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第百十六話 油断大敵【後編】

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「みんな聞いてくれ! 俺のミスでソラと山の中ではぐれちまった! 馬鹿な奴と思われるのは百も承知で頼む。明日の朝一番に、ソラを探すのを手伝って欲しい!!」

 ギルドに帰ってきている冒険者たちは一斉に俺の方を見た。

「ソラちゃんがいなくなったってか!?」

「山でリードを外して迷子になった」

 俺は冒険者達の目を見ながら事の経緯を話した。

「仕方がないが手伝ってやるか」

「これは貸しだからな!」

 比較的好意の声が、酒場からも聞こえた。

「幾ら出すんだ?」

 俺はその質問に声が詰まった……。その時、ギルド内にパンパンと大きな手を鳴らす音が響き渡る。

「はいはい! 皆さんギルドの依頼で、ソラちゃん捜索に銀貨六枚でお願いします」

 マリーサさんが満面の笑みを浮かべてギルドの空気を捕まえた。どうせ俺が後で払うことにはなるのだろうが、彼女の機転に感謝した。

「仕方がないが引き受けてやるか!」

 そう言って、冒険者たちは次々と勘定を支払い立ち上がった。

「一番に見付けてくれた奴には、金貨一枚出させて貰う」

「馬鹿なこと言わないで! 報酬は金貨じゃなくて、ソラちゃん一日貸出券よ」

「承知した」

 冒険者たちが「ウオーー」と叫んだ。

「それじゃあ、明日の朝宜しくお願いします」

 俺は彼らに深々と頭を下げた。

「何言ってんだ! 朝ではなく今から探すの間違いだろ」

 酒場からどっと笑いが起こった。俺はうつむきながら

「そうだったな……」

 と、冒険者の心意気に打たれてしまい、小さな声を出すのが精一杯になる。しかしそれに水を差すような声が上がる。

「けっ!! 冒険者が仲良しごっこってか! 笑わすぜ」

 彼は酒の入ったカップをグビッと飲み干しせせら笑った。

「おい! ダンカン気に入らないなら黙っていろ! 」

 冒険者の一人が、ダンカンの野次を差し止めた。
 
 ソラを探してくれる雄志が十人ほど集まる。夜の捜索には危険が伴うが、森の深さを鑑みて、四つのチームに分かれた。松明など暗闇の中で必要な道具を集め、各チームの探索場所を地図で確認しながら決めることにした。

「すまないが、家に戻って助っ人を呼んでくるので、このままミーティングを続けて話しをまとめておいてくれ」

  そう言い残し、俺は我が家に一度戻ることにした。走っているにも関わらず、家までの距離が長く感じてしまった。

「テレサ、ルリ起きているか!?」

「そんなに大きな声を出してどうしたんだ」

 二人は玄関先まで走ってきた。

「ソラが森の中で行方を失って見つからない」

「ソラちゃんが迷子になったの!?」

「二人とも明日は予定があると思うが、朝一まで俺と付き合ってくれるか?」

「「当たり前だ」」

 なんの迷いもなく、二人は俺に言い切った。

 彼女たちには、ギルドに向かう道すがらミーティングの内容を話した。ギルドで合流した俺たちは捜索を開始した。

「ここから俺たちが先行するので、途中で落ち合うぞ」

 冒険者の一人がそう言って、俺たちと森に入る前に別れる。魔の山で、十人以上で行動してはいけないという理を守るため、変則的な行動を取ることで回避した。

 捜索が開始されたときには、もう日はとっぷりと暮れていた。そんな真っ暗になった山道を、松明のかがり火が辺りを照らして目的地に進む。俺たちはソラの名を呼びながら茂みの中を進んだ。暗闇の中から見覚えのある道具が見えてきた。そこに一縷ひとすじの希望は抱いて全速力で走っていく……山に残したソリの上にはソラは居なかった……。

 ソラを見失った場所を彼らに話し、そこを起点に捜索範囲を広げていくことにする。

「ソラ―ーーーー聞こえるか!!」

「ソラちゃーーーん」

 松明を左右に振り、声を張ってソラを探し続けた。暗闇の中で震えながら俺を捜しているソラを想像して、胸が締め付けられる思いがした。山に入ってから数時間が経つが、ソラは一向に見つからなかった。

「大丈夫、見つかる」

 ルリが俺を励ましてくれた。

「そんな悲愴な顔をしていると、ソラが怖がって逃げてしまうぞ」

 普段は冗談などあまり言わないテレサも元気付けてくれた。それでも時間だけが無情に過ぎていく……俺たちはそれでも大声を張り上げながらソラを探し続けた。

 真っ暗な森が徐々に明るくなっていく。ソラは見つからなかった。俺たちは肩を落とし集合地点に戻った。冒険者たちが集まってくる――

「みつかったか?」

 彼らの顔色から結果は分かってはいるが尋ねずにはいられなかった。

「残念ながら駄目だった……これから日が昇るから見付けやすくなるさ」

 彼らは俺に優しく声を掛けてくれた。

 そうこうしているうちに、俺たちを除いた四チーム全員が起点に戻ってきた。

「悪かったね……見付けられなかったよ」

 申し訳なさそうに言葉を吐いた。

「ここで集まって不味いことが起こるのが一番駄目なので、次は昼にまた集合だ」

「すまない……もう少しだけ付き合ってくれ」

 簡単なミーティングを済ませ、俺たちはまた捜索を開始した。

  その時、「ザザッ」茂みが不自然に揺れた……俺たちは刀を持ち身構えた。

「キュキュキューーー」

 聞き慣れた声と共に、一人の男が茂みから現れた。

「ソ、ソラーーーーーーーーーソラだよな!!!」

「キュピピピーーーーーーイイイ」

 俺の胸にソラが飛び込んできた。

「馬鹿野郎! どこほっつき歩いていたんだ」

 ソラが痛いほど力を入れて俺に身体を預ける。

「キュピキュピキュピピピピピィーーー」

「良かった……見つかって……本当に良かった……」

「キューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューンキューン」

 ソラは俺にしがみついたまま一向に泣き止まなかった。

「ソラ……」

「ソラちゃん」

 ルリとテレサがソラの無事に涙を流した。

 他の冒険者もソラの周りに集まってきた。

「元気そうで良かったな!」

「キュキュキュキューー?」

 捜索隊のメンバーがソラを囲んで喜び合った。そんな中、ソラはなぜ自分が撫でられまくっているのか不思議そうな顔をして「キュピピピ」と鳴いた。

「ダンカンじゃねーか!? なんでお前がここにいるんだ」

「月光ユリを探していたら、花は見つからないのに、を拾っちまったぜ」

「それは災難だったな!」

「トカゲを見付けたところで、一銭にもならないのにご苦労なこって」

 月光ユリがこんな時期に咲くはずもないのは誰もが知っていながらすっとぼけた。

「良く見付けてくれた……」

 俺はダンカンに野暮とは思いつつ礼を言った。

「こんな人数で集まって、魔王からとばっちりを食らいたくないんで、俺は先に帰らせて貰うぜ」

「ダンカンは素直じゃないんだから」

 女冒険者はクスクスと笑った。俺たちも釣られて笑い声を上げた。

「仕事も片づいたことだし山を下りるか!」

「キュキュキューーーーーーーー」

 ソラはソリの上には乗らずに、自ら先頭に立ち歩き始めた。

  後日談――ギルドの酒場で、ダンカンが一日券を使ってソラに定食を奢っていたとかいないとか……。
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