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第二百十三話 変えられない結末【後編】

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 ギルド前での突然の凶行に、周囲はざわめき始める。ただ被害者より、実行した加害者に注目が集まっていた。

「すぐに医者が来るからな」

 気休め程度にしかならない言葉しか、レイラに掛けられない自分が恨めしい。

「そうか……じゃあ暫くの間、おっちゃんと話をする時間が出来たな」

 レイラはそう言って、力なく笑った。

「……」

 血だらけの彼女に俺は声を詰まらせる。

「おっちゃんに長生きしろといっておいてこのざまだ……」

「おまえは本当に馬鹿なやつだよ……」

 彼女の頬に手をやった。

「せっかく今夜はオレの番・・・・だったのについていないよな……。三人におっちゃんを取られることの方が、死ぬより怖いんだ」

「安心してくれ、今夜は朝まで寝かせないから」

「ふふふ、本当かよ……じゃあもっときつく抱いてくれ、なんだか身体が冷えるんだ」

「これでいいか!」

 震える手で、彼女の身体をギュッと抱きしめた。

「はあ……、まだ話し……足りな……い」

「何言っているんだ、まだ話す時間なら幾らでもあるじゃないか」

「そうだよ……な……いくらでも……」

 レイラの顔からすっと血の気が引いていく。

「レイラ!! 目を開けろ!!」

 俺は朦朧もうろうとした状態のレイラを軽く揺らした。

「はは……起こされちまったよ。でも、おっちゃんが見えないんだ……」

 レイラの目は見開いてはいるが、俺と焦点が合っていなかった。

「これでよく見えるだろ!!」

 レイラの前まで顔を近づけ、唇を塞いだ。レイラの閉じた目から涙が頬を伝って落ちていく。

 俺は彼女をゆっくり抱え上げ歩き出す。

「我が家に帰ろうな……もう何も喋らなくていいよ」

 そう彼女の耳元で囁いた――

 いつも歩いているこの道がこれほど遠いと初めて感じた……。レイラのぬくもりを受け、「はー」と大きな溜息を漏らした。

「なあ……おっちゃん……」

「しっ! 喋るなといったろう、もう少しだけ黙っていろ・・・・・

 俺はレイラを担いだまま、よろよろと歩き続け、ギルドから見えない場所で彼女を静かに下ろした。

            *      *     *

「レイラさん、大丈夫ですか!! ギルド前は大騒ぎですよ」

 マリーサがギルドから我が家に飛んで帰って来た。

「おかえりマリーサ、お仕事お疲れ!」

 俺は労をねぎらう。

「あれ!? レイラは元気そうだし、何故、おっちゃんが廊下で正座しているの?? 」

「俺にも分からん」

「はあ!? 死にかけていたレイラを助けた、その理由をとっと話してくれ」

 テレサがジト目で俺を睨みつける。

「奇跡の力だよ~。レイラは愛の力で蘇った」

 俺の言葉に、テレサは眉をしかめた。

「馬鹿なことを言わないでくれ! あれだけ血を流しておいて、これだけ血色の良いけが人なんて、この世にいるわけないだろう」

「確かにそうだ」

 レイラが他人事のように話す。

 「おっちゃんが、エリクサーを使ったのかも」

 ルリの指摘に、俺は「うっ」と言葉を詰まらせる。

「エリクサーは、私に使ったので、もう彼の手元には無いはずだ」

 彼女はそう言いながら、何かに気が付いた。

「ま、まさか……私に飲ませてくれたエリクサーが、全てでなかったとしたら……」

 そう言ってテレサが俺の目の奥底を覗き込む。俺の目が不自然だと分かるぐらい揺れ動くのが、自分でも分かる。

「そういえば、おっちゃんに口を塞がれたとき、何か暖かい物が流れてきた気がする。身体は熱くなったが、痛みは消えたかも」

「そ、それってエリクサーの効果です!」

「でも、こんな秘薬を二回も使えたのは不思議」

 ルリはそう言って首をかしげる。

「ま、まさか……エリクサーを二つに分けていたとしたら、可能かもしれませんね」

 マリーサの推理が冴える。

「でも、おっちゃんの性格ならテレサを助けた後、残ったエリクサーをすぐに売っ払っているはずだぜ」

 レイラが珍しく的を射た発言をする。

 自分が招いてしまった茶番じみたやりとりを終わらせようと、答えを切り出すことにした。

「お前たちは馬鹿だなぁ。もし残ったエリクサーを大金で売ったとして、もし効果がなければ俺の人生は終わりだよ。だからいざという時の為に一瓶を持ち歩いていた」

 この疑問に対して俺は事も無げに答える。

「あの、人生で一回だけ魔法が使えるというのは嘘に……」

 テレサの身体が怒りでブルブルと震えていた。

「おっちゃんが今更かっこつけても、屑という評価・・・・・・は変わらないし。最初から言えばテレサも浮かばれたよな」

 腹を抱えて笑い声を上げ、レイラが俺をディスる。

「一瓶目で効き目がなかったら、二瓶目を速攻で使ったわ。よく考えてみてくれ、身体の欠損まで綺麗に治すエルフの秘薬だ。人間ごとぎが作る毒ぐらいなら、エリクサーの量を減らしても効果があると推測し秘薬を分けた――この俺の英断が二人の命を救ったんだぞ。悪いと思うことは、ルリには使えなくなった、ただそれだけだ」

 俺はルリの頭をよしよしとなでる。彼女たちの視線が痛い……。

「まだ、エリクサーを隠し持っているはずだ!」

「その可能性は大きいな」

「ありえますわね」

「うんうん」

 四人は目を細めて、ゴミ溜めでも見るように見つめた。

「もうどこにも秘薬なんてないから」

 彼女たちにも分かるように、上着をめくる。

 全員がそんな言葉なんて全く信じず、俺を置いて家捜しするため駆け出した。

「あいてててー、何時間正座させるんだか……。足が痺れて死にかけたぞ」

 そう言って立ち上がろうとしたが、足が全くいうことをきかなかった。しかも足の痺れがどんどん強くなり、痛さで床をのた打ち回る。なんとか痺れを押さえて、家捜しされているその隙に、俺は裸足で家の外に飛び出した。するとそれに気が付いた親鳥よめたちの声が後ろから聞こえてきた――

 おっちゃんの試練ひげきはこれからも続く。

  おしまい



※ ここまでお付き合いしてくれてありがとうございました。「はたおじ」はここでフィナーレを迎えました。短い時間でしたが、貴方と楽しい時を共有出来て楽しかったです。ここまで付き合った皆様は☆を全て落としていると思いますが、まだしていない人は最後の評価をお願いします。次回は後書きですので、この物語の余韻が無くなった後、開いて下さい。

外伝を少し書き足していきます。
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