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第百四十五話 プリン哀歌Ⅱ

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「「「「頂きまーーーす」」」」

 テレサとは結構な割合で夕食を共にするのだが、レイラとルリは仕事柄、一緒に食事を取る日が少ない事も多い。連日、四人そろって食卓を囲むのは久し振りの事だった。

「レイラが連続して食事を取るなんて久し振りだな」

「遠出の依頼を少し減らして貰ってる」

 少し浮かない表情を俺に見せた。

「ルリも近場の仕事なのかよ?」

「うん、最近働きすぎたから」

 彼女は一瞬、悲しそうな表情を見せた。

 二人ともいつもと少し様子が違う気がしたが、ご飯は普段よりがっつり食べているので気にすることは止めにした。

「この果物知ってるよ!! だって昨日見たもん。ほら、これ分けてあげるから、おっちゃんも食べなよ」

 場の空気などお構いなしに、チックは果物を食べながら話しかけてくる。

「お腹が一杯だから……遠慮させて貰うわ」

 俺がチックの飯を用意しているのを理解しているのか、訝しげな目で妖精を見つめる……。

「仕方がない、この果実は独り占めだな。後で食べたいといっても渡さないよ」

「ああ、お腹がはち切れるまで食べてくれ」

 全身で溜息をついて、何もない壁を見続けた。そんな俺の気持ちを吹き飛ばすかのように

「おっちゃん、プリンを取ってきて」

 レイラが空の食器を集めて、俺に差し出した――

「今日はお代わりは作っていないから、ゆっくり食べるんだぞ」

 テーブルに四人分のデザートを並べた。

「なんで無いか意味が分からない」

 ルリが抗議する

「昨日、お前らがどれだけ食べたか覚えているか? 卵がもう無くなったの」

 ルリは俺とは目を合わさないようにしながら

「一個しか食べてないし」

 と、子供がつくような嘘を平気でついた。

「オレも一個だ」

「私もです」

 雛鳥たちは良い子に育っている……。

 日本では酒など付き合いでしか飲まなかった俺が、今じゃ酒無しでは生きていけないほど飲むようになった。もともと甘党だったので、酒が入っていてもプリンは別腹だ。ただの変哲もない焼きプリンだが、ここではご馳走の部類に入るのが悲しい現実。自分で作ったプリンに、スプーンを突っ込み口元に寄せる。

「それはなんだ!? 良い匂いがするね」

 早速、チックが食い付いてきた。

「匂いだけだ、これは・・・凄く苦い食べ物だぞ」

「私、苦いの嫌い! だって『おえっ』てなるでしょ」

「そうだな、俺は大人だからこの苦さの良さが分かるんだ! あー苦くて旨いっ」

「ムー―。チックもこう見えても大人だよ! 苦いのも少しぐらいは食べられるもん」

 そう言って皿の上のプリンに顔を埋めた……

「わわわ、おっちゃん嘘ついた! チックに嘘つたな。これとっても甘くて柔らかい。不思議な果物・・・

 羽根をばたつかせながら皿に飛び込んだ。飛び込んだ拍子にカラメルソースが、周囲に飛び散った。

「チック!! 羽を動かすな。プリンは逃げないから落ち着けってば」

 俺はプリンに頭を潜らせているチックのお尻をスプーンでグリグリした。

 三人の雛鳥たちは怒りもせず、俺を冷ややかな目で睨みつけた……

「美味しい、美味しい、すっごく美味しい。こんなの初めて食べたよ。私の一番大好きな大王蜂が集める蜜より十倍甘くて美味しいかも」

 チックは自分の身体半分ぐらいの大きさのプリンを、カブトムシが昆虫ゼリーを貪り食うように夢中で食べている。

「食べるか、喋るかどっちかにしなさい」

 母親が注意するような言葉が、自然に出てしまう。

「わわわ、おっちゃん嘘ついてなかった! この茶色の蜜は苦い! でも甘い! 苦くて甘くて美味しいよ。チックは大人だからこの味の違いが分かるよ」

 プリンを乗せた器は空になっており、ぺちゃぺちゃと音を立てながら、キャラメルソースがついた指を舐めとっているチックがプリンの代わりに、鎮座していた。驚いたことに、プリンはチックの小さな腹の中に全部収まっていたのだ……。

 俺はそれを唖然とした表情で見ていると、チックはパタパタと羽根を動かし飛び上がる。そして、躊躇することなく俺の頭にすっぽりと収まった。

 プリンまみれのべたべたの身体で、チックは俺の頭の上で腹をさすってくつろいでいる。俺はもう怒鳴る気力も失い、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

「悪いが、今日の後片付けは三人でしておいてくれ」

 そう言い残し、チックを頭に乗せたまま、洗面所に汚れた髪を洗い流しに行くことにした……。
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