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第百八十二話 王女の依頼

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 日本に住んでいたときは、一度たりともモテたことなどなかった。そんな自分が異世界に来てから、女難の相だと言ってはばからないほど、女性絡みのトラブルに沢山巻き込まれてきた。

 我が家の前には、金ぴかに施された見慣れない馬車が横付けされていた。その馬車を守るかのように、腰に剣を携えた二人の女騎士が立っている。

 現在、我が家の食卓には、ローランツ王国の第二王女パトリシアが、椅子に鎮座していた――

「初めまして、私パトリシアと申します。本日は突然の訪問にも関わらず、お時間をさいてくださって嬉しく思います」

 彼女はうやうやしくお辞儀をした。

「冒険者をやっている静岡音茶だ、おっちゃんで名が通っている」

 俺も頭を軽く下げ、お互いに挨拶を交わした。

「王女様が、こんな所にまで足を運んで来るとは驚きだよ。すまないが理由を教えてくれないか」

「実はおっちゃん様に、お願いしたい依頼があります」

「断る! 俺みたいな底辺冒険者に依頼などしないで欲しい。ギルドに行けば俺より腕の立つ冒険者が腐るほどいるので、そこで仕事を頼んでくれ」

 俺は彼女の話を食い気味に、依頼内容を聞くことも無く断りを入れた。

 「ギルドで私の依頼に応えられる冒険者はいないでしょう。だからこそ、おっちゃん様の家まで、テレサを案内させたのですから」

 俺はテレサをじろりと睨み、息を吐いた。

「悪いがもう一回はっきりと言わせて貰う、お断りだ!」

 その言葉に、パトリシア王女が慌てる。だが、彼女は引き下がろうとはしなかった。

「この依頼は、にしか出来ない内容なのです」

「失礼を承知で言わせて貰うが、どうせ王家の依頼など碌でもない頼みだろう……。話を聞く前に帰って貰うのが、お互いにとって一番良い形だ」

「おっちゃん、一生のお願いだ。パトリシア王女の話を聞いてはくれないだろうか」

 テレサは床に這いつくばり、頭を擦りつけ懇願した。うちの雛鳥にそこまでされたら、パトリシア王女を家から追い出すことなど諦めるほかない。

 「話を聞くだけだぞ」

 そう言いつつ、聞けば断ることなど出来やしないと腹をくくった。

 「私に魔王を紹介して欲しいのです」

 一瞬、耳を疑った……。

「すまない……もう一度言ってくれないか」

「私に魔王を紹介して欲しい、そう言いました」

 予想の斜め上を行っている依頼内容に、俺の表情が大きく歪んだ。

「はあ!? 一介の冒険者にすぎない俺が、魔王とのつてなんてあるはずがないだろう。王族に無ければ、不可能な話だぜ」

「おっちゃんの冒険譚を、テレサから聞いていましたので、私はそうは思いません。ラミア、ドワーフ、エルフ、ドラゴン、リザードマンといった魔人たちとの繫がりがあると知っております」

 俺は顔が引きつるのを抑えながら、テレサをもう一回睨みつけると、彼女はわざとらしく、目線を下に反らしやがった。

「確かに彼らとの繫がりはあるが、流石に魔王はないぞ」

「すいませんがそこからなんとか、魔王に会えるように話を持って行ってくれませんか」

「むちゃな頼みだと言うことは分かった。流石に王女様が魔王に会う理由を聞かなければ、どうしようもないな」

 そう言って、彼女の言葉を待つことにした――

「ここだけの話ということでお願いしますね……。一月後に、我が国の第一王子のカティアが王になります。彼は戴冠したのち戦争を仕掛ける事が、閣議で決まっております。

「はあ!? どの国に喧嘩を吹っ掛けるというんだ」

 声を張り上げ、俺は椅子から乱暴に立ち上がった。

「魔王討伐です……」

 俺はそれを聞いて、口をあんぐりと開けた。

「理由を聞く気にはなれないが、それを止めることは出来ないのか?」

「無理です……彼は戴冠する前から戦争の準備を進めており、戦争の根回しはすでに終えています」

 彼女は頭をゆるく振りながら、力なく答える。

「魔王討伐の名目は、北の森の資源を得て、安全に北の森で開発をする事だと言ってはおります。だけど彼の本音は、百年前のリベンジです」

「はぁ? そんな無茶が通るはずがねえだろう!」

 俺はパトリシア王女の言葉に眉をひそめ怒りを表す。

「それがまかり通ってしまったのです。なぜなら我が国では、魔族に抵抗出来る武器を開発したからです。その武器の威力と、北の森の膨大な資源を餌に、兄は国の重鎮たちを次々と籠絡していったのです」

「笑えん話だな……それと王女様が魔王に会うこととどう繋がるのだ?」

 最大の疑問を、俺は彼女にぶつけることにした。

「私は『九つの匣』の一つに収まりたくはないのです!!」

 パトリシア王女が苦しげに漏らす。

「だからといって、今更魔王に会ったところで、どうしようもないと思うがな」

「これを見て下さい」

 テレサは床にあった長細い木箱をテーブルに上げ、箱から中身を取り出した

「先ほど話した鉄砲という我が国の新兵器です」

 俺はそれを見せられ、息を呑んだ。

 「て、鉄砲!? これを戦で使うというのか」

「この武器を知っているのですか」

 彼女がなにかいぶかしげな目で俺を見ている事に気が付き、慌てて喉を詰まらせそうになる。

「い、いいや……俺は物作りには長けているから、見ただけで武器の仕組みが、大体わかる」

 パトリシア王女の前で堂々と大嘘を言った。

「これは戦の形態を大きく変える武器だと聞いております。それを魔王に差し出せば、取引がスムーズに進むと思っています」

 自分のことしか考えていない王女に、やれどう答えたものかと、暫しの間考え込む。

「王女様はこの情報を売ることで、魔王と交渉を進めるというんだな」

「はい……どのような良い武器を使おうと、カティア兄さんが、王になる資質はありません。兄が上に立てば、我が国は破滅の道を一直線に辿ります」

「王家のいさかいに口を出す気はないが、魔王が負ける可能性は考えてはいないのか」

「……」

 彼女は苦悶の表情を浮かべながら、押し黙ってしまう。俺はこれ以上踏み込んでも、誰の得にもならないので、その話の続きをするのは止めにした。

「正直、魔王の所に行き着く確率は半分あると思っている。ただ、この依頼が失敗しようが依頼料は全額担保することが条件だ。なぜなら魔王に行き着くまでの経費は、正否に関わらず同じだからだ。それでも良ければ引き受けてやる」

「それで問題ありません、依頼料は前金で全額でお支払いしますわ」

 パトリシア王女が安堵したように口にする。俺は彼女の耳元で依頼金額を言うと、彼女の顔が一瞬変わった。

「相談してからお返事します」

 そう言って、椅子から立ち上がり、右手を差し出してきた。

「その手は依頼料を貰ったときに、握らさせてもらう」

 俺はそう口にしてから、二人を玄関先まで送っていく。

 テレサが扉を閉める前に

「おっちゃん、すまない……」

 と、小さく謝った。

「そんな悲しい顔をしないでくれ、これは俺が自ら選んだ仕事だ」

 彼女に優しい笑顔を向け、彼女のおでこに軽くデコピンをくれてやった。テレサは真っ赤な顔をしながら俺を突き飛ばし、思いっきり扉を締め出て行った。

 厄災を乗せて帰って行く馬車を見送った後、俺は深い溜息をこぼした。

 ――――二日後、俺たちは魔王に会うため、パトリシア王女と旅に出ることが決まった。


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