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第百六十五話 亡国の姫君【其の八】
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スカーレットはレミから草むしりの報酬を受け取ると、用件はもう済んだとばかりに部屋に閉じ込こもろうとした。
「スカーレットちゃん、何処へ行くの?」
レミが彼女の背に向かって話しかけた。
「まだ私に用があるのですか?」
そう言いながら、こちらに身体を戻した。
「部屋に帰ってどうするの! これから一番楽しいことが出来るのに」
スカーレットが不思議そうな顔を向けると、レミは彼女の腕を強引に引っ張って、外に出かけようと誘った。
「な、何をするんですか!?」
小さな女の子に引っ張られた彼女は、その思いのほか強い力に負けそうになる。
「レミちゃんが遊びに、誘ってるんだよ」
俺は救いの手になればと思い、彼女に靴を差し出した。
「……つ。この姿で出かけることは出来ません! 着替えてきますので、少しの間待ってなさい」
彼女はあえて了承する言葉は吐かずに、部屋に戻っていった。
暫くすると新しい服に着替えたスカーレットが、玄関の扉を開いて出てきた。それを待ち構えていたかのように、レミは彼女の右手を握って走り出す。そんな二人を俺はゆっくりと追いかけて行くことにた。
「そんなに引っ張らないで下さる」
「ゴメンなの……だってスカーレットちゃんと、早く行きたかったの」
そう言って、レミは慌てて彼女の手を離した。
「で、何処に行こうというのですか?」
「それは着いてからの、お・た・の・し・み」
と、もったいぶった口調でそう言った。そんなやり取りを後ろで見ながら、彼女たちが何処に行くのか気にはなる。
小さな家が立ち並ぶ裏通りに入り、右の小道を選んだかと思うと、今度は左に入ったりもう自分が何処にいるのかさっぱり分からなくなっていた。最後にアーチ状のトンネルをくぐると、タリアの町の大通りに出ていた。どうやら最短ルートを選んでいたらしく、笑ってしまう。自分が小学校の頃、こういう近道を使っていたことに懐かしさを覚える。結局のところ商店の建ち並ぶ一角にある、お菓子屋が目的地のようだった。
「この店なの」
レミがペンキで白く塗った小さな建物を指差した。その店は、外にまで平台が突き出ており、その上に綺麗に並べられた小さなお菓子が、台一杯に並んでいた。それを子供たちが楽しそうに選んで、買い食いをしている。平たく言えば、昭和の駄菓子屋によく似ていた。
「レミちゃん、また来てくれたのね」
店先で、子供たちを相手に商売している店主が声を掛けた。
「お仕事で報酬を貰ったから、友達を連れてきたの」
「えらいねぇ、ゆっくりと遊んでいって頂戴」
「ありがとう、おばちゃん。どれも美味しそうで目移りしちゃう」
「あなたが連れてきたかったのは、お菓子の店だったのね」
「うん、私がタリアの町で一番好きなお店がここなの。スカーレットちゃんと一緒にこられて、嬉しいの」
屈託のない笑顔をレミは浮かべた。
台の上には、飴やドライフルーツ、寒天で固めたお菓子、穀物を焼いたようなお菓子、貝殻を容器にしたお菓子などが、小さな箱の中に種類ごとに詰められている。それを小さな計量カップですくい取り、紙で出来た袋に詰めてもらい精算する形になっていた。もちろん一ついくらというお菓子もあったが、パッケージに包まれた、日本の駄菓子のようなものは無かった。
レミは色々なお菓子を詰めてもらいながら、小さな籠に入れていく。
「スカーレットちゃんも早く選ぶの」
「沢山ありすぎて、目移りしてしまいますね……」
台の上のお菓子を凝視ししながら、どれを買おうか迷ってしまう。
「その気持ちすっごく分かるの。一押しは、これとこれとこれとこれとこれなの!」
「くすくす……それでは、一押しになっていませんわよ」
彼女は笑いながら、レミの一押しを選ぶことにした。そうして店主にお金を払うと、レミと二人で店の前でお菓子を食べ始めた。
「けっこう、甘さ控えめで美味しいですわね」
「そうね、この甘酸っぱい味が癖になるの」
後ろで彼女の警護をしながら、なんだか飲み助の台詞を言っているようで微笑ましく思う。
「これで、もう少し量があれば大満足なのに」
「そうよね、このお菓子を買い足すことにします」
「それ以上、買っては駄目! そんな使い方をすれば、すぐにお金がなくなっちゃうよ」
レミが王女を厳しく嗜める。
自分より遙かに小さな子供の言葉に、スカーレットは驚きを隠せない。
「そ、そうね……使いすぎは良くないわ」
そう言って、手にしたお菓子を慌てて、元の位置に戻した。
「そういうときに、このお菓子があるのよ」
レミは大きな焼き菓子を取り出して、パキンと二つに折ってからスカーレットに渡した。
「これを食べながら、家に帰りましょう」
「レミ、ありがとう」
帰りは近道を使わずに、大通りを抜けて我が家に向かって歩いている。
二人で楽しそうにお菓子を食べながら帰路につく彼女たちの後ろ姿が、映画のワンシーンのように俺の目には映った――
――――。店内の奥に並べてあった、値の張る焼き菓子を食べつつ、二人の微笑ましいやり取りを見ていたと、ここに追記する。
「スカーレットちゃん、何処へ行くの?」
レミが彼女の背に向かって話しかけた。
「まだ私に用があるのですか?」
そう言いながら、こちらに身体を戻した。
「部屋に帰ってどうするの! これから一番楽しいことが出来るのに」
スカーレットが不思議そうな顔を向けると、レミは彼女の腕を強引に引っ張って、外に出かけようと誘った。
「な、何をするんですか!?」
小さな女の子に引っ張られた彼女は、その思いのほか強い力に負けそうになる。
「レミちゃんが遊びに、誘ってるんだよ」
俺は救いの手になればと思い、彼女に靴を差し出した。
「……つ。この姿で出かけることは出来ません! 着替えてきますので、少しの間待ってなさい」
彼女はあえて了承する言葉は吐かずに、部屋に戻っていった。
暫くすると新しい服に着替えたスカーレットが、玄関の扉を開いて出てきた。それを待ち構えていたかのように、レミは彼女の右手を握って走り出す。そんな二人を俺はゆっくりと追いかけて行くことにた。
「そんなに引っ張らないで下さる」
「ゴメンなの……だってスカーレットちゃんと、早く行きたかったの」
そう言って、レミは慌てて彼女の手を離した。
「で、何処に行こうというのですか?」
「それは着いてからの、お・た・の・し・み」
と、もったいぶった口調でそう言った。そんなやり取りを後ろで見ながら、彼女たちが何処に行くのか気にはなる。
小さな家が立ち並ぶ裏通りに入り、右の小道を選んだかと思うと、今度は左に入ったりもう自分が何処にいるのかさっぱり分からなくなっていた。最後にアーチ状のトンネルをくぐると、タリアの町の大通りに出ていた。どうやら最短ルートを選んでいたらしく、笑ってしまう。自分が小学校の頃、こういう近道を使っていたことに懐かしさを覚える。結局のところ商店の建ち並ぶ一角にある、お菓子屋が目的地のようだった。
「この店なの」
レミがペンキで白く塗った小さな建物を指差した。その店は、外にまで平台が突き出ており、その上に綺麗に並べられた小さなお菓子が、台一杯に並んでいた。それを子供たちが楽しそうに選んで、買い食いをしている。平たく言えば、昭和の駄菓子屋によく似ていた。
「レミちゃん、また来てくれたのね」
店先で、子供たちを相手に商売している店主が声を掛けた。
「お仕事で報酬を貰ったから、友達を連れてきたの」
「えらいねぇ、ゆっくりと遊んでいって頂戴」
「ありがとう、おばちゃん。どれも美味しそうで目移りしちゃう」
「あなたが連れてきたかったのは、お菓子の店だったのね」
「うん、私がタリアの町で一番好きなお店がここなの。スカーレットちゃんと一緒にこられて、嬉しいの」
屈託のない笑顔をレミは浮かべた。
台の上には、飴やドライフルーツ、寒天で固めたお菓子、穀物を焼いたようなお菓子、貝殻を容器にしたお菓子などが、小さな箱の中に種類ごとに詰められている。それを小さな計量カップですくい取り、紙で出来た袋に詰めてもらい精算する形になっていた。もちろん一ついくらというお菓子もあったが、パッケージに包まれた、日本の駄菓子のようなものは無かった。
レミは色々なお菓子を詰めてもらいながら、小さな籠に入れていく。
「スカーレットちゃんも早く選ぶの」
「沢山ありすぎて、目移りしてしまいますね……」
台の上のお菓子を凝視ししながら、どれを買おうか迷ってしまう。
「その気持ちすっごく分かるの。一押しは、これとこれとこれとこれとこれなの!」
「くすくす……それでは、一押しになっていませんわよ」
彼女は笑いながら、レミの一押しを選ぶことにした。そうして店主にお金を払うと、レミと二人で店の前でお菓子を食べ始めた。
「けっこう、甘さ控えめで美味しいですわね」
「そうね、この甘酸っぱい味が癖になるの」
後ろで彼女の警護をしながら、なんだか飲み助の台詞を言っているようで微笑ましく思う。
「これで、もう少し量があれば大満足なのに」
「そうよね、このお菓子を買い足すことにします」
「それ以上、買っては駄目! そんな使い方をすれば、すぐにお金がなくなっちゃうよ」
レミが王女を厳しく嗜める。
自分より遙かに小さな子供の言葉に、スカーレットは驚きを隠せない。
「そ、そうね……使いすぎは良くないわ」
そう言って、手にしたお菓子を慌てて、元の位置に戻した。
「そういうときに、このお菓子があるのよ」
レミは大きな焼き菓子を取り出して、パキンと二つに折ってからスカーレットに渡した。
「これを食べながら、家に帰りましょう」
「レミ、ありがとう」
帰りは近道を使わずに、大通りを抜けて我が家に向かって歩いている。
二人で楽しそうにお菓子を食べながら帰路につく彼女たちの後ろ姿が、映画のワンシーンのように俺の目には映った――
――――。店内の奥に並べてあった、値の張る焼き菓子を食べつつ、二人の微笑ましいやり取りを見ていたと、ここに追記する。
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