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第四十三話 ひきこもり、天使と共に【中編】

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 異世界人に対してとったマウント、『こんな美味しいお菓子、一度も食べたことがないわ!!」をつまみに、俺は夕餉ゆうげの酒を楽しんでいた。このままエルフとの異文化交流はつつがなく成功するかと思われた。しかし、数多あまた料理つまみを勧めていくうちに、とんでもない事態に陥ってしまう……

 よくよく考えれば、当たり前の話なんだが――

 二人っきりで機嫌良く酒を酌み交わしている時、クララの顔色が突然変わる。彼女は青ざめた顔で口を押さえる。俺はその姿を見て、すぐに現状を認識する

『オロロロロロ~~~~~~~~~』

 筒状に開けていたポテチの空き袋で、それを受け止めた……。ファインセーブである。

 そのまま、クララをトイレに連れて行き、介抱する羽目に陥る。疲れの溜まったエルフと酒盛りをするという行為そのものが、非常識であった。けれども、ストロングゼロを飲み干しながら、美味しそうにつまみを食べ続けるエルフの食事を、すぐに打ち切るという発想が、自分にはすっぽりと抜けていた。

 例えるなら、小さな子供が無邪気にお菓子を食べすぎて、胃袋の上限を超えてしまい、突然嘔吐する。これが今の現状である――

 クララの背中をさすりながら、落ち着くまで介抱を続けた。

「ご、ご免なさい……調子に乗りす……ゴフッ」

 肩を震わせながら、えづき続けている。

「無理に話すな……出す物を全部吐けば楽になるさ」

 俺は彼女の嘔吐を見守りつつ、優しい声を掛けた。しばらく介抱を続けると、胃の中が空っぽになったのか「えっ、えっ」と、吐く音だけに変わる。胃の中に吐瀉する物が無くなり、クララの体調が少しだけ落ち着いてきた。

 新しいタオルと冷たい水をクララに差し出す。クララはコップを受け取り、口の中を何度もゆすぎ、水を胃袋に流し込む。

「し、死ぬかと思いました……」

 便器に手をつき、ぐったりしながら、そう呟く。

 俺はクララの肩をかついで、客間に連れて行き、あらかじめ敷いていた布団に彼女を寝かしつける。俺が見守る中、クララが小さな寝息を立てはじめた。ホッと胸をなで下ろした俺は、静かに客間の扉を閉めた――

 冷蔵庫から缶ビールを持ち出し、居間のソファーにどかりと腰を下ろして人心地が付く。身体にアルコールが回ってしまって、旨味の感じないビールをゴクリと喉に流し込んだ。ゴブリンの取材に行き、まさかエルフを家に持ち帰るとは想像だにしなかった。あたりめを囓りながら、今日一日を振り返っていると、何か大切な用事を一つ、忘れている気がした。 

 リビングの床に無造作に積まれた空き缶の山と、食い散らかしたお菓子の袋が無ければ、今起こっている出来事が嘘だと思えた。いつもなら明日の予定など気にすることもなく、翌日を迎えるが、突然訪れた珍客によって、明日からのスケジュールが全て埋まってしまい苦笑する。あれこれと考えを巡らせているうちに眠気が襲ってきて、いつしか俺は眠りに落ちていく――


 ――――猛烈な尿意に襲われ目覚める。壁時計の針を見ると、十一時を過ぎていた。慌ててトイレに駆け込み用を足した。そういえばクララにトイレの使い方を教えていなかったので、トイレを洗面台と勘違いしていたら面白いのにと、下品な想像を張り巡らす。

 台所でハムエッグを二人分作り、かなり遅い朝食の準備を終わらせ、クララをおこしに客間に向かう。

 客間の扉をそっと開いて中に入ると、彼女は掛け布団を抱き枕にして眠っていた。驚かさないように、彼女の肩をゆっくりと叩いた。「うーん」という艶めかしい声を吐き出し、クララが目覚めた。

「お早うございます」

 俺と目が合った彼女は、気怠そうに声を発した。その姿を間近に見た俺は、アイドルタレントに寝起きどっきりを仕掛けたような、背徳的な気分に陥った。

「起きたてで悪いが、飯は食べられそうか」

 起き抜けに尋ねると、彼女は何も言わずに、コクリと頷く。

「食事の準備が整ったので、一緒に食べよう」

 そう言い残し、部屋から出て行く。テーブルに座って暫くすると、彼女がやってきた。

「あのう……昨日は迷惑を掛けました」

 長い髪を床につくぐらい腰を曲げ、俺に陳謝する。

「気にするな……お互い楽しく飲めたから問題なし」

 そう言って、この話題を笑って終わらせる。食パンをトースターに放り込み、タイマーを入れると、クララが不思議そうな顔で、それを覗き込んでいる。『チーン』と、トースターから出来上がりの合図が鳴ると、彼女はヘッと驚きの声を上げた。

 俺は笑いながら、トースターからこんがり焼けた食パンを取り出す。そして、パンにマーガリンをたっぷりと塗り、焼きたてのパンをクララに差し出した。彼女は気恥ずかしそうにそれを受け取り、うつむきながら、パンを囓る。俺はその姿を見てもう一度、声を出して笑うと、クララはむすっと不機嫌な顔をして、睨みつけてきた。俺はククッと笑い声を止められず

「もう、知りません!」

 と、彼女がへそを曲げたように、声を張り上げた――
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