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第百五十六話 昆虫採集【後編】

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 ダブリンと案内人がテントの前で言い争っていた。

「オオカミのテリトリーを犯すことになるので、これより上での採集をすることは出来ません!」

「屈強な部下を引き連れてきているので、襲われても大丈夫でおじゃるよ」

「そう言う意味ではないのです」

 案内人は困り果てた顔をしながら、何とか彼を説得しようとしていた。俺はこの諍いの仲裁をすることにした。

「俺はあながちダブリンが言っていることは、間違っていると思わない。が、もしお前さんの家に、家具を見るだけだからと言って、土足の集団が勝手に上がってきて糞尿をまき散らしたらどう思う? 極端な例えだが、オオカミの縄張りも同じ事じゃないか。それにな、村人とオオカミはこの山でお互いに棲み分けは出来ているはずだ。俺たちはただ虫捕りに来ただけだが、それを理解させることなど出来ないだろう」

「そう言われれば、そうでおじゃるな……」

 俺の言葉に、ダブリンはゆっくりと頷く。

「そんなに悄気しょげるなよ……俺を雇ったのを忘れたのか。昨日使ったトラップは、まだ秘策でも何でもない。今夜こよい、最高のトラップを見せてやるさ」

「おっちゃん氏~~~~!」 

「すまないが、この拠点を移動させたいので頼めるか」

「何処に行くのでおじゃる?」

「拠点を張っても安全な渓谷に案内を頼む」

 俺は案内人に、山に挟まれた沢沿いの渓谷まで道案内して貰うようにお願いをした。

「すまないな」

 俺はダブリンに頭を下げた。

「どうしておっちゃん氏が、麻呂に頭を下げる必要があるのじゃ?」

「さっきは偉そうな事を言ったが、本音を話せば俺もこのまま山を登って採集をしたいとは思ってるのよね。ただ、俺の仕事柄、案内人に喧嘩を売ってしまうと、碌でもない目にあうことも多いので、お前さんに恥をかかせてしまったからな」

「フヒヒヒヒ、本命を持ち帰ることこそ正義じゃ!」

「そう言ってくれると助かる」

「それより、秘策を教えて欲しいのでおじゃる」

「秘策を教えては、秘策にならんよな」

 一度は使ってみたかった言葉を吐いた。

            *      *      *

 細い川を挟んで、削られた地面から左右の山に木々が広がっている、開けた沢に俺が理想とした拠点を設置することができた。辺りが暗くなるまでにはまだ時間があったが、ある理由から・・・・・・メンバーには早い夕食を取って貰う事にした。

「ここにいるメンバーには悪いが、これからやる採集方法は門外不出なので、テントの中で待って貰いたい」

「なに馬鹿なことを仰っておる! ダブリン様が襲われでもしたらどうするのですか!!」

 ダブリンが連れて来た警護役のリーダーが、強い口調で俺に迫る。

「悪いがもしお前たちが、テントから出て警護するというなら、この採集は中止せざるを得ない」

 俺はきっぱりと言い放つ。

「心配するなブートンよ、キャサリンが麻呂の横に付いておるので安心せよ。狼の群れが襲ってきたときは、お前たちが助けに来る間ぐらいは、彼女が壁になって時間を稼ぐ余裕はあるはずじゃ」

「ダブリン様っ! ひ、酷いです~」

 メイドの一言で、場の空気が和む。そうこうしているうちに、少しずつ日が暮れ始めた。

「お前たちに命ずる。これから何があろうと、外を覗いたり、ここから一歩でも出れば命はないでおじゃる! ブートンは、しっかり自分の仕事をこなしてたもれ」

 ダブリンを警護するメンバーと案内人は、お花摘みをした後、テントの中に入っていく。

 テントの外に残った俺たち三人は、テーブルに腰掛けながらお茶をすする。

「ダブリン様、焼き菓子を取って参りますね」

「キャサリンさん、ついでに頼んでおいた白布もお願いします」

「おっちゃん氏、いよいよ秘策というのを決行するのでおじゃるな」

「ああ、この谷に良い風が吹き込んできている……」 

  俺はキャサリンから白布を受け取り、河原の五メートル四方が隠れるぐらいに、白布を敷いた。その上にがんどうを置いて、山と山に挟まれて谷になっている部分に光を放った。

「灯火採集という方法だ」

 真っ暗な河原から、煌々こうこうとした光が山を照らす。ダブリンとキャサリンは目を細めて俺の作業を見つめた。

「以上! これで準備は終わった。後は細工は流流仕上げを御覧じろだ」

「ホホホ、簡単な理屈でおじゃるが、光源の工夫が素晴らしいのう」

 俺たちは深く椅子に寄りかかり、焼き菓子を楽しむ。

「ひい~~~~! 虫が、虫が!!!」

 キャサリンが突如、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。光に引き寄せられた蛾が、所狭しと飛び交い始めた。俺とダブリンはそれを見ながら苦笑する。

「キャサリンよ落ち着け、お茶がゆっくりと飲めないでおじゃる」

「そんなあ~~~」

 三十分ほど時間が経過すると、羽虫とは明らかに違う羽音が、がんどうの周りから聞こえる。

「近くに行っても問題ないじゃろうか?」

「ああ、見に行こう」

 俺たちは椅子から立ち上がり、地面に敷かれた白布を覗きに行く。

「おお! マダラオニクワガタが止まっているでおじゃる」

 白布の上には、光に引き寄せられた沢山の虫たちが蠢いていた。中には俺の知らないカブトムシも混じっており、ダブリンのテンションは爆上がりである。だが、本命のクワガタムシは飛んで来ていない……。

「ここから数時間が勝負だな……じっくり待つしかないぞ」

 そう言って、キャサリンにお茶のお代わりをお願いした。 

  二時間が経過した――

 ダブリンの顔が光に照らされているのに暗く感じる。彼はたびたび白布を覗いては、大きな溜息をついて戻ってくる。

「おっちゃん氏、だめかもしれないの」

「まだ、もう少し時間があるじゃねえか。それによ、まだ可能性が残っていることに気が付かないのか?」

「何を言っているか分からないでおじゃる」

「ふふっ! 確かに河原に敷いた布はたびたび確認したが、果たしてそれだけが正解か」

 俺はわざと彼に勿体ぶった言い方をした。

「キャサリンよ! ランプを早う持ってこい」

「はい! ただいまお持ちします」

 今までしゅんと垂れていた犬の尻尾がぴんと立つ。ランプを受け取ったその犬は、(白布から外れた)河原を照らしながら辺りを歩き回る。

 「ふおおおーーーー!! テナガオオクワガタを見付けたでおじゃる」

 ダブリンは赤いクワガタムシを高々と上げ、大声を上げた。

「捕まえたんだな!?」

「みてみろ、おっちゃん氏。立派な上顎の雄のクワガタムシでおじゃる。しかも優に八センチは超えているぞ」

「素晴らしい個体だと言うしかない」

 俺のテンションも最高潮に上がった。ダブリンと俺は沢山の蛾にまみれながら、肩を組み踊る。そんなスポットライトに照らされた二人の姿を、メイドはゴミを見るような目で見つめていた……。

「流石、我が友でおじゃる」

「最高の結果だな相棒・・

 俺たちは称え合い、満面を笑みを浮かべた。

 結局、その後も数匹のテナガオオクワガタを捕まえることが出来たので、今回の遠征は大成功で幕を閉じる。

「この、魔道具のがんどうを売って欲しいでおじゃる」

「すまないが、キャサリンさん後ろを向いて。耳を塞いでくれ」

 俺の言葉にキャサリンは首を傾げる。

「キャサリンよ、早うせい!」

 おっちゃんの言うことを聞けと、彼女を促した。

 俺はランタンを取りに行き、光源を取り出しテーブルに置いた。それを見たダブリンは思わず息を飲む。

「こ、これは龍石でおじゃるな!?」

「ああ、ある人に頂いた石ころよ」

 流石に伯爵である彼はこの一言で、この宝石の価値を瞬時に理解した。

「これを見せたくなくて、彼らをテントに閉じ込めたのでおじゃるな」

「そういうことだ。これ位の採集用の灯火装置なら作れるだろう、灯火採集を秘密にするつもりはないからな」

「と、とんでもない! この採集方法は当分の間は秘匿でおじゃる」

 昆虫馬鹿である……。

「じゃあ、利用料は高いぞ」

 俺は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら声を上げて笑う。

「あの~!! もう目を開いても良いですか!!」

 間の抜けたメイドの声が峡谷に響く――
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