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第二百十話 大人の時間

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 俺の手元に三個の指輪が納められた。もともと青白磁で綺麗な色をしていたが、磨かれた指輪に変身すると、柔らかい青みがかった緑が自ら光を放つように見えた。宝飾品に全く興味のない俺でさえ、その指輪の美しさに飲み込まれそうになる。

「素晴らしい出来映えだ」

 キルカに満足を伝えた。

「私もこの石を磨いて驚きました……是非ともこの宝石の原石を買い取らせて頂きたい」

「偶然川で拾ったなので、一点物なんだ」

「そうなんですか! 拾った場所は流石に教えてはくれませんよね」

「魔の森を流れている、ダイナ川だな」

 あっさりと話したので、聞いた本人はかなり驚いていた。

「自分が聞いてなんですが、こんな情報を簡単に喋っても良いんですか」

 彼女は善人を見るような目で話す。

 「ざくざく出るなら、知られているだろうしな。偶然俺が拾った石だと思うが、探したいなら依頼料を弾んでくれれば、見付けた場所までは案内するぞ」

 そう言って俺は笑った。

「店長と相談します」

 キルカはテーブルに両手をついて、前のめりになった姿勢で顔を近づける。

「ギルドで指名依頼でも出してくれ」

 俺は指輪を懐にしまい、店から出た。その帰り道、道具屋で頼んでおいた品を受け取り、我が家に戻る。

 家に入る前に井戸から水を汲んできて、花壇に蒔くことにした。家の横にある花壇は、バグワリ教授たちが植物と土を全部持ち帰ったので、地べたになっていた。そのまま放置していれば、雑草だらけになるはずだが、庭の草刈りのついでに、花壇の雑草も引き抜いて貰っていた。

 先日、そんな花壇を何気なく見ると、硬い土から鉛筆ぐらいの太さのタケノコのような新芽が幾つか出ているのに気が付いた。宝飾店でそのことをふと思い出し、そこで栄養を与えてやろうと、花壇で水と一緒に卵の殻をまいていた。

「おっちゃちゃん、何してんだ」

 後ろからレイラが声を掛けてきた。

「お疲れ、暇だから花壇に水をまいている」

「ふーん」

 と、レイラは全く興味なさそうに花壇を一別し、家に入って行く。

 「今日は外で夕飯を食べるんだが、一緒に出かけないか」

 外から声を掛ける。

「えーー、久しぶりにおっちゃんの手料理が食べられると楽しみにしていたんだぞ」

「明日作ってやるから、今日は我慢しろ」

「おっちゃん、奢ってくれるの」

「もちろん、俺が誘ったから任せてくれ」

 そう言って、自分の胸をドンと叩いた。

「すぐに着替えてくる」

 彼女のバタバタした足音が外まで聞こえて来た。

                         *       *      *

「ここは料理屋が経営しているので、高級料理が食べられる宿屋じゃねえか! ずいぶん前には、よく利用したもんだ」

 レイラは店の外観を眺めながら、懐かしそうな顔をした。

「結構旨いと聞いていたから、この宿屋に一度来てみたかったのよ」

「へーーー、食事の後エロいことするつもりですか」

 彼女はニシシと笑った。

 店に入ると給仕が席まで案内してくれる。メニューは単品ではなくコース料理だったので、俺が注文しようとしたら、レイラが『シェフのお薦めどっさりコース』をオーダーしていた。

「嫌な予感しか、しないんですけど」

 小さな声で不安を口にする。

「結構な量があるからお勧めだ」

 レイラはそんな俺に胸を張って答える。

「おまえ基準にされても困るんだが……」

「食えない分は、オレが片付けてやるから心配するな」

 俺とレイラはジョッキに注がれていた酒を掲げて、とりあえず乾杯をした。

「クー、身体に染み渡る!」

 レイラがおっさんみたいなセリフを吐く。

「さすが高い店だけある、冷やした酒が出るとテンション爆上がりだな」

「だな」

 二人で相づちを打ちつつ、一気に酒を煽った。給仕が美味しそうな料理を次々と運んでくる。食べ終わったのを見計らって、次の料理が出るというシステムでは無さそうであった。出される料理も及第点以上だったので、お酒も進んだ。レイラの愚痴を聞きながらいつの間にか、空になった器が片付けられ、焼き菓子がテーブルに並ぶ。

「なんだ、まだ飲み足りないぞ」

 レイラが、酒とつまみを注文しそうになったので、俺はそれを止めた。

「俺の故郷で、ある慣習があるのよね」

 俺は唐突に話し出す。

「ふは~、それで……」

 彼女は酒臭い息を吐いて、俺の話に興味を持った。俺は服のポケットから、小さな小箱を取り出し、レイラの前にコトリと置いた。

「開けてみてくれ」

 彼女は箱を手に取って、小箱の蓋を開いた。小箱を開けると、箱の中央に指輪が収まり、淡い光を放つ。

「綺麗な指輪じゃないか!」

 男勝りなレイラだが、宝飾品に全く興味のない女性でもない。

「それで話の続きなんだが、故郷ではこの指輪を渡す意味が込められているんだ」

「プレゼントじゃねーのかよ?」

「ああ、ただのプレゼントでは無いのよ……俺と結婚して欲しい」

 レイラはそれを聞いて一瞬固まった。

「それを受け取って、左手の薬指にはめると肯定だ……。大昔、薬指の血管が愛情のある心臓と直接つながっていると信じられていた時代から続く、由緒正しき礼法だ」

「ルリとテレサにも渡すんだな」

「ああ……お前が最初だ」

 レイラはふーんと指輪をつまんで少し考えた後、左手の薬指にはめた。

「おっちゃん似合うか」

 満面の笑顔をこちらに向け、薬指に付けた指輪を俺の顔に近づける。

「はひぃ~」

 俺は真っ赤な顔を下に向け頷いた。後にも先にも締まらないプロポーズになった。俺はもう冷たくなったお茶を一気にすすり、給仕を呼んだ。

「部屋で酒を飲むから、準備してくれ」

「直ぐに部屋の用意をしますので、暫くの間お待ち下さい」

 恥ずかしながら、給仕が次に来るまで心臓の鼓動が鳴り止まなかった。それを見透かすようにレイラが、俺を見つめてニヤニヤと笑い顔を浮かべているのにむかついた。

                      *      *      *

 一つのベッドの上で俺たちは、酒混じりの甘いキスを交わす。レイラに残っている残り香を舌で味わうように、ねっとりと絡ませる。彼女もそれに応じるかのように、俺の舌を唇ごと包んできた。静かな部屋で淫靡な響きをぺちゃぺちゃと奏でながら、お互いの愛を確かめ合う。レイラの口元から、涎がたらりと落ちていく。

 俺は首筋に下を這わせて、「愛している」という魔法の言葉を囁く。彼女は小さな声で「ばか」と恥ずかしそうに応える。褐色の肌に見とれつつ。彼女の大きな胸先に舌を這わした。彼女は年相応の可愛い声で、小さく喘ぐ。俺はそんな彼女をもてあそぶように乳房おっぱいを揉みしだく。彼女は気持ち良さそうに声を上げた。いつもならここで、ベッドの中でいちゃこらして終わる。

 俺の手は彼女の恥部にゆっくりと滑らす。レイラは抵抗するかのように、その手をぎゅぎゅっとつかんだ。俺はそんな彼女に「身体は嫌がっていないじゃないか」と濡れた指を彼女の頬に宛がった。彼女の身体が真っ赤に紅葉したのが分かる。そうして優しく身体を合わせて彼女と一つになった。

 ――もう許して下さい……俺が四回目の途中でレイラに泣きを入れた。彼女はフフフと笑い耳元で少しでも長生きしてねと囁いた。俺は子羊のようにメイと鳴いた。腕枕などする気にもなれず、ベッドで息を整えるのに精一杯だった。そんな横で彼女はいつの間にか静かな吐息、もとい豪快ないびきを立て爆睡していた。

 翌朝、レイラの足蹴りで起こされる。ベッドから飛び起きると彼女はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。しょうがない女だなと、褐色のおっぱいを眺めて怒りを静める。

 彼女を見ながら、この異世界で女を抱いた事に後悔は無かった。日本に帰れないと言いつ、どこかで帰還出来るそんな微かな望みが捨てきれず女を拒んだ。もし子供が出来でもしたら、この地で骨を埋めなくてはいけない。その思いが西の山に行くまで、心の重みとなって自分を苦しめていた。その重石はレイラと一つになることで完全に消え去った。

 そんな俺の視線を感じたのか、レイラが目を覚ます。俺はおはようと小さく挨拶をすると、彼女は恥ずかしそうに自分の胸を隠した。そうなら、どれだけ良かったであろうか――

 まだ時間はたっぷりあるし、潤んだ目でそう告げたレイラに俺は口を塞がれる。そして彼女に押し倒されたまま、第四戦の続きを強いられた。俺はこの異世界で長生き出来ない……そう覚悟した瞬間であった。
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