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第百八十三話 王女の旅立ち

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 金ぴかの馬車の荷台から、次々と酒瓶が降ろされる。その酒瓶が割れないようにソリに乗せ、旅に持っていくための荷造りをしていた。ソリに乗せた酒は、王家の秘蔵の品だけあって、見るだけで飲みたくなってくる。数本の酒瓶をこっそりと抜き取ろうとしたら、テレサに見つかってしまい、しこたま怒られる。『信じられんな……』テレサのぽつりと漏らした言葉が胸に突き刺さった。

「おっちゃん様、こんなに酒を用意させて、どうしようと考えているのですか?」

 荷造りをしている俺のそばに、パトリシア王女が興味深げに近づいてきた。

「これからは呼び捨てにしてくれ、この酒はお世話になる魔人たちへのお土産だな。王女様が手ぶらで訪問などしたら、流石に恥ずかしいだろう」

「それなら酒などではなく、もっと相応しい贈り物を用意しましたのに……。それと、私も王女様ではなく、二人だけで話すときはパトリシアと呼んで下さい」

「はっきり言わせて貰うが、これから会う魔人たちは、この国よりも数十年以上進んだ文明を築いている。パトリシアが持っていく贈り物が何かは分からないが、たぶん渡そうものなら恥を掻いただろうよ」

「そんなことは、ありません!」

 彼女はむっとした表情を浮かべていた。

「それは済まなかった。このソリの荷台に乗せられる贈り物が他にあるなら、今からでも乗せ替えても良いぞ」

 彼女は、小さなソリをじっと見つめて

「えーっと……積んだ荷をわざわ下ろしてまで、積み替えなくても良いでしょう」

 と、歯切れの悪い口調でこう言った。

  荷造りを終わらせた俺たちは、彼女の馬車に乗って森の少し手前まで運んで貰う。

「ここからは、二人だけで出立するから付いて来るなよ」

 俺は王女の従者たちにそう告げた。

「ふざけないで下さい! 私たち白薔薇騎士団は、王女様を警護するためぎりぎりまで付いて行きます」

 隊長は俺を睨みながらそう口にした。

「悪いけどこちらとしても、お前らに見せられない魔人との連絡方法があるので、ここでお別れだ」

「それは許されません!!」

 露骨に嫌な顔をして、声を張り上げる。

「カリーナ隊長、案内人の言うことは絶対です。心配してくれるのは嬉しいですが、相手側を怒らせて交渉を駄目にしたら誰が責任を負うか考えてみなさい」

 猟犬を躾けるように、彼女は隊長を叱りつけた。

「出過ぎた真似を致しまして、申し訳ありませんでした」

 彼女は深々と頭を下げて、パトリシア王女に謝罪する。

「ここで一時間ほど待機しておいてくれ。もし俺たちが、それまでに戻ってこなければ最初の交渉は成功だ。そのまま王女と二人で魔王に会いに行く。じゃあ、テレサ行ってくるわ」

 俺はソリを引っ張りながら、森の入り口を目指した。今日の空は青く、どこまでも広がっていた。この空が暗示するように、交渉が上手くいく事を願う。

 ――――森の入り口にそびえ立つ大木の前で、俺たちは歩みを止めた。

「すまないが、いまから友人と連絡を取るからここで待っていてくれ」

「ええ、待たせて貰うわ」

 パトリシア王女は不思議そうな顔をして頷いた。俺は大木の裏に回り、声を出す。

「おーい! ターニャ迎えに来てくれ」

 大木に声を掛け、その幹ををじっと見つめるが、何の変化も現れない。

「ターニャさん、遊びましょ!」

 少し声を張り上げ、彼女の返事を待つ………………………………。

「おーいターニャさんや、おっちゃんが遊びに来たから迎えにおいで」

 今度は猫なで声を出してみたが、大木からは何の返答もなかった。

「お前の大好物の、人間の干肝を持ってきたぞ~!」

 俺の声だけが森の中に空しく響き渡る――もしかしたら不在かだったかと、がっくりと肩を落とし、今日の出立の延期を王女に伝えようと思った。

「不細工ターニャ」

 諦めムードで小さく呟いた。

「ブベベベベーッ」

 俺はかなり強めの電撃を頭から浴びた――

 大木の幹に大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから抜け出すように、ターニャが現れた。
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