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第百八十六話 王女と講談【前編】

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 貴賓室に戻ると、俺は真っ黒な燕尾服のような服に着替えさせられる。パトリシア王女も、自前のドレスに着替えてきた。俺たちはメイドに即されるままに、大広間に通される。すると、周りにいたラミアたちから、次々と声を掛けられた。どうやら以前、俺がどこかで講談したときに出会った人たちであった。俺は彼らの顔など覚えてはいなかったので、へらへらと愛想笑いで誤魔化し続けた。

「師匠! 今夜を楽しみにしていました」

 そう言って、数人の若いラミアが俺の前に集まってくる。俺が彼らを訝しげに見たことに気が付いて

「私たちは、師匠の講談に目覚めて、それを生業に各地を回っている者です」

 と、教えてくれた。

「弟子など作っていないし、俺はただの冒険者なんだが……」

 小さな声で、ぼやいてみせた。

「あのような素晴らしい話しの数々を、このまま終わらすのは勿体ないと、王女様が僕たちを講談者に育ててくれたのです。それでは本日、勉強させて頂きます」

 自称弟子は目をキラキラとさせて事情を説明すると、ぺこりと頭を下げて人混みに紛れていく。

 俺はただその言葉に頷いて、彼らの後ろ姿を見送った。

 俺の周りに大きな人だかりが出来、従者たちが俺を囲むように移動する。メイドに案内され、料理が並べられている席に漸く辿り着いた。メイドの話では、この料理を食べ終わった後に、俺が話をする段取りになっていると教えてくれた。

「おっちゃん……貴方はこの国で何をしたの!?」

 パトリシア王女は、化け物でも見たような顔を俺に向ける。

「最初は酒の肴の、作り話をしただけなんだが」

 頭を掻きながら、そう彼女に説明するしか出来なかった。

 いつの間にやら隣の席に居座って、料理を食べていたターニャが尋ねてくる。

「おっちゃん、今夜のお題はなんじゃ?」

「ジャンルで言えば怪談だな」

 そう言うと、彼女の顔色がに変わった。

「まさか、あのびっくり話をするのかえ!?」

「やれと言われれば、してやるが、流石にここでする話ではないと思うぞ」

「そんなの、あたりまえじゃ!」

 小さな電撃を頭に浴びた。

「ターニャ! はしたないことは止めなさい」

 ナーナ女王が、娘をたしなめる。

「お母様、少々はしゃぎすぎましたわ」

「その気持ち分かりますけどね」

 女王は、ホホホと小さく笑う。俺は二人ともこの席ではないだろうと、突っ込みを入れて良いものか迷ってしまった。三人の王族のうだ話を何気なく聞きながら、食事を済ますと、メイドがそろそろお願いしますと言って、俺を呼びにきた。

 俺は席から立ち上がり、沢山の招待客が座っているテーブルの前を抜け歩いていく。すると俺を見たラミアたちが、待ってましたとばかりに拍手で俺を出迎えた。俺が見えるように作られた壇上に上がり、観客を見回しわざと咳を二回した。

「まず皆様方の前で講談をするにあたって、注意したいことが一つだけある。今回する内容は恐怖の物語――御婦人も大勢おおぜいいるので、怖い話しが苦手な方は、席を外して欲しい。ここで漏らされても困るからな」

 大広間にいる観客がどっと笑う。

 静かなトーンで俺は話を始める――

 とある国に笛吹きの名人がおりました。笛吹きの名人は若くて、女性とすれ違えば、誰もが振り向くほどの美男子でした。そんな男ですが、綺麗な恋人と二人で慎ましく暮らしておりました。献身的な態度で世話を焼く彼女のお陰で、全てが順調に進んでいるかのように思えました。笛の腕前もめきめきと上達し、男の名声は全国に広がっていくのでありました。

 笛吹きの名人の名声にひかれて、沢山の人々が男の周りに集まってくる。その中で、国一番ともうたわれる商人に、我が家で笛を吹いて欲しいと頼まれた。男は頼まれるままに、商人の家に行って得意の笛を奏でた。美しい笛の音が商人の御屋敷に広がっていき、男の周りには家中の者が集まり、その音色に酔いしれていく。

 家中の中で、商人の娘が男に心底惚れこんでしまう。商人は娘のために、事あるごとに男を家に招いては、娘に会わせた。最初は嫌がっていた男だったが、豪華な生活に魅せられて、商人の娘にぐらりと傾きつつあった。ある夜、酒のせいだと言い訳をしながら、男はお酌をしてくれていた商人の娘を抱いてしまう。

 商人はそれを知って、直ぐに娘との婚儀を挙げるように迫った。男も商人の娘をめとるには何の問題も無かったが、一つだけ大きな心残りがあった。もちろん、男の恋人のことである。男はまだ若かったせいか、彼女と無下に別れることが出来なかった。そこで男は商人にその事を正直に話した。

 すると商人は嫌らしい顔を浮かべながら、男に一袋の薬を与えた。その薬を飲ませれば病気になり、やがては死にいたる恐ろしい効能があった。男は震えながらもそれを受け取り、家に持ち帰る。そうしてこっそり彼女の食事に混ぜ、彼女は日に日に痩せ衰えていくことになる。彼女の毛は頭からごっそりと抜け落ち、目の下に大きなクマが現れた。あれだけ綺麗だった女は、今では骸骨に毛が生えたような無残な姿になっていた。

 そんな彼女を甲斐甲斐しく介護する振りを男はした。しかし介護される女は、自分が無残な姿になるのを見られることが辛かった……。ある雨の強い晩、女は床から抜け出し、家の井戸に飛び込んで自殺した。 

 男はこれ幸いと商人の娘とこっそりと付き合い出す。すぐに結婚をしたかったが、男は献身的に恋人を介護していたと思われていたので、世間の目もあり、暫くの間は婚儀を上げないこととなった。

 新しい家での二人の新生活は快適で、この幸せが永遠に続くと男は思った。そんなある暑い夜、あまりにも寝苦しかったので、井戸の水を浴びに庭先に出た。男は煌々こうこうと照る月の下、井戸に近づいた。井戸の水を頭から被ると、ふと昔の彼女のことを思い出し、身震いした。 

 身体の熱もすっかり取れ、寝床に戻ろうとしたとき誰かに足を捕まれた。男は何事かと下を向く、すると髪の毛で顔が隠された、白い寝間着姿女性が男の足をつかんでいた。男はその手を振り払おうとしたが、女は手を離さない……。そうして女の髪が乱れ、月夜の光に照らされたその顔は――

 頬が痩け、目の下にクマがある勝手知ったる女であった。女はあなたが私に毒を盛ったのねと、男の身体にゆっくりとしがみついてきた。男はあまりの恐ろしいさに耐えきれず「ぎゃーっ」と叫んだ。するとどうしたことか、男は自分の布団の上であった。ああ夢かと男はほっと胸を撫で下ろすのであった。


※ 長編になったので分割。
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