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外伝 恋の告白【前編】

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 異世界での食生活は、醤油を手に入れてから大幅に改善されたと言えよう。ただジャンクフードが大好きだった自分としては、それが食べられないことに郷愁を誘っていた。異世界にも、お菓子が無い訳ではない。塩辛い乾燥菓子や砂糖菓子といった化学調味料が使われていない、素朴な味わいのあるお菓子は、数多く売られていた。

 日本で食べていたジャンクフードに遠くお呼びはしないが、酒のつまみや小腹が空いたときのお菓子としては、十分許せた。けれども、この異世界で決して食べることが出来ない、あるお菓子の代表があった。

 チョコレートである――

 日本で暮らしていたときは、チョコレートが好きかと問われれば、それほど好きだと答えはしなかったと思う。ただし、単品でチョコレートを食べるのではなく、クッキーやアイスクリーム、ナッツと組み合わされるチョコ菓子は、結構口に入れていた。

 無性にチョコレートが食べたくなり、枕を濡らす。

 その出来事の発端が、これだった――

「おっちゃんさあ……何かこうぱあっと、脳が喜ぶようなお菓子ってない?」

 クリオネが椅子を馬に見立て、ガタガタ揺らしながらいつもの無茶振りをする。

「はあ……また王宮で自慢したい訳ね……お前は天才料理人だから、俺が答えを出すのは、ずるだと思うんだけど」

 俺は溜息混じりに言った。

ー!! 馬鹿なことを言わないで頂戴! 発想するのは貴方かもしれませんが、完成させるのは、わ・た・し・な・ん・で・す・か・ら!!」

 クリオネは口を開いて、しかめっ面で返してきた。

「そうかもしれんな……故郷でお菓子の王様と言ったら、チョコレートだったよ。こちらに越して来てから、見たことがないお菓子の一つだ」

「名前だけじゃ、どんなお菓子か想像出来ないわ」

「真っ黒い、砂糖菓子に近いか……」

「その、チョコレートの原材料って何なのかしら?」

 矢継ぎ早、彼女は次々と尋ねてくる。

「カカオ豆と呼ばれる果実の種よ……(この世界で例えるなら)バルビンの果実に小さな種が詰まったものだと想像してくれ。実際は豆じゃない、ただの種なんだけどな……」

「豆じゃなければ、そんなの(多すぎて)探せる訳無いじゃない!!」

「そうなんだよ……食べることが出来ないお菓子……」

 俺はそう言いかけ、はたと気が付いた。

「すまんが、クリオネが知っている豆を出来るだけそろえて、俺に送ってくれ」

「それで見付けられるって言うのね!」

 彼女が俺にぐいっと迫る。

「いや……小さな可能性だ……」

 俺は自分の口元が、かすかに緩んでいるのを自覚した。

 二週間後、クリオネの手によって、ありとあらゆる豆が、我が家に届けられた――

                         *      *      *

「豆って、こんなに種類があったんだな!!」

 レイラがテーブルの上に無造作に並べられた種を、指で弾いて遊んでいる。その弾き飛ばされた豆を摘んでは食べ、俺は首をかしげる。

「旨いのか??」

 そう言って、レイラは乾燥した豆を口に入れ、『うえっ』と声を上げ吐き出した。

「ぺっ、ぺっ、くそ不味いじゃねえか!!」

 目があった俺を、軽く睨みつける。

ってもしないのだから、不味いに決まってるだろう……」

 やれやれと、俺は首を振り、また一粒の豆を噛み砕く。

 「早くこの豆を。煎ってくれよ」

 床に並べられた豆の入った袋を掴み、雛鳥が食わせろと、ピーピーとせがんでくる。俺はそれを無視しながら、くそ不味い豆を食べ続けた。全ての豆を囓り終え、俺はがっくりと肩を落とした。

「お目当ての豆が、見つからなかったんですね……」

 リビングで刀剣を磨いていたテレサが、御苦労様と声を掛け

「早く夕食を作って下さい」

 と、せがんだ。

「おっちゃんが探しているって豆って、一体どんな物なんだ?」

 レイラが口を挟む。

「故郷ではイナゴ豆って呼ばれているんだけど、俺も実際見たことも食べたことも無いのよ」

「じゃあ、見つからない」

 ルリが結論じみた発言をする。

「俺が想像するに、普通の豆より甘く感じるはずなんだが」

駄豆だまめなら甘い」

「駄豆?? この中にあったのか」

「駄豆は動物たちの飼料……冒険者になる前よく食べてた」

 そう言って、ルリは酷く悲しそうな顔を浮かべた。

「夕食は少し待っててくれ! 市場に出かけてくる」

 俺は市場に駄豆を買いに、家から飛び出した――


※ 勇者の友人はひきこもり https://www.alphapolis.co.jp/novel/613099930/158643400

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