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外伝 妖精たちのプリン談義

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 人間も魔族も誰も訪れることがない、スカラビア大高原に赤や黄色い花々が、一面に咲き誇っていた。その風景は天国のお花畑というのが、ぴったりな場所であった。そこに沢山の小さな妖精たちが、飛び回っては花の蜜を吸っている。

「今年の蜜も美味しいです」

 緑色の髪の毛をした小さな妖精が、蜂のように花の蜜を吸っては、次の花に乗り換えて、この花畑食堂を満喫している。そんな中、同じ様な髪型をした妖精が、大きな花をベッドにして空を眺めていた。

「チックちゃん、もうお腹が一杯になったのですか?」

 心配そうにタックがチックの顔を覗いた。

「ううん……あれと比べちゃうと、この食事が物足りないの……」

 そう言いながら、地面には大量の花が食い散らかされている……。

「人間に貰った食べ物で、何と言ったかしら?」

「プリンなの」

「そうそう、プリンね! チックちゃんが、至高の食べ物に出会ったと言ってたわね」

「冷たくて、ふわふわで甘ーーい、どろりとした蜜の塊なの」

「そして不思議な苦みがある果物だったかしら。でも大王蜂が集めた蜜には、到底敵わないと思うんだけど」

「タックはおこちゃまなの。あの味を知っちゃうと戻れないというか……」

「ひいぃい! チックちゃんが禁断の食べ物に手を出したのです~」

 タックは顔を真っ青になって、奇声を上げる。

「二人きりで何を話しているのかしら」

 妖精の一人が、おっとりとした声で二人に話しかける。
「クックちゃんも、聞きたい?」

「うんうん、聞かせて下さいな」

 チックの横に咲いていた花の上に、彼女はちょこんと座る。

「プリンはとろりと揺れるので、最初見たときは白い泥だと思ったの。でも触るとぷよぷよとしていて、泥とは全く違った感触なの。それに甘い蜜の匂いが漂ってくるので口を付けた途端、まったりとした味わいが口の中に広がり、噛むとほろりと溶けるように実が崩れるの。するとね……口一杯に甘い美味しさが広がって、濃厚な旨味がお腹を満たしてくれるの。プリンはね! そんじょそこらの果実では太刀打ち出来ないほど、美味で至高の食べ物なの!!」

「嘘みたいな話だね」

「嘘じゃないもん。それにプリンを入れた器をひっくり返すと、柔らかな実がつるりと飛び出し、皿の上でぷるぷると震えるなんて信じられないでしょう! でも事実なの。プリンの頭から茶色の苦い蜜がこぼれ落ち、それが混じり合うと、プリンの美味しさが何倍にも膨れあがるの。チックは大人だから、この苦さの奥に光る味が理解出来たの。たぶんタックたちはおこちゃまだから、分かんないかも」

 チックはドヤ顔でプリンの美味しさを、とうとうと語った。するといつのまにかチックの周りには口から涎を垂らした妖精たちが、彼女を取り囲むようにして話に聞き入っていた。

「チックちゃんだけずるい!!!」

「独り占めは許すまじ!」

「そんな食べ物なんて、実在しないよ」

「プリンが実際にあるのか確かめるのが先」

「大王蜂の蜜より美味しい物は、存在しないよね」

「プリンの正体を暴いてやる」

「甘いは正義」

「ボクはチックを信じるよ、その美味しい果実は、絶対にある」

「嘘ばなし乙!」

「信じるも信じないも貴方たち次第だもん」

 妖精たちのざわめきに、大草原が大きく揺れる……。

 テレサが部屋の中で、埋め尽くされた妖精たちを見て、口から泡を吹き出し失神するのはもう少し先の話――



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