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第百五十八話 亡国の姫君【其の一】

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 山を下りてから我が家に辿り着いたのは、黄昏時のことであった。門扉の前で子供たち数人が集まっているのが見え隠れする。

「遅いではないか」

 薄暗がりの向こうから聞き慣れた声がする。じっと目を凝らすと、立っていたのは子供ではなく、フードをかぶり顎髭を蓄えたドワーフたちだった。その中の一人だけ、身長が百八十センチを優に超えるフードを深くかぶった人物が混じっていた。

「なっ!? ノエルがなんでいるんだよ」

 俺は呆気に取られて、ぽかんと口を開く。ノエルが俺に会いたくてここに来ていないこと位はすぐに理解出来た……。しかもよく見ると、ドワーフの一人は密売組織のコージーだった。

「仕事の依頼じゃな」

 どうせ碌でもない仕事だと思ったが、取りあえず彼ら四人を招き入れることにした。

「ここで立ち話は出来そうもないから、家に入ってくれ。家は土足禁止だからここで靴を脱いでからだ」

 俺は招かざる四人を居間まで案内し、テーブルに座らせる。そうしてお茶の用意を済ませテーブルに着くと、彼らの視線が俺に集まった。

「俺としては何も聞かずに帰って貰いたいが、そうもいかないだろう……取りあえず話しだけは、ノエルに免じて聞いてやる!」

「まあ、そうなるよな」

 コージーが不敵に笑う。

「すまんの……おっちゃん。この依頼は、ドワーフ国からの依頼だと思って貰いたい」

 ノエルは申し訳なさそうな顔をして謝罪した。

「コージーがいるので、きな臭い話しに聞こえるな」


「フハハハ、依頼というのはこの方を、ここで暫くの間預かって欲しいのよ」

 コージーはそう言って、フードを深く被ったドワーフの一人・・を指差した。そのドワーフはフードをおもむろにとると、オレは信じられないというように目を見開いた。

「リザードマンじゃねえか!?」

 ドラゴニア王国で出会った、メイドのアリッサさんと同じ顔のリザードマンがそこにいた。いや、彼女より若干小さい女性だということは分別がついた。

「リザードマンを知っているなら話が早い。このお方はその国の王女スカーレット様だ。リザードマンの国はイグザス王が国を治めることになったのだが、今現在は、リザードマンの国は、隣国によって攻められて、ほぼ敗戦状態に陥っている」

 コージーの言葉に、苦い表情を浮かべてしまう。

「俺が聞いたところによると、国を滅ぼすまで戦争が大きくなれば、魔王が介入すると耳にしたが」

「よく知っているな。隣国もリザードマンが支配している国なので、魔王様からみれば内戦の一部と捉えている」

「リザードマンとドワーフは戦争をしていたので、お前たちが王女を守っている理由がサッパリ分からないな」

「簡単に言うと亡命だ……イグザス王とキャゼルヌ女王との間に密約があり、彼女を受け入れることになったのだ」

 俺の言葉に、すかさずコージーがそう返した。

「じゃあ、そのままドワーフ国で預かれば済む話しだぜ。わざわざ、人間国に出張ってこなくても良いはずだ」

「そこなのよ……うちの国も一枚岩ではない。彼女にもしもの事があれば、国が半分に別れる事態がある訳。そこで暗殺者のこないここに白羽の矢が立った」

 彼は呆れたように口にする。

「確かに人間国にドワーフの集団やリザードマンが簡単に来られるとは思わないが、こうやってお前たちが来ている矛盾は理解出来るよな」

「だから、俺が運び屋になって、ここに来たのよ。人間国に王女が匿われているのを知っている者は殆ど居ない」

 コージーはまじまじと俺を見つめながら、そう言った。

「今の話しだと俺がこの仕事を受ける事を前提で進めているが、俺はこの仕事を受けたつもりはないし、彼女を守れる自信はないぞ!」

「まあ、そうかもしれん……ただドワーフ国で王女を預かるよりは数倍、があるのも分かって欲しい。この件は二ヶ月で片がつくのでその間、彼女を預かってくれ」

 俺は大きな溜息を一つついて、断ろうとした……。

「おっちゃん、悪いが頼む……」

 ノエルから鶴の一声が飛ぶ。こうやってずるずると悪の繫がりは切れなくなり、太い関係になると実感した。

「で、依頼料はいくら出すんだ?」

「一日につき人間国の金貨一枚だ。彼女を二月以内に迎えに来たとしても二ヶ月分は払わせて貰う」

 国家の依頼にしては、あまりにも安すぎると感じたが、自分が受け取る金額としては破格な依頼料なので、価格を交渉することはしなかった。

「この依頼を受けると言いたいが……失敗したときは俺に責任を押しつけられるのは勘弁して欲しい! これは無責任と思われるが絶対に譲れない条件だ」

「ああ、承知した」

 コージーはこの条件をあっさりと飲んだ。

「あと、彼女の生活費だが、俺たちの同居人は高ランクの冒険者と住んでいるので、食費は金貨二十枚は必要だ。パンで良ければ金貨一枚で彼女には別の食事を用意する事は可能だ」

「おっちゃん! それは少々ぼりすぎではないか」

 コージーが、若干引いたようにそう口にする。

「俺の依頼料を鑑みればそう思うかもな……しかし上級冒険者の稼ぎは桁違いだ。金貨一枚で雇える奴なんて、人間国をどう探したとして一人も居ないぞ」

 彼は暫く考えた末、答えを出した。

「それでは、契約成立だな」

 コージーは俺に両手を差し出す。

「いや、まだ重大な問題が残っている。彼女はこの姿のままだと、ここで生活はできんよ。リザードマンなんてこの国では一人もいない。どう考えても厄介ごとの二つや三つは想像出来ちまう。それを回避出来るのが、人間の姿に見せかけられる偽装魔法だ。俺の知り合いに魔法に長けた人物がいるので依頼させてもらう。その魔法の代価は一月で金貨二十枚は支払わされる」

「おいおい、それでは依頼料より経費の方が高くなるぞ」

「亡国の姫君の警護を、金貨一枚で依頼する方がおかしいのよ」

 俺は軽く毒を吐きかけた……。

「ちげえねぇ。それではこの依頼を引き受けて貰えると言うことだな」

 今度は俺からコージーに右手を差し出したとき、もう一悶着起こった。

「姫様に偽装魔法を掛けられるなら、私にも掛けて欲しい!!」

 もう一人・・・・のフードをかぶった大男が声を荒げて、椅子から立ち上がる。その大男の尻から千切れんばかりに、激しく尾を振り乱していた。

「悪いがお前を信用して行動することは不可能だ。俺は家族を危険にさらすことは出来ない。もし逆の立場だとしてもそう言えるのか? それに王女を守ることが出来るのなら、この依頼は俺に来ないだろう。付き人と一緒に俺が預かるという話しが出なかった事自体、お前の立場は信用されていない、もしくはイレギュラーな存在なんだろうよ」

「ぐぬぬ……」

「グルガムよ静かにしなさい。貴方がここまで私に付き従ってくれたことで十分の働きです。二ヶ月後にまた合いましょう」

 初めて王女が声を出すとグルガムは頭を下げ、静かに椅子に座り直した。

 俺は仕切り直しとばかりに、コージーと握手を仕直した。

「では、前払いの半金と、魔法代、食費をまとめて貰おうか」

「悪いが人間国の貨幣がないので、この宝石をまずは換金したい」

 そう言うと、コージーは懐から小袋を取り出し、テーブルの上に宝石を転がした。

「ギルドで換金してやるから、明日ここにもう一度来てくれ」

 俺は話しは済んだとばかりに、彼らを玄関まで追い出すように案内した。しかし一人だけ中々靴を履かずに、家から出ない男が居た――

「ノエルも早く帰れよ」

「何言っているのか聞こえないのじゃが……」

 自分の心中を見透かされているのを承知でノエルはすっとぼけた。

「風呂も丁度暖まった頃だろうし、汗を流した後、二人で飲みに行くとするか」

 のんべえ(酒飲み)が、笑って口にする。

「そうこなくてはのう!」

 ノエルはパチンと指を大きく鳴らして、鼻歌を歌いながら風呂場に向かった――
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