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第百五十九話 亡国の姫君【其の二】

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 ノエルと俺はお風呂で温もったほこほこの身体を、夜風で冷やしながら歓楽街を練り歩く。此処に来る者たちの多くは一夜の快楽に身をゆだね、生きる糧としながら日々の不満を解消する。

 ぶっちゃけると、飲んだリ、食ったり、抱いたりするわけだ――

「酒屋が閉まっていたのは、残念無念じゃ」

 ここでしか買えないお酒を土産にしたかったノエルは、がっくりと肩を落として歩いている。

「人間国は夜の商売以外は、日が沈めば商店も閉まるから仕方がない」

「じゃが、この街中には、一件ぐらい開いている酒屋が、ありそうなものよ」

 まだ未練たらたらで、辺りを見回す。

「飲み屋と女目当ての場所で、酒屋を開けても客など来ないと思うぞ」

「それもそうよな」

 そう言って、ノエルは小さな溜息をついた。

「ため息をつくと幸せが逃げるって、俺の故郷では言うんだぜ。ほら! 旨い酒と料理が逃げちまうぞ」

「ブハハハハ。上手いこと・・・・・言いおって」

 俺たちはうだうだと話しをしながら、一軒の飲み屋の扉を開いた。

「いらっしゃいませ」

 気立てのよい女将が、俺たちを出迎えてくれる。

「濁り酒を瓶で頼む」

 彼女に案内され席に着くと、真っ先にお酒を注文した。

「はい、料理は何にしましょうか?」

「女将の煮込み物はどれも絶品だから、適当に見繕って持ってきてくれ。後、出汁はたっぷりにな」

「はい、たっぷりですね」

 女将は憂いを帯びた顔で注文を受けた。

「結構、いい女だな」

「リズさんには、到底及ばないがな」

「ぶほっ……ち、違いない」

 そんな不自然な咳を吐いたノエルの姿を見て、俺は笑ってしまう。

「今回はおまえさんを、騒動に巻き込んでしまい申し訳ない」

「気にするなとは言わんよ。ただのっぴきならない事情なら仕方ないさ。とりあえず生臭い話しだけ、先にしておいてくれ」

「正直、キャゼルヌ女王は王女トカゲを持て余しているのよ。そうでなければこんな辺国に、王女一人を置いていくなんて普通しないじゃろう。とりあえず数ヶ月の間、トカゲ・・・国の政変を見守りつつ、口を出すか探っておる」

「彼女の運命もそれで変わるのか……」

 俺は想像以上に生臭かった話しにいささか引きながら、後ろ盾を失ったリザードマンの王女の未来を想像して少し暗い気持ちになった。

「しかし、コージーを仲介役に選んだ理由が分からない。ノエルを俺の前に連れていくのなら、ドワーフ王国の家臣のほうが安全じゃないのか?」

「ここだけの話しだが、コージーは我が国の汚れ仕事を担っておるのじゃ。只の密売組織のリーダーではないぞ」

「ふはー。だから軍事産業に関わっているノエルと繋がってた訳なのか!」

 俺は呆れたように肩をすくめてみせた。

「そういうことじゃな」

 俺たちが密談を話していたら、いつの間にかテーブルには、美味しそうな料理と酒が並んでいる。

 土鍋のような陶器の中には、大きく切った野菜が、スープの中にゴロリと入っている。それをお玉ですくって、小さなお椀に具と出汁を注ぎ入れた。お椀から白い湯気が立ち上り、旨そうな匂いが鼻腔をくすぐる。

「これですっきりした。せっかくのご馳走を汚すのは無粋だ。ほれ、酒を飲む前に食ってみろ」

 ノエルにお椀を手渡した。

「では、頂くとするか」

 彼はスプーンで黄白色のだし汁をすくい取り、ズズッと音を出して飲んだ。それから熱々の芋を頬張り、ゆっくりと咀嚼して飲み込んでから口を開いた。

「ただの野菜煮と思ったが、この出汁の美味しさが別格じゃの。野菜の中まで十分に染みこんだ汁が、素材の旨さを何倍も引き立てておる」

 「女将にこの出汁は何から取っていると尋ねても、教えてくれないのよな」

「フハハハ、当たり前じゃ! わしはこの出汁は鳥と獣肉から引き出したと見立てたがどうじゃろうか?」

「鳥は想像できたが、なるほど・・・・獣肉とは思いもつかなかったぞ」

「まあ、その獣が何かまでは、見当がつかないがのう」

 俺は女将を呼んで耳元で(魔獣の名前を)囁いた――

「まあ!? おっちゃんさん……」

 急激に顔色を変え、彼女の口が詰まった。

「おい! 何を女将に吹き込んだんじゃ?」

「俺と女将の秘密だよ」

 俺はノエルに向かって、余裕の笑みを浮かべながらウインクを投げつけた。

「なっ、なっ、教えろ」

 むくれた顔で、ノエルが食い気味で尋ねてくる。

「なんのことだがサッパリ分かりません」

 おどけながら、人差し指を鼻の穴につっこみ、ぐりぐり回した。

「ふ、ふざけんなよ~~」

 俺はその言葉を肴に、木製のコップに注いだ真っ白なお酒を一気に飲み干した。

「ごくり……せっかくの酒が冷めちまうから、ひとまず飲ませて貰うとするか」

 ノエルも流し込むように、カップの酒を一気にあおった。

「うほー、この『濁り酒』という酒は、とろりと濃厚な味わいがたまらんのう!」

「俺の故郷では米からこの酒を造るんだが、人間国ではその米自体が無いのよ……。そうだ……ドワーフ王国の米をもう一度腹一杯食べたいわ」

 俺は、苦労して手に入れて作った、卵かけご飯を思い出しながら話した。

「わしの国にそんな米があったのか!?」

 そう言った後、顎に手を当て黙考する。

「屋台で売っている、だんごの原料だ」

 その答えに、ノエルは手品の種明かしを聞いた後のような顔を作った――

「そういえば、お前さんが袋に穀物を詰めて持ち帰ったことがあったような……」

 ノエルは一滴の酒を逃さないように、空になった酒瓶を傾けコップについだ。

「うちの雛鳥たちに全部食われちまったよ。女将! 濁り酒を追加ね」

「そりゃあ災難だったな」

 俺たちはそんな馬鹿話を続けながら、女将さんがそろそろ閉店しますと言うまで飲み続けた。

「うぃ~~。酒も料理も旨かったの~」

「うぅ~~。良い店だったろぉ……」

 二人で肩を組みながら千鳥足で歩く……

「冒険者様! 良い子がそろっていますのでどうでしょうか」

 若い客引きがノエルの腕を引っ張った。

「いい女はいるのか!」

「はい! それはもちろん大小取り揃えております」

 俺とノエルはお互いの顔を見合わせる。

「「じゃあいくとしますか」」

 俺たちはゲスな笑いを浮かべながら、歓楽街の色香に取り込まれていく――
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