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第百六十四話 亡国の姫君【其の七】

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 スカーレットが家に来てから一週間を過ぎたが、彼女は自ら外出することは殆ど無かった。雛鳥たちと会話でもしてくれれば、そんなに心配することも無いとは思うが、彼女はかたくなに俺たちと触れ合おうとはしなかった。唯一、食料の買い出しの時だけ、一人りで留守番をさせる訳にはいけないので、一緒に市場に出かけた。

 王女として扱われていた生活から一転、ドワーフ王国に逃げ込み、はては人間国に一人取り残されてしまう。そんな彼女の立場になって考えてみると、まだ二十歳にも満たないリザードマンの女性が、全く顔や生活の異なる人間と馴れ合うなど恐怖に近い感覚なのかもしない。そんなことを考えながら昼食の準備をしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「悪いが今手が離せないので、出てくれないか!」

 食卓に座っているスカーレットに声を掛けた。彼女は返事こそしなかったが、玄関まで行ってくれた。

「どのようなご用件でしょうか?」

「ふあっ!? 綺麗なお姉さん……あの……おっちゃんに会いに来たの」

 どこかで聞いたことのある声だった。俺はフライパンの火を止めて、小走りで玄関に向かうと扉の前には、おかっぱ頭のレミが立っていた、

「久しぶりだな」

「こんにちは……あの、草刈りのお仕事があるか、リーダーに頼まれたの」

「そんなに雑草が生えているか……」

 俺は外を覗くと、数人のガキたちが門扉の外で待機していた。庭を見回すと、かなりの雑草が伸びている。

「そうだな……頼むとするか。それじゃあ一時間後、ここに集まってくれ」

「分かった!」

 彼女は嬉しそうな顔をして、扉を閉めようとした。

「ちょっと待て! どうしてリーダーではなく、レミが来たんだ?」

「あの……私がおっちゃんに会いたくて、リーダーに代わって貰ったの」

 レミは耳の付け根まで真っ赤にして答えると、恥ずかしそうにガキたちの元へ走っていった。

「さっきは助かった。昼食の用意が出来たので食べようか」

「ええ」

 俺たちはいつものように、声を出さずに料理を食べ出した。しかし今日は少し違った。

「悪いが、飯を食べた後、汚れても良い服に着替えてくれ」

「どうしてなのかしら?」

「このまま家に閉じこもりっきりで、運動もしていないと、病気にもなりかねない。そこで、先ほど来た人間たちと一緒に簡単な仕事をこなしてくれ」

「私がなぜそのようなことを、すると思いなのかしら?」

「悪いが命令だ……お前さんを預かっている間、身体を壊されでもしたらたまらん。運動がてら、草むしりをお願いする」

「拒否したらどうなるって言うの」

 上目遣いで、してやったりという意地の悪い笑みを浮かべた。

「とりあえずプリンだけ・・抜いて、生活して貰おう」

「ぐぬぬ……」

 ルリの言葉ではないが、プリン様々である。

 スカーレットの顔は、まだ何もしていないというのに、もうすでに疲れた様子だった。俺はそんな姿を見て、プッと吹き出してしまう。彼女がジト目で睨みつけてきたので、慌てて目線をそらした……。

 食後のお茶菓子を食べ終わった頃、丁度玄関の呼び鈴がなった。玄関の扉を開くと、近所のガキをまとめているリーダーだった。

「おっちゃん、今日はよろしくな」

 言葉使いは悪いが、頭だけはきっちりと下げて挨拶する。

「いつも助かっている。悪いがうちで預かっている女の子がいるんだが、一緒に草むしりの仲間に入れてやってくれ。戦力にはなりそうもないが、怒らないで適当に草をぬかしておいてくれれば結構だ」

「ああ……わかったよ」

 そんな話しをしていると、スカーレットがズボンに着替えてやってきた。

姪の・・スカーレットだ、よろしく頼む」

 俺はリーダーの肩をポンと叩いて、彼女を外に連れ出した。

 転校生がやってきて初めての昼休みの如く、スカーレットはガキたちに囲まれて質問の嵐に巻き込まれている。彼女は嫌そうな顔をしながらも、どうやら上手く対応しているみたいだった。そんな中、リーダーがパンパンと両手で音を鳴らして仕事を促した。

 ガキたちはそれをきっかけに草むしりを始める。スカーレットも見よう見まねで、草をむしり始めた。

 俺は空を見上げると、外で仕事をするには絶好の曇り空だった。もし太陽が燦々さんさんと照りつけていれば、スカーレットが「肌が焼けてしまいますわ」と言って、仕事をほっぽり出したのではないだろうか…… 。

 曇り空の下、レミが草むしりをしながら、スカーレットに声を掛けている。何を話しているかは聞こえないが、彼女は嫌そうな顔もせず対応しているので、年の差は離れているが馬が合っているのだろう。その姿を見ると、無理矢理外に連れ出して良かったと思えた。

 草むしりは一時間ほどで終わり、リーダーが俺の元に報告しに来た。彼に草むしりの報酬を手渡し、少し話しをする。

「仕事と言う訳ではないが、俺の家の周りや、この道で怪しいフードを被った人物を見かけたら真っ先に俺に伝えに来てくれ。この家を尋ねてくる奴も然りだ。もし見付けても、そいつらに絶対近づくのは駄目だと言うことだけ、ガキたちに徹底しておいて欲しい。知らせてくれるだけで十分だ。知らせた奴には、報償として銀貨一枚やろう。ただし絶対いるわけではないので、無理に探しても無駄だぞ」

「はい……怪しい人物を見かけたら報告させて貰うよ」

 彼はきびすを返し。仲間の所に走っていった。

「あーあ、疲れましたわ」

 そう言って、彼女が草むしりから帰ってきた。

「助かったよ」

 彼女はちらりと俺を見て、何も言わずに部屋の中に入っていく。俺は彼女が上機嫌な様子で、笑っているように見えた。玄関の扉を閉め、居間に行こうとしたとき、扉を叩く音が聞こえた。何事かと扉をゆっくりと開くと、玄関先にレミが立っていた。

「あの……スカーレットさんの給金を持ってきたの……」

 レミは顔一杯に汗をかき、おずおずとそう言ってきた。

「ちょっと待っててくれ。スカーレット! 友人がお前に用事だと」

 彼女は何事だと、玄関先に走って戻ってくる。

「スカーレットちゃん……あの今日の分け前です」

 彼女はそれが何か分からず、ぽかんと口を開けている。

「これは何かしら!?」

 手に載せられた硬貨を見ながら、レミに質問をする。

「草むしりのお代だよ」

 そう言ってレミは、にぱっと笑った。
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