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第百七十二話 亡国の姫君【其の十五】

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 時間は少しだけさかのぼる――

 木々の隙間から、小鳥たちが楽しそうに朝のさえずりを始めた。明るくなる前にドワーフ王国を抜け出した五人組のドワーフが、魔の森の中で待ちぼうけを食らっていた。

「待ち合わせ場所は、ここなんだな!?」

 一人の若いドワーフが声を荒げる。

「間違いない……連絡は確実にとれているので、もう少しだけ我慢してくれ」

 それから小一時間、彼らの苛立ちが最高潮に達した頃、前方の茂みがガサリと揺れた。彼らは持っていたボーガンを揺れた茂みに向け、矢を放とうと身構えた。

「ま、待ってくれ! 」

 茂みの奥から現れたのは、四人のリザードマンだった。

「遅かったではないか!」

 がなり声が森の中を木霊した。

「ドワーフ王国を回避しつつ、此処まで来るのに思ったより時間が掛かってしまった」

 フードを深く被ったリザードマン達が、申し訳なさそうに頭を下げた。

「そんなことは、俺たちに全く関係ないことだ!」

 ここまで来たのを労うこともなく、突っぱねる。

「き、貴様ッ!?」

 リザードマンの一人が剣を抜こうとした……。

「おいおい、同じ目的の俺たちが、こんな所で争っている場合か」

 リーダーと思しきドワーフが、彼らの間に割って入り仲裁をする。

「遅れた時間を取り戻したいので、このまま出立しようと思うが、大丈夫か……」

「体力的には全く問題がない。ただし俺たちはここから、人間国の行き方が分からないので、道案内を頼む」

「それは任してくれ」

 彼らは静かに、森の奥へと歩き出した。先頭のリザードマンが藪を切り開き、思ったより早く、遅れた時間を取り戻せそうだった。ドワーフ五人とリザードマン四人のパーティーが森を抜けて、人間国に行くための戦力は十分に合った。ただ、彼らは森を甘く見すぎていた、いや慣れていなかった。最初の拠点を目指して六時間ほど藪漕ぎをしているとき、後ろから突然、大鬼の群れに襲われる。

 出会い頭ならまだ体制をすぐに立て直すことも可能だっただろう。しかし後ろから攻撃されれば、屈強なリザードマンといえども一溜まりも無かった。最後尾にいたリザードマン三人が、一刀のもとに大きな深手を負ってしまう……。そこから乱戦が始まった。

 ドワーフが携帯していたボウガンと、先頭のリザードマンの卓越した身体能力で辛くも、大鬼の群れを撃退することが出来た。ただ、深手を負ったリザードマンの未来は暗かった……。

「まさか、こんな所で大鬼の群れに出くわすとは」

「どうするんだ、リーダーこのまま進むのか? まだこの距離なら簡単に引き返すことが出来るぜ」

「この場所を抜けたら、もうそれほどの魔獣や、鬼たちに出会うことは少ない。このまま慎重に目的地まで向かう」

 そう言って、森の中を、六人の男たちは死地に向かって突き進むことになる。もちろん彼らはそれを知るよしも無かった――

 四日後――

「ここが人間国の出口だ」

 重たい荷物を肩から下ろした。

「ふはー疲れたぜ……魔獣車さえ使えれば、こんなしんどい旅はしなくて良かったのに」

「流石に、軍の持ち物を勝手に使うわけにはいかないさ」

になっているんだぞ! それを忘れるな」

 二人のドワーフが、若いドワーフを諭した。そんな彼らは拠点をテキパキと用意して、朝食を作り始める。

「ここで一休みしてから、人間国に入るのですか?」

「いや……情報ではターゲットは、拠点からそれほど遠くない場所にいる。他の人間と関わることは出来るだけ避けたいので、飯を食ったらお前たち二人を残してターゲットを捕まえに行く」

「俺たちは留守番と言うことですか……」

「流石にこの荷物を担いで、人間国に紛れ込む事はできんよ。それにターゲットの護衛はおっさん一人だ、戦力はトカゲ一匹で十分お釣りが返ってくる」

 リーダーはリザードマンが居ないのを確認して、大声で笑った。

「ここにいて、魔獣や人間に襲われやしませんか?」

 不安げな表情をしながら質問をする。

「リザードマンならまだしも、危害を加えないドワーフに対して、人間が襲ってくることは無い。それにほらみろ! 小さな人間が遠くから、こちらを見ているぞ……。子供がここでいると言うことは、特に危険は少ないだろうよ」

 そう言って、藪の向こうからこちらを覗いていた、人間の子供を指差した。

 少し遅い朝食を取りながら、今日実行する作戦の打ち合わせをする。ターゲットの居場所さえ見付けることが出来れば、簡単な仕事で片づく。もちろん、地図はすでに手に入れているので、彼らにとってことさら難しい作戦ではなかった。此処まで来る方が、命がけの旅であった。

「では、行ってくる、留守は任せた」

 三人のドワーフとリザードマンは、拠点を後に人間国に向かった。

「早く仕事をかたして帰りてぇよ」

 食事の後片付けをとっくに終えたドワーフの二人が、暇をもてあまし無駄話を続けている。

「同感だな……ふは~~、飯を食べたら眠たくなってきたぞ」

「流石に寝ている姿を、リーダーに見つかりでもしたら、ここから帰ることが出来なくなってしまうよ」

 そう言って、静かに笑った。

「そうだよな……フカフカのベッドで早く寝たいもんだ」

「同感、同感」

 その言葉を最後に、 彼らはもう二度と目覚めることのない、深い眠りにつくことが出来た――
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