上 下
220 / 229

外伝 腐れ縁

しおりを挟む
 ギルドの掲示板を吟味していると、後ろから嫌な声が聞こえてくる。

「よっ! 相棒、美味しい依頼書は見つかったのか」

 オットウが、下品な笑い声を上げながら俺に声を掛けてきた。

「より取り見取りなんで、選ぶのに苦労するわ」

 そう返事を返してやる。

「それは上々、今夜、歓楽街で飲みに行かないか」

「了解したが、時間は守れよ」

「ギルドの酒場で相棒が・・・酔いつぶれるまでには、帰ってくるさ」

 オットウ自身が遅れてくることを前提に、答えたので少しイラッとくる。俺は掲示板に張ってある一枚の依頼書を引きちぎり、何も言わずに窓口に並んだ。朝一だったが、掲示板を更新する日だったので、かなり長い列が出来ている。俺はぼーと列の後ろにつきながら、オットウといつ出会ったのか思い返していた―――――


―――――「よっ!ルーキー」

 背中越しに見知らぬ冒険者が、俺に声を掛けてきた。その男は自分と同年代に見えたが、肌の艶や声からして、もう少し若いかもしれないと感じた。

「ルーキーに何のようだ? ベテランさんよ」

「ベテランはまちげえないが、オットウと呼んでくれ」

 そう言いつつ、彼は笑顔で右手を差し出す。

「ああ、俺は静岡音茶だ。ルーキーよりおっちゃんのほうがしっくりくる」

 俺はオットウが差し出してきた右手を、強く握り返す。

「ギルドの仲間が一緒に飲もうと、お前さんを誘ってくれと頼まれたのよ」

「誘ってくれるのは嬉しいが、酒のつまみになるつもりはない」

 そう言って、くるりときびすを返してギルドから出て行った。

「おい! ちょっと待ってくれ」

 オットウという男が、必死で呼び止めてくる。

「返事は返したが、まだ何か言い残したことがあるのか」

「相棒! そんなにつっけんどんな態度を取るなよ。俺のお薦めの店を紹介してやるので、二人で飲みに行こうぜ」

「仲間をほっぽり出して良いのか?」

 俺が探るような視線を、オットウに向けた。

「問題ない、俺が居なくても奴らは楽しく飲んでいるだろうよ」

「高い店でなければ、付き合わせて貰うわ」

 この世界で通じるかは分からなかったが、右目を軽く閉じ彼に向けてウインクを飛ばした。

「安くて美味い料理だと、太鼓判を押させて貰う」

 俺はオットウの誘いに乗って、ギルドの裏通りにある歓楽街に消えていく……。

           *      *     *

「く~~~旨ぇええ~」

 俺は木製のジョッキを左手に持ち、右手で持った串焼き肉をがっついて食べていた。

「それぐらい旨そうに食べてくれると、この店を紹介したかいがあるっていうもんだ」

 オットウも同じように、串焼き肉をかじりながら嬉しそうに話す。

「底辺から抜け出したくて、薬草狩りに命をかけてるのよ……。先日、小鬼に釜をほられて、魔の森の肥やしになるとこだったぞ」

「わははは、新人は小鬼に簡単に殺されるからな! ただおっちゃんは薬草積みを中心に、堅い仕事を選んでいると思うぞ」

「そう言ってくれると嬉しいが、ただパーティを組む仲間がいないから仕事が限られるともいう」

 俺は自虐ネタをほうりこむ。

「確かにその年では、若い初心者冒険者と組むのは難しいか」

「一応、掲示板にメンバー募集はしてるんだけどよ」

 俺はジョッキを片手に、ゲラゲラと笑う。

「まじかよ! 金をどぶに捨ててるのかよ!!」

 俺とオットウは馬鹿話を続ける。こちらの世界に来てから、久しぶりに楽しい酒を飲むことが出来た。お互いに酔いながら、酒場を後にする。

「飲み足らないので、もう一軒どうだ?」

「お付き合いしましょう」

 俺は二つ返事で答えた。

 二時間後――

「おいこら! この値段はぼりすぎだ!」

 会計でオットウと店の店員が言い争っている。どうやら俺たちは、ぼったくりにあっているらしいと、二人の会話から推測出来た。俺はわざとオットウに酔った振りをしてぶつかる。

「相棒、大丈夫か……つまらん店に捕まっちまったみたいだ」

 オットウが俺を介抱する振りをして、耳元で囁く。

「で、どうするんだ、このままごね続けて料金を減らすか」

 俺はいかにも困ったと言った表情でオットウを見る。

「このままでは、後ろの部屋から腕っ節のある馬鹿がくるから、俺の合図で右の店員はお前に任せたぜ」

 言うが早いが、俺を抱き起こす振りをして、オットウは、左の店員を殴り飛ばした。もちろん俺も、右にいる店員の脇腹に拳をねじ込む。完全に意表を突かれた攻撃を受け、店員は尻餅をついた。その彼の股間に追撃を加え、言葉にならない呻き声を背に、俺たちは店から飛び出した。

 『『うげーーーっ』』二人して繁華街を無事に抜け出し、道の横で肥料を蒔くことになった……。

「二件目も、お勧めの店ではなかったのかよ!」

 俺が呆れた声を出した。

「おっぱいが、お勧めだっただろう」

 オットウが悪びれる風もなく答える。

「ちんけな客引きに捕まったのか……とんだベテラン冒険者様だな」

 やれやれといった調子で、肩をすくめてみせた。

「ちげえねえ!」

 そう言って、俺たち二人は顔を見合わせ大声で笑い合い、その場で別れた。

 後日、仕事帰りに一人で歓楽街に出かけると、ぼったくりの店を横切った。すると店の雰囲気がかなり違っている様な気がした。そこで俺は近くにいた客引きに尋ねる。

「ここにあった店の印象がかなり違うんだが、何か知っているか?」

「ははは、お客さんも捕まった口ですか。先日この店は、ぼったくりをしているということで、処分されてしまいましたね」

「それは上々だな」

 そう言って、にこやかに笑う。

「おれっちの紹介する店は、低額料金で美人揃いですぜ」

 もみ手をしながら、ぼったくり店・・・・・・を勧める

「悪いが友人が店で待っているので、今度、寄らせて貰うさ」

 俺は客引きを軽くあしらって歩き出す。

 ぼったくり店が潰れた原因を作ったのが、オットウだと何故だか確信し、決めかねていた飲み屋を、一つに絞ることが出来た。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...