の言うとおりだ。こんなふうに扱われて、それでもアルメリアは感じていた。だからこそ秘所が濡れてくる。
首を絞められ絶頂に至ったのは幻ではなかった。あのときは苦しみに快感を見いだし、今は――羞恥と被虐に、身を焦がしている。
(わたしも……おかしいのだわ。ルディオンだけじゃない。わたしも、異常な性質を持っている)
それはもともと備わっていたものなのだろうか。それとも叔父との穢れた行為が、歪めてしまったものなのだろうか。
どのみち……もう、もとには戻れない。不思議とアルメリアは、そのことをはっきり感じていた。
(現にわたしは、こんな扱いをされて……悦んでいる。緊張しているし、怖いし、今すぐやめて欲しいけど……この危うい感覚が、たまらない)
「う、うぅ……、あ、はぁ……っ」
いつの間にかルディオンの身体は自分の上に乗っている。上からのしかかられ、なにをされるわけでもなく、じっと観察されている。
固く尖った胸の頂を、薄く波打つ腹を、しとどに濡れた秘所を、あの藍色の瞳がつぶさにたどり、凝視している――
「あ、あぁ……、あぁ……!」
熱い視線が肌に刺さる。深い吐息が肌を滑る。ただそれだけのことに、アルメリアは激しく煽られ、感じてしまう。
今ふれられたら、きっと媚薬でも使われたのではないかと思うほど、ひどく反応してしまうことだろう。
だが、ルディオンは決してふれようとしない。ただアルメリアに馬乗りになって、その瞳で見つめてくるだけ。
視姦という名の辱めに、アルメリアは震えた。
(見ないで……、こんなわたしを見ないで……っ)
一方で、見て、とも望んでしまう。
もっともっと、その視線で犯して。舐めるように見つめて。
「うぅ、う……っ、はぁ……、はぁ……っ」
息が上がって、頭の中が茹だったように熱くなる。体中が震えて、アルメリアはあふれる唾液を懸命に飲み込んだ。
鎖がしゃらしゃらと、耳障りなほどに鳴り響く。
もどかしさばかりが裡に募って、やり場のない疼きに、アルメリアはもう気が狂いそうだ。
それでもルディオンはなにもしない。
「はぁ……っ、……あ、あぁ、……あぁ……っ」
あまりのことに涙が出る。なにもされないことを嘆く夜がくるなんて。
すすり泣きのような小さな声が響く中、初めての夜は、こうして更けていったのだった。
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【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
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「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
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①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
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