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第百四十話 花祭り【前編】

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 ガランガランガランと、いつもの倍以上の音で呼び鈴が鳴らされた。これだけ、がさつな呼び方をするのは、碌でもない来客者だと想像した。慎重に玄関の扉を身長に開くと。拍子抜けした。

「おっちゃん、こんにちわ」

 おかっぱ頭の小さな女の子が、玄関の前でぺこりとお辞儀をしている。俺は一瞬、ソラと間違いそうになり苦笑する。よく見ると近所のガキの一人だと気が付いた。

「おう、どういう用件だ?」

 無愛想な返事を返し、少女を睨みつけた。

「あのね……来週、花祭りがあるでしょ。それの「採り子」としておっちゃんに雇って欲しいの」

 そう言って、少女はもう一度頭を下げた。

 採り子というのは、魔の森に生える梵天の木から、花のつぼみを狩る子供のことを言う。この木は大木なのだが、幹が非常に折れやすく、大人が木の上に登ることが出来ない。そこで体重の軽い子供を使ってつぼみを集める。

 その集められたつぼみは、各々の家の前に置かれ、それが咲くと妖精が幸せを持って訪れるという「花祭り」に使われる。

 一本の木から採取出来るつぼみは、銀貨十枚以上に変わるので低級冒険者にとっては、美味しい仕事。ただし、この木に成る果実は、森の動物や魔獣にとって重要な栄養源になっているので、乱獲が許されずギルドが管理していた。採集の条件として、冒険者いちパーティに対して、梵天の木一本いっぽんと決められている。

 低級冒険者を長く続けているので、採り子をやらせて欲しいと、頼みに来るガキが居なかった訳ではない。ただそれを全部断っていた。その理由は、預かった子供に怪我をさせるのが怖かったからだ。採り子を小鬼や魔獣から守って、上から落ちてくるつぼみを集めるだけの簡単な仕事だが、毎年、木から落ちて大怪我をする採り子が必ずいる。それが嫌なので、俺は冒険者になってから一度もこの仕事を受けなかった。

「お前はまだ小さいから、木登りなんて無理だろ」

 彼女のおかっぱ頭を手のひらでギュッと押さえつけた。

「それは違うよ、木登りなら仲間内で一番上手いんだよ! でも他の冒険者にも断られたので、もうおっちゃんにしか頼めないの」

 悲しそうに懇願する……。後半部分を喋らなければ良いのにと、他人事のように聞き流す俺がいた。

「悪いな、もう少し年を取ってからまた来てくれ」

 できるだけ傷つけないように、無難な理由を織り込み断った。

「お金が必要なの……だから、おっちゃんお願い雇ってよ」

 どうせ家族が病気とか、ベタな理由だと分かってはいたが尋ねることにした。

「なんでお金が必要なんだ?」

「あの……お腹がすいて遊ぶのもしんどいの」

 彼女はお腹を押さえながら話した。

「うはははは」

 笑った俺は負けである。本音を話せば、お腹がすいたという彼女の表情と、ソラの顔が重なって見えてしまったのだ……。

「はーー、よし分かった。採り子をやらせてやる。ただし親の許可を得て、お前の母ちゃんを今すぐ家に連れて来ることが出来たらの話しだ」

 彼女の顔がぱーっと赤くなり

「すぐに呼んでくる! 私の名前はレミ、忘れないでよね」

 こまっしゃくれたレミは、すっ飛んで家に帰っていく。 

――――「では、娘をよろしくお願いいたします」

 レミの母親が頭を下げお礼を述べた。

「当日までに、身体と木を縄で結ぶ技術だけは、墜落防止のためしっかりと教えておいてくれよな」

 俺はレミの母親に、強く申しつけた。

「はい、十分に練習させておきます」

「レミも毎日、頑張って覚えるよ!」

  俺はレミと約束を交わしその場で別れ、その足でギルドに向かった。

「おっちゃんさん、今日はどのようなご用件ですか?」

 マリーサさんが窓口で対応してくれる。

「梵天のつぼみを採取するから、木に付けるプレートを貰いたい」

「あら、珍しいですね。この仕事をするのは初めてじゃないんですか?」

 彼女は小首を傾ける。

「ああ、訳あって依頼を受けることにした」

 彼女はプレートを渡し、つぼみの採集日を教えてくれた。俺はそれを受け取り、もう一仕事するために森へと足を運んだ。

 森の木々を巡りながら、良さそうな梵天の木を探す。近場の大木は既にプレートが巻かれて、他の冒険者によって押さえられている。しかし、少し藪漕ぎをすると、まだ大きな大木が残っているものである。その中でも特に、鈴なりになってつぼみを付けた梵天の木を選んだ。大樹を見上げながら、低級冒険者をそれなりに続けてこの木を見付けたことに自画自賛する。そうして大木に、プレートを巻いて家に帰宅した。

                       *      *      *

 森の中をおっかなびっくり歩いている少女を連れて、梵天の木に辿り着いた。大木の枝には、今にも咲きそうに膨らんだ黄色のつぼみが枝についている。

「ほへー、沢山のつぼみがあるんですね」

 レミは梵天の木を見上げて感心しきりだ。

「これならかなり稼げそうだな! 昨日は風が吹いたので、つぼみが落ちないか冷や冷やしたぜ。また大風が吹いたら厄介だから、早く狩りを終わらそう」

「はい」

 レミは元気よく返事をした。彼女に棒とロープを持たせ肩車をする。木登りが得意と言うだけ合って、猿のようにするすると木を登っていく。そしてあっという間に彼女の姿は枝に隠れて見えなくなってしまった。暫くすると枝を叩く音が鳴り、上から黄色いつぼみが次々と落ちてくる。俺はそれをせっせと集めながら袋に入れる。

 今まで見えてこなかったレミが確認出来た頃には、ソリの上につぼみで一杯につまった袋が山積みになった。

「気をつけて降りてこいよ」

 俺は彼女に声を掛けた。

「これくらいの高さになったら、ここから簡単に飛び降りられるよ。どうしてそんなことを言うの」

 彼女は木から、あっという間に下りてきた。

「いやな、高くて枝が折れそうで危険なときは、木に登っているレミ自身が恐怖心を持っているので何も注意しないんだが、失敗は必ず簡単なところでしてしまうという戒めだな」

「でも、木の上の危なそうな所で注意された方が、事故がない気がするよ」

「そりゃそうだよな」

 小さい子供に言い負かされてしまう。

 高名の薬狩師といひし親父、幼女を掟てて、梵天の木に登せて蕾を採らせしに、いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るるときに、軒たけばかりになりて、「過ちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。いかにかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、おのれが恐れ侍れば、申さず。過ちは、やすき所になりて、必ず仕ることに候ふ」と言ふ。「然し高き木の危なし所にて注意かけたし、故に事故無い候」と答えし幼女。「その言葉、納得したれり」親父、幼女に言い負かされるなり。

 「徒然華」第百四十段「幼女の木登り」より

 二時間ほどの簡単な狩りを終え、俺たちは山を下りギルドに着いた。梵天のつぼみを換金すると銀貨十二枚になった。結構な金額に、俺の顔が緩む。ギルドを出るとレミが待っていて彼女に給金を渡した。

「じゃあ、銀貨五枚な」

「えっ!? おっちゃん、黄銅貨と間違っているわ、こんな大金多すぎだよ」

 彼女は手に乗せられた銀貨を見て、間違いを申告した。

「レミは賢いから良く覚えておけ。銀貨五枚貰ったことは誰にも言うなよ。レミの言う通り多すぎだ。普通の狩り子は、銀貨一枚で満足していたのに、レミが銀貨を五枚貰ったと聞いたらどうなるか分かるな。しかも冒険者たちにも、おっちゃんが恨まれるからな」

「うん分かった! 銀貨一枚と言うね」

 しっかりした子だと感心し、俺は吹き出した。

「余ったお金は、自分が本当に困ったとき使うんだ。直ぐに買い食いなんてしてみろ、ばれてしまうからな」

「おっちゃん、ありがとね!」

 彼女は帰ろうとしたので

「おい、忘れ物だぞ」

 彼女に梵天のつぼみを手渡した。

「買わなくて良かった」

 そう言いながら、小さな身体で梵天のつぼみを抱えて家に帰っていった。
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