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第百六十九話 亡国の姫君【其の十二】

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「ふぁあー今回も、かったるい仕事だったぜ」

 レイラが居間で、背伸びをしながら寛いでいる。

「そうなんですか……私も酒場で働いているだけなのに、殿方に迫られて辟易します」

 スカーレットが少し不満げな表情をして愚痴をこぼした。

「おっちゃん、ストーカーには、気をつけろよ」

「ああ、五月蠅い蠅はしっしと追い払っているから付きやしないさ」

「そうだといいんだけどよ……」

 彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。

「なんだ……レイラにも、蝿が付きまとっているように聞こえたが?」

「ハアー、まあそんなもんかな」

 レイラは大きな溜息をつく。彼女に何かしようものなら、返り討ちに遭うので、ストーカーの方も命がけの行為だと俺は笑い飛ばした。

「また、一週間ほど森で探査の仕事をしてくる」

 彼女はそう言って、力なく笑って家を後にする。

「そういやスカーレットは、外出の用意をしていないのだな」

「ええ、今日は皆さんが、お仕事があるので集まらないことになりました」

 彼女はしょんぼりと肩を落として、自分の部屋に戻っていった。今日一日、警護の心配が無くなったので居間でゴロリと横になる。そういえば彼女が我が家に来てから、もう一月近く経ったとに気が付いた。この一ヶ月を振り返っているうちに、睡魔に襲われた。

 スカーレットが暴漢に襲われている夢を見ていた――

 彼女を守るために薙刀を振っても、相手は一向に倒れない。それどころか次々に暴漢が増えてくる。次第に刀が裁き切れなくなって、自分が刺されそうになった瞬間に目が覚めた。びっしょりと汗を掻きながら目を開けると、スカーレットが俺の身体を揺らしていた。

「やっと起きてくれましたか……」

「おお……もうお昼か」

 寝起きですっきりしないまま、彼女の顔を見上げた。

「違います……おっちゃんにお客が来ています」

 俺はフラフラしながら玄関に歩いていく。

 扉の前には、薄汚れた少年が立っていた……近づくとその子が、近所のガキだと分かった。

「おっちゃん! フードを被った数人の男たちを見たんだ!」

「なに! そいつらはもうこの近くに来ているのか!?」

「ううん……おとうの手伝いで山に入ったとき、入り口近くのところにテントみたいなのがおっ立てられていて、そこにフードを被った怪しげな人たちがいたんだ」

「それはいつの時間帯だ!?」

「見かけてすぐに知らせに来たから、時間はわからね―や」

「でかした小僧。これは報酬だ、それとは別に、お前たちの仲間に三日間は絶対に、この家に近づくなと連絡してくれ。全員に知らせるんだぞ」

 俺は銀貨一枚と、お駄賃の黄銅貨、数枚を握らせた。

「おっちゃんありがとう! みんなに知らせてくる」

 そう言って、走り去っていった。

「スカーレット!! 今からすぐに出かけるから、外出の準備をしてきてくれ!」

 俺は装備を整え、スカーレットを連れて家から飛び出した。

「何をそんなに慌てているのかしら?」

「落ち着いて聞けよ……お前目当ての暴漢らいきゃくの可能性がある」

 走りながら現状を報告する。

「えっ!?」

「もちろんお迎えという線も無くはないが、迎えにしては早すぎるとは思わないか?」

「そうですね……私にも最低二ヵ月は、人間国に止まる覚悟をして欲しいと言われておりました」

「それを聞いて覚悟は決まった。取りあえずギルドに向かってこのまま走るぞ」
 
 俺たちは息を切らしながら。ギルドまで全速力で駆けていく。

 ギルドの門をくぐり一息ついたので、酒場で休息を取ることにした。俺は彼女をテーブルに座らせたまま、もう一度ギルドの中に入っていった。

「おお! 我が友よ、キョロキョロ見回っても、ここにはいい女なんていないぜ」

 オットウがへらへら笑いながら、背後から声を掛けてきた。俺は彼を見つめながら、暫し考えこんだ――  戦力にはちと弱いが、人脈には期待が出来る……そんな彼を値踏みする……。

「おいおい、俺に男色趣味はないぞ」

 彼はおどけて見せる。

「仕方がない……すまないが酒場まで付き合ってくれ」

 俺は彼の右手首を鷲づかみにして、スカーレットが座っているテーブルまで引っ張っていく。

「イテテテテ、そんなに慌てやがってからに、逃げやしないぞ!」

「ここからはまじめな話しなんだが、俺たちはたぶん狙われている。オットウには俺が囮になっている隙に、彼らをって欲しい」

 周囲の冒険者たちに聞こえないように、声を潜めて話し出す。

「おいおい……穏やかな話しじゃあないな」

 オットウはテーブルから身を乗り出し、顔を近づけてくる。

「俺たちを三日間の警護で、ともだち価格で金貨二十枚だ」

「それは安すぎやしないか!」

 厚かましい依頼だとは承知しているが、俺が依頼で出せるギリギリの金額を提示した。

「三日といってもたぶん、今日で解決するはずだ……。死体漁り込みなので、絶対とは言わないが実入りが大きい獲物だ」

 少しでもオットウが気を引くような、人参をぶら下げてみる。

「それだけ強い相手じゃねーのか?」

 オットウは目を細めるようにして俺を見つめた。

「相手はドワーフとリザードマンだ。すまないが人数と編成はわからんが、五人以下だと推測は出来る」

「この依頼受けるぜ。ともだち価格・・・・・・で金貨二十五枚だな」

 その言葉と表情に、一切のよどみはなかった。

「さすが我が友……揃える人選は任せた。一時間三十分後に店から出るので、しっかり守って欲しい」

 俺が右手を差し出す。

 「安心しろ、片腕一本で蹴散らしてやるさ」

 そう言って、オットウは満面の笑みで手を握り返した。俺たちは獲物を狩るための情報交換を済ませて、オットウが先に店を後にした。

 これから生死をかけた戦いが始まる――
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