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第二百六話 魔王の時間【後編】

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 魔王討伐から一週間が過ぎ、ローランツ王国の王宮内は静寂に包まれていた。玉座の前で一人の少年兵が片膝をたて、カティア王に戦況の報告をしている。王はその報告を聞きながら、左手の親指の爪をかじっている。

「我が軍が大打撃を受け、魔王討伐に失敗しました」

 最後にそう言って、彼の報告が終わる。

「私は夢でも見ているのか」
                                     
 カティア王が重い口を開く。

「残念ながら夢ではありません、現実です……」

「私は耳が悪いわけではない! 報告は聞こえておる」

 いきなり玉座から立ち上がり、少年兵に怒鳴り声を浴びせた。

「それで、魔王からカティア様にお土産を手渡されました」

 その言葉を受け、王宮内で声を出せる者は誰もいなくなる。少年兵は床に置いてある白いはこを玉座の前まで持って行き、王の足下に静かに置いた。

 宮中内の視線が全てカティア王に集まる。王はこの匣の中身を、衛兵にあらためさすことをためらった。何故ならそれをしてしまうと、自分が小さい人間だと臣下たちに思われたく無かったからである。

 中身はおおよそ見当がついていた。今までこの手に掛けたゴミは数え切れないほどあった。生首の一つや二つ、匣から出てきたところで今更さわぐ自分ではない。カティア王はゆっくりと匣のふたを開ける。

 『キュウウウウウウウウウウウッ!!!!』という音と共に、中から何かが飛び出した。

「ふぎゃあああっ」

 カティア王はそれに驚き、王座からずり落ちた。そうして顔に当たって下に転がった人形の蛇を見た王は、真っ赤な顔をしながら人形をわしづかみする。

「ふはははははは」

 大きな笑い声が思わぬ所から宮中に響き渡る。その笑い声の先に、戦場から帰還した少年兵がいた。

「き、貴様!? 私を王だと知ってこの悪戯をしかけたのか」

 さらに一段、顔を赤く染めた王は、我なり声を上げた。

「この馬鹿な戦を仕掛けてきた、将軍の頭を匣に詰めても二番煎じなので遊んでみたが楽しんでくれて何よりだ」

 そう言って、少年兵はカティア王に笑顔を向けた。

「お、お前は誰なんだ!!」

 苛立った顔で少年兵に質問をぶつけて来る。

「あれ? まだわれのことが分からないのか」

 今まで静かな宮中が、少しざわつく。カティア王は腰に手を掛け、刀を抜いて少年兵に斬りかかる。しかしその剣が届く前に、王の首がコロリと床に落ちた。頭を失ったカティア王の身体がビクビクと痙攣けいれんする。

 宮中で女性たちは甲高い悲鳴を上げ、死体の前にガーベラ王女が駆け寄る。

「お、お兄様!」

 それが彼女の最後の言葉であった。ガーベラ王女の首が、床下で不自然に転がりカティア王の横にちょこんと並んだ。流石にこれを見た衛兵たちは、少年兵に刀を向け捕縛しようと駆け出す。しかし衛兵たちは突如胸を掻きむしり絶命する。この時点で、王宮内で少年兵に立ち向かう者が居なくなった。

「人間よ、われは魔王だ。まさかたった百年前のことを忘れて、我が城に遊びに来るとは思わなかったぞ。お前たちは小鬼より脳味噌が小さいのか」

 そう言いながら、一人の男の肩を組み、彼の耳元に口を寄せた。

「今回は二十匣にじゅっぱこだ。王家の序列順に首を届ければ、今回も不問にしてやる。さもなければ貴国は、誰一人生き残らないことだけは約束しよう。そうだ一番大切なことを言うのを忘れていた。パトリシア王女は、われに逆らわなかったので手出ししたらいけないよ。この意味が頭の良い貴方なら十分理解出来たよね」

 肩を揺らして、文官に妖しく笑いかけた。

「今日ここに来た理由は、人間の頭を落とすために来たのではないのであった……。鉄砲を製造している場所と、これを発明した奴に会いに来たのにすっかり寄り道をしてしまった。貴方たちも早く動かないと、面倒臭い事になるから頑張って匣詰めしてくれ。ああ、もしわれと戦いたかったら別だが。もう派兵された人間は戻ってこないから、その事も伝えておいて欲しい」

 彼は刻々頷くだけで口ごもり、そのまま黙ってしまった。

 魔王は彼からそっと離れ、その場に魔法陣を描いて、光に吸われるように消えていく。

「王族たち全員を捕縛しなければ、この国に朝が訪れる事はない」

 我に返った文官は、直ぐさま家臣たちに大号令をかけ、彼らは動き出した。

 粛清の嵐が始まり、この日王宮内は真っ赤な色で染まっていく……。

           *      *      *

「君がヤマムラで間違いないだろうか」

「なんだ五月蠅いな! 僕は研究で忙しいから、飯はここに置いててくれ」

「われはメイドではないぞ……魔王じゃ」

 ヤマムラはぎょっとした顔で後ろを振り返る。

 そこにはサラリとしたパールの髪を掻き分け、青い目を細めた魔王がヤマムラを見つめた。

「なんで魔王がここにいるのか? この国の軍隊が魔王討伐に出ていたはずですが」

「魔王討伐に失敗したからではないのか」

 魔王がヤマムラへと詰め寄ってくる。

 その意味を理解したヤマムラはヒッと小さく悲鳴を上げる。

「日本人ならこの後どうなるか分かるよな」

 真っ青になって震えあがったヤマムラを見て、魔王はほくそ笑む。

「魔王には分からない・・・・・だろうが、これはお前を一発で殺せる武器だ」

 ヤマムラは懐から銃を取り出し、引き金を引いた。『パーン』と乾いた音が鳴る。

「リボルバーまで作るとは、中々お利口な坊やだ」

たまは当たったはずなのに、何故死なない! しかもリボルバーなんて言葉を知っているんだ!!」

 彼はハッとして魔王を見据えた。

「すぐには死ねないから覚悟しておいてくれ……われが聞きたいことをすべて答えた暁には、安らかな死を与えてあげるので頑張って答えるがよい」

 その瞬間、彼の顔から表情が消える……。

「ヒイイイッ、ち、近づくな」

 ヤマムラが唾を飛ばしながら叫んだ。彼は魔王に向けて引き金を引くが、その弾丸は魔王に効かなかった。弾を打ち尽くしたにも拘わらず、ガチャガチャと何度も引き金を引き続けた……。

「玩具で遊ぶのは、もう止めにしないか」

「僕に手を掛けると、この世の大いなる損失だ!! 鉄砲はまだ手始めに過ぎない。まだ僕には沢山のチート武器の作り方が山ほど残っているので、これを生かさない手はないだろう!」

「われにそんな物は必要ないし、あえて答えるなら、貴方とは気が合いそうもないから、お断りせせて貰う」

 冷たい口調で彼を突き放す。

「ふ、巫山戯るな! こんな良い男から手を差し出してるんだぞ!」

「じゃあ、その手は必要ないな」

 彼の両腕から、必要とされていない手が落とされた。その無くなった腕を見たヤマムラは床下にへたり込み、あまりの出来事に意識を失った。

 ――彼が次に目覚めたとき、一つの小さな村が静かに消え去ることが決定した。
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