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第二百九話 その光の先に、未練を届けて

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 二股に分かれた大木の隙間から漏れ出た光を、じっと見つめて立ち尽くす。この中を通れば日本に帰れることを確信した。それと同時に、ここに足を踏み入れたらもう二度と、異世界に戻れないことを覚悟した。

 転移先での生活を想像してみた――

 仕事休みには、日がな一日漫画やラノベを読みふける。もちろんパソコンの画面は開いたままである。コンビニのスイーツを食べれるぐらいの生活は送っている。たまにサイゼリアや牛角でささやかな贅沢もする。忘れていた……一番大好きなうまい棒を袋買いしていつでも食べられるように、机の横に積んでいる。俺はこの日常を当たり前のように受け入れ、淡々と過ごす。

 そんな日銭を稼ぐ仕事でも出来そうな生活を、異世界ですることは不可能だ。職場で藪を漕いで道無き道を進み、泥だらけで薬草を狩ることもない。毎日冒険者として働いている労働時間と比べれば、どんな仕事もホワイトに思えるだろう。しかも安価で美味しい物が簡単に手に入る。異世界の生活では決して、口に出来ない食べ物の数々。

 山崎のケーキに菓子パン、マクドナルド、ケンタッキー、吉野屋、かつや、すき家、モスバーガー、シャトレーゼ、カール、プリングルス、カラムーチョ、コンソメポテト、ピザポテト、わさビーフ、じゃがりこ、グミ、ホワイトロリータ、ルマンド、ガトーレーズン、板チョコ、ポッキー、源氏パイ、パピコ、スーパーカップ、ハーゲンダッツ、ジャージー牛乳ソフト、爽 、アイスの実、あいすまんじゅう、あずきバー、ガリガリ君、ピノ、パルム、コーラ、オランジーナ、ぐんぐんグルト、ペプシ、ファンタ、スコール、カロリーメイト、ペヤング、好きやねん、カップヌードル、サッポロ一番、赤いきつね、緑のたぬき、ごつ盛り 、チキンラーメン一口目ひとくちめだけ、ミルキー、カルピス、チョコパイ、雪の宿、おにぎりせんべい、ハッピーターン、そしてレイラ――

 レイラ!? 最後に彼女ひなどりの顔が浮かんできた……。俺は同じ並びに彼女の名前が出てきたことに苦笑し、頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 大木の前に二王立ちし、俺は大きく息を吸った。そして懐から金貨を一枚取り出し、緑の光に向けそれを指で弾いた。

「少ないかもしれないが、革ジャンのお代だ」

 金貨は弧を描いて緑の光の中に消えていく。やがて大木の隙間から漏れ出た光は、金貨を飲み込むと徐々に光が薄くなり、役目を終えたかのように静かに消えた。辺りはもう何もなかったかのように、真っ暗な森に戻る。俺は振り返ることもなく、拠点に戻り一夜を明かした。

 思ったより気温が下がり、朝早くに目覚めた。テントから出ると地面が夜露に濡れている。昨夜、会社の後輩や妹が夢に出てきた。ただ、なにを話したのか、目覚めと共にその内容が消えてしまった。たぶんたいした内容ではないだろううが、思い出そうと何度も試みた。けれども後輩が笑っているが、どうして笑っていたのか理由は分からず仕舞いで終わる。

 拠点を畳み山道をゆっくりと下る。すると目の前に山犬の群れが俺の前に立ち塞がり「グルル」と唸り声を上げた。俺は薙刀を握りしめ、山犬を睨みつけた。この数で一斉に襲いかかってこられれば、大怪我もあり得る。

「ヌオオオオオオオオ!!」

 と、腹から力を入れ大声を上げる。リーダーとおぼしき山犬が、踵を返して立ち去っていく。仲間の山犬たちも、すごすごと尻尾を落として、リーダーの後を追っていく。それを見た俺は笑いながら、薙刀を頭の上でぐるぐると回してイキってみた。

「さあ気を取り直して、我が家に帰ろう――」

 そう小さく呟き、俺はタリアの町へ向って足を速めることにした。

           *      *      *

 我が家に戻ると汗で汚れた仕事着をその場に脱ぎ捨て、水風呂で身体の汚れを洗い落とす。部屋に戻って、町に出かけるための服に袖を通した。そしてレイラの部屋の扉を勝手に開ける。相変わらず女性の部屋とは思えぬほど、散らかっており、いつものように片付けをしそうになる。

 わけあって彼女の部屋から、ある物を探しに部屋に入った。机を開けると、無造作に詰め込まれた彼女の持ち物の一つを選び、ポケットに忍ばせた。同じようにルリとテレサの部屋からも、無断で借り受けることにした。

 ギルドに隣接する大通りにある、宝飾店を目指す。そういう店に殆ど縁がなかったので、通りを見回しながら店を探した。いつもは当たり前のように使っている道なのに、宝飾店がすぐに見つからず、結局、通りを歩いている御夫人に、店の場所を尋ねる始末だった。

「いらっしゃいませ」

 着飾った若い女性店員が軽く頭を下げて、俺を迎え受ける。

「この店で宝石の加工は、お願い出来るのか?」

「はい、デザインから材料の手配まで、うちで受けさせて頂けます。もし宜しければ、職人を呼びましょうか」

「ああ、そうしてくれ」

 店の奥から白髪交じりで眼鏡をかけた、品の良さそうな女性が出てきた。

「初めまして、私この店で宝飾品の加工を担当しているキルカと申します。お客様のご用件をお伺いさせて頂きます」

 俺はポケットから雛鳥たちの指輪を取り出した。

「このサイズの指輪を作って欲しい。その指輪の材料なんだが、この石を加工して出来るか尋ねたい」

 彼女はその石を俺から受け取って、石を鑑定し始める。

「この材質の宝石は初めてみました。青白磁がとても美しいですね。ただ少々石が薄いので、加工すると指輪の厚みはかなり薄くなりますが、それでも良いでしょうか?」

 キルカは俺に、丁寧な口調で聞いてきた。

「壊れなければ問題ない。シンプルな指輪が出来れば十分だ」

 余裕ぶって答えを返す。

「見た感じ大丈夫だと思うのですが、もしかしたら強度の足らない可能性もあるので、そのときはどうしましょうか?」

「簡単に割れそうな材質であったら、作るのを止めてくれ。この石を磨いて、指に収まる指輪なら文句は言わない」

うけたまわりました。出来るだけ良い感じに仕上げさせて貰います。この石を削り、磨くだけなので、明後日までには仕上げられるので取りに来て下さい」

「思ったより仕事が早くて助かる。あと、この削った石の欠片と粉は取っておいて欲しい」

 俺はほっと息を吐いてから、思い付いたことを口にする。

「はい、そのようにさせて頂きます」

 彼女は不思議そうな顔をしながら頷く。

 俺は雛鳥たちの指輪と材料を預けて、前金を支払い店から出て行った。
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