上 下
140 / 229

第百四十一話 花祭り【後編】

しおりを挟む
 居間でプリンを食べながら寛いでいる雛鳥たちに声を掛けてみる。

「花祭りに行かないか?」

 「行きたいのは山々なんだが、当日は町の警備でそれどころではないな」

 テレサが真っ先に答えてくれた。

「ルリはどうかな?」

「残念、もうドリスちゃんと約束した」

 まさかの二連敗に愕然……。

「おっちゃん、オレは行けるぞ」

 天使降臨。

「それじゃあ、二人で行きますか」

 平静を装いつつ、レイラに返事した。

「そういえば、梵天ぼんてんのつぼみが玄関に置いてあったけど、誰が買ってきたんだ?」

 レイラは意味もなく床をころころと転がりながら尋ねる。

「採集依頼を受けてたんよ」

「懐かしーーー。駆け出しの頃やったのを思い出すぜ」

「私も……」

「あーーん!? 今もやっていますけど、な・に・か――」

 俺は雛鳥たちを睨みつけ、露骨に嫌な顔をした。

「あははは、別に嫌みで言った訳じゃねーよ、ベテラン冒険者様」

「レイラも口が悪いんだから、おっちゃんの立場ってのも考えてあげなさい!」

 俺のライフがゼロを切った。

 「もう、お前たちにはプリンは作ってやらんからな!」

 そう言って、自分の部屋でふて寝した……。

「私、完全なとばっちり」

 ルリはからになったお皿を持ちながら、テレサとレイラをじろりと睨みつけた。

                     *      *      *

 花祭り当日――

「へー、こうやってつぼみを使うのか」

 俺は水の入った桶に、梵天のつぼみが茶柱のように浮かんでいるのを見て感心する。そのつぼみが、水の上で徐々に開いて、うっすらと黄色く発光していく様に見とれていた。

「おっちゃん、初めて見たのか?」

「ああ、祭りの日には、いつも酒場で騒いでいたからな。レイラだって同じだろ」

「流石に、この行事をやっていないのは、おっちゃんぐらいだぜ」

「うんうん」

「あれ!? 一つだけ赤い色の花が咲き出したよ」

 黄色の花の中に混じって、赤く光っている梵天の花があった。

「えーーーーーっ!? マジですか。赤い梵天の花が咲く家に、最大の幸運が訪れるって言われてるけど、赤色を見たのは初めてだ」

「都市伝説だと聞いていた」

 ルリもその花を不思議そうに眺めている。

「じゃあ、暗くなってきたし、祭りに行くとするか」

「うっすーー、感動うっすーーー」

 レイラが不満そうな顔で野次を飛ばす。

「ただの花じゃねーか」

 俺は赤い花を見ながら、せせら笑った。

 家の前でルリとは別れて、レイラと一緒に住宅街を歩く。家々の前に置いてある桶から、ぼんやりとした黄色い光が浮かび上がる。この世界の住宅街には街灯もなく、いつもは真っ暗な道がどこまでも続く。今日は梵天の花が屋外照明の代わりに、辺りを照らしている。その光景を見ながら、日本の夜道を懐かしむ。普段は誰も歩いていない夜道に、祭りに出かける沢山の住人が闊歩していている。大通りに出ると、更に大勢の人々が同じ方向に向かって歩いていた。

「花祭りといっても、何処で何をするのか知っているか?」

「オレが知る訳ねーだろ。毎年、どこかで飲んでたし」

 お互い様なのだが、聞くだけ損な気分になる……。

「まあ、この人の流れに着いていけば何とかなるよな」

「だな」

 人の流れが少しずつ大きくなるにつれ、道の両端には所狭しと露店がずらりと並ぶ。俺たちを誘うかのように、香ばしい匂いが辺りを漂う。食べ物を扱う屋台ばかりではなく、的当てや小さな小動物を売っている店もある。

「物珍しそうに見ているな」

「そうだな、祭りの露店をこんな間近で見たことがなかったよ」

 レイラは少し寂しそうに話した。こういう世界でも女性が冒険者を選ぶなんて、大概は貧困家庭の生まれが多いので、彼女の言葉を返す気には慣れなかった。

「これでもやってみないか」

 俺は彼女の手を引っ張り、一軒の露店の前に立つ。その店の出し物は、水で満たされた大きな水槽の上から銅貨を落とし込み、水の中の台に上手く乗れば高額な景品が貰えた。水槽の前に集まった子供たちは、上から覗き込んだり、ガラスケースをじっと見つめて硬貨を落とす。銅貨はゆらゆら揺れながら水の中に沈んでいき、台に乗りそうな所で、銅貨は底に沈んでしまった。それを見た露店の店主がその子に声を掛けた。

「ああ、惜しかったね~ぼっちゃん……もうちょっと右だったら良かったのに」

 と、ニコリと作り笑いした。レイラはそれを見て懐からお金を取り出し沈めた。銅貨はゆらゆら揺れながら、台とは全く違うところに沈んでしまった。

「ななっ!?」

 今度は、水槽の前に移動してじっくり狙った。銅貨は彼女の狙い通りに台に向かって沈んでいく。しかし台にのったかと思うと、するりと硬貨は底に沈んだ。

「くーーう、惜しかった」

 その後、何回も挑戦するが上手くいかない。俺はそれを見ながら笑う。

「そんなに笑うなら、おっちゃんもやってみろよ」

 俺は袖をまくり、銅貨を落とす。銅貨はゆらゆらと沈み、水のそこのカップに入った。

「はい! おめでとう」

 屋台のおじさんは、俺に棒付き飴をくれた。俺はそれを受け取り、また銅貨を沈めて飴を獲得した。

「おい! そこじゃない台に乗せるんだ」

 彼女は悔しそうな顔で俺に命令する。俺は貰った飴を彼女の口に放り込み店を離れた。

「なっ! まだ決着はついていないぞ」

「クスクス、あのな……あの台には硬貨は決して乗らないんだ。水の屈折を利用して台が傾いてるのよ」

「インチキだというのか!?」

「まあ、子供だましの遊びだからな、銅貨がコップに上手く入っても、飴なんて安い物だろ」

「なななななっ」

 彼女の肩が震える。

「次はあの的当てをやろうぜ」

「弓矢を使うのは、得意だから楽勝だぜ」

 彼女は真剣な顔つきで的をを狙う。「パスン」矢は的には当たったものの、中央からは大きく外れている。レイラは首をかしげながら矢を放つ。結局五本の矢のうち一本だけ真ん中に刺さる。

「まあ、おもちゃの弓矢だからこんなものか……」

 レイラは納得しない顔で、俺を見た。

「プークスクス。プロとしてうけるんですけど」

「へー、おっちゃんは俺より上手く当てられると、おっしゃってるんですね」

 早くやれとばかりに俺を煽った。俺は店主にお金を握らせ、弓矢を受け取った。

「大当たりぃいい~~」

 店主の声が響く

「ぐぬぬぬぬ!! 弓使いかよ!?」

「いやいや、冒険者のたしなみですよ、

 俺はレイラを見下ろした。

「なーおっちゃん。これも何かネタがあるんだろ」

 彼女はしつこいばかりに聞いてくる。

「そんなものないぞ、腕だよ、う・で」

 自分の左腕を指差し笑った。ネタばらしすれば、店の親父にお金を多めに握らし、ゆがみのない一番いい弓を使わせて貰っただけだ。言わぬが花なので、彼女には最後まで話さなかった。

「おっ、旨そうな串焼きだ」

  まだ湯気が立ってる串焼きを受け取り彼女に渡した。

「も~誤魔化すなよ」

 彼女鼻をぷくりと膨らませ、串焼きを頬張った。

「この串焼き三十本追加ね」

「へい! 沢山買ってくれたありがとうね、少し多めに入れとくよ」

 出来たての串焼きを、紙で包んで貰い受け取る。

「美味しかったけど買いすぎだぜ!?」

「まあそう言わずに付いて来な」

 彼女の手を引っ張り、テントの前で、白いマントを羽織った女騎士が集まっている集団に声を掛けた。

「すいません、テレサはいませんか?」

「何のようだ?」

「彼女の知り合いです。差し入れに来たんで呼んで貰えますか?」

「テレサを救ってくれたおっちゃん殿ではないか! すまないが彼女は、町中を走り回って此処には居ない」

「では、これをみんなで食べてくれ」

 隊長に差し入れを手渡して、白薔薇騎士師団のテントから出ると、「キャー」という黄色い歓声が後ろから聞こえてきた。

「なかなか気が利くな」

「テレサと同じ服を着ていた制服姿の女性が、テントから出入りしているのに気が付いたからな」

 何も考えずにしたことだが、レイラに褒められて気恥ずかしい思いをした。

 次は何をして遊ぼうかとレイラに声を掛けようとしたとき、子供の人だかりが出来ている露店に目がいった。その店の天井からは、沢山のロープが吊されており、それを引っ張ると景品が持ち上がる仕組みになっている。

「あそこの、ロープを引っ張って当てるくじもインチキなのか?」

「もちろん、目玉商品は決して引き当てることは出来ないぞ。俺の故郷で、金持ちの子供が金貨を払って、紐を一度に引っ張って目玉商品が取れないことをあばいて、揉めたことがあったよ」

「それは面白い! オレも……」

「やめとけ……子供は小さいうちに騙された方が、大人になったとき変な詐欺に引っかからないものさ」

「それも、そうだな」

 お互いに顔を見合わせ、大きな声で笑った。

 露店の遊技を楽しみながら、人混みの中を練り歩く。しだいに露店は途切れ、平坦な道から、なだらかな上り坂に変わる

「この道は、ラスクの丘に続く道だ」

 レイラが教えてくれる。

 暫くその坂道を進むとラスクの丘に出た。俺たちが丘の上まで登りきると沢山の人々が集まり、魔の山を眺めている。視線の先には、梵天の花が咲き誇り、淡い光が山全体を包み込んでいた――

 二人はそのあでやかな景色にしばし見とれる――

「なあ、おっちゃん……こんな所で言うのは恥ずかしいんだが……」

 レイラは頬を染める。

「皆まで言うな……穴場の酒場は抑えてあるさ」

 レイラは今日一番の笑顔を俺に見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜

福寿草真
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】 何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。 魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!? これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。 スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...