上 下
193 / 229

第百九十四話 王女と駄目なやつら

しおりを挟む
 むちゅーーっ! 俺の口はクラリスによって塞がれている……どうしてこうなった――

 さかのぼること数時間前、クラリスが俺たちの居る貴賓室を訪れた所から始まっていた。クラリスを貴賓室でからかっていると、アリッサさんが竜王の言付けを伝えに来る。

「今夜の夕食会なのですが、竜王様に緊急の用件が入ってしまい、一緒に食事が出来なくなったと、伝言を預かって参りました」

「俺たちは特に問題ないが、せっかく王国まで来たんだから、街に出て飲みに行くことが出来るか聞いて欲しい」

「おっちゃん様は、そう言うと思っておりました。竜王様から好きなだけ使って良いと、これを預かっております」

 アリッサさんは手に持っていた小袋を俺に手渡した。その小さな袋は手にズシリとした金属の重さが伝わり、開いてみると沢山の金貨が詰まっていた。

「またアリッサさんの行き付けの酒場にでも行くか」

 そう言って、手に持った袋を天に掲げた。

「はい! お供させて頂きます」

 アリッサさんは元気よく返事を返す。

「私はこれで、お暇させて貰う」

 クラリスは、くるりと後ろを向き部屋から出ようとした。そんな空気の読めない彼女の肩をつかんで、呼び止める。

「せっかくだから、一緒に夕飯を食べにいくぞ」

「それは命令ですか」

 振り返った彼女の表情が、普段と明らかに違う。

「ああ、命令だ」

 俺は冗談ぽく彼女に答えた。

 それがそもそも間違いの元であった……。

 時間を戻す――

 ――酒場で完全に出来上がったクラリスが俺に寄りかかり、胸を押しつけキスを浴びせている。

「あは……もう一回するのれす」

 竜の力に身動きがとれない俺はまた、クラリスに口を奪われた。

「あわわ……クラリスさん、もうそれぐらいに……」

 パトリシアがその行為を諫めようと、彼女のそばに行くと、クラリスに捕まり口を塞がれる。

「うぐぐぐぐ……」

 クラリスの手をほどこうと、彼女は蜘蛛の巣に捕まった虫のように手足をばたつかせる。顔中にキスの嵐を受けた後、漸く解放される。

「なっ、なっ……」

 ぷるぷると肩を震わせ、彼女は泣き崩れる。

「あはははは、クラリスさんはキス魔だったんですね。給仕さん、この十二年物の酒をボトルでお願い」

 空になった瓶を女給に差し出し、高級な酒を注文した。

 そんな撃沈したパトリシアに目もくれず、クラリスは俺にまたがり、すっと抱きついてきた。

「わらしも、お代わりいいれすか」

 目をとろんとさせながら酒臭い息を吐きかけ、キスを迫る……否、口を奪われる。クラリスのキスは、犬が飼い主に迫るような行為であり、ただただうざいの一点張り。前回は自分も完全に酔っていたので、彼女のスキンシップに付き合っていたが(覚えては居ない)、今回は他国の酒場、しかも王女やメイドがいる前なので、酒に飲まれてはいない状態だった。

「おい。よせやい」

 と、手に力を入れ引き離そうとするが、それ以上の力で抱きつかれどうすることも出来ない。仕方がないので、こちらから彼女にお返しのキスで対抗するほか無かった。彼女の赤い髪をかき上げ、顔を近づける。そうして露わにな首筋にむしゃぶりつき、赤い痕をわざと残してやる。クラリスはくすぐったそうにきゃっきゃとはしゃぐ。女給の白い目が二人に突き刺さるが、高級酒をしこたま注文する上客なので、この痴態を見て見ぬ振りで通す。

「ふへへへ、じゃあわらしもお返しです」

 子供のように俺の頬に何度も口をつけて悦には入る。だんだんと相手をするのも面倒臭くなり、彼女に抱きつかれるまま酒を煽る。

「えへへへ……そのお酒もおいひいれす~」

 俺が手に持っていた酒のグラスを取り上げ、一気に飲み干す。

「クラリスさん飲み過ぎです」

 そう言って、彼女からグラスを取ろうとパトリシアが近づくと、クラリスの餌食になる。

「うぐうううううう~」

 再び手足をばたつかせ、彼女は悪魔から逃れようとする。

「ビール一杯お願いね!」

 俺は二人の女性に重なるように、空のジョッキを給仕に差し出した。

「お客さん……それはちょっと……」

 たぶん給仕は、相当怖い顔をしているのだろうが、見えないのでそのまま酔った振りで通すことに決めた。ただ、酒を何杯も飲み続けているので、これが酔った振りなのか、そうでないのか、その境界線はかなり微妙にはなってきている。

「そもそも、おっちゃんがいけないんです」

 ジョッキをテーブルにどんと置いて、涙目のパトリシアが、怒気を含んだ声で言った。

「ふはー、そんなに怒ると美味しい酒が台無しだ」

 酒臭い息を、王女の顔に吐きかけた。

「くさっ!? 酒の臭いだけでは無いですよね!!」

 この何気ない彼女の一言は、俺の心臓に大きく刺さる……。

「あっはははは! おっちゃんの息が臭いってよ」

 タガが外れたように、アリッサさんが手を叩いて笑う。

「あーん、かわいしょうに、私がおっひゃんを慰めてあげましゅ」

 クラリスが優しく俺の口に、甘いキスをした。

  美味しい酒と女に囲まれ、お酒に溺れる楽しい宴であった。酔いつぶれて最後は立つことも出来なくなった俺とクラリスを、アリッサさんに担がれて塔まで帰ったのは断片的だが記憶に残っていた。

 翌朝、体中にキスマークを付けたクラリスの悲鳴と怒号で起こされる羽目になるのだが――
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...