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第百十五話 油断大敵【前編】

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 空を見上げると雲一つ無い青空が、どこまでも広がっていた。冒険者にとって晴天は好ましいものではある。薬草狩りを中心に冒険者をしている自分としては、日差しがきつくて、一つぐらい雲が欲しいと願ってしまう。ソリの上にどっかり座っているソラは、早く森に行けと言わんばかりに「キューー」と鳴いた。

 ソラがいるので深くまで森に潜りはしないが、以前よりは草木が生い茂る中で薬草を狩るようにはなっていた。ソラにしてもこの森で探索するのは楽しいらしく、茂みの中でお腹がすくまで出てこないのが当たり前のようになっていた。

 セイタカハナビ草という、一摘み銅貨十枚の高級薬草の小さな群生地を見付け、夢中で狩り続けていた。気が付くと太陽がとっくに中天を過ぎていた。いつもならソラがお腹をすかせて「キューキュー」鳴くのに、珍しいこともあるのだなと思った。

「ソラ! 飯にするぞ」

 茂みに入ったソラに声を掛けた。しかし、ソラは一向に茂みから出てこなかった。遊びに夢中で気づきもしないと、長く伸びきったリードを引っ張った。リードの先から重さが全く感じられない……茂みから出てきたのは、ソラのついていない留め具だけがズルリと地面に引きずられ、俺の手元に帰ってきた。

 俺は一瞬、ソラが何かに襲われている嫌な絵が頭をよぎった。しかし茂みで音もなく、暴れた形跡もなかったので、ソラがリードを外して何処かに行ったと断定した。

「ソラーーーーーー!! ソラーーーーーーーーー!!」

 大声で名前を何度も連呼した。しかしソラからの返事はなく、俺の元にソラは戻ってこなかった。

 俺は顔面蒼白になりながら、ソラの潜っていた茂みを掻き分けた。茂みは何処までも続いており、ソラは迷子になったと探すことにした。ソラと入れ違いになってはいけないので、ソリと荷物をその場に残してから、ソラの消えた茂みにもう一度掻き分けていく。

「ソラーーーーー、ソラーーーーーーー、何処にいるーーー返事しろ!!!!」

 鉈を一心不乱に振りつつ、ソラの名前を呼び続けた。茂みから抜け出ると、木々が延々と並んでいる。普段は気にも止めなかった景色が絶望に変わる。それでも俺は足を動かしながらソラを探し回った。

 「ソラーーーーーー!! ソラーーーーーー!!」

 一向にソラは見付からず、俺の声は山にかき消されていく……。

「ソラーーーーー!! 聞こえるかーーーーー!! ソラーーーーーあああああ!!」

 何度もソリと森の周りを往復しながらソラを懸命に探し続けた。茂みを掻き分けながら探している最中、嫌な想像ばかりしてしまう。

 ソラは賢かったので、迷子になるという発想は無かった。否、最初はそれを恐れたのでリードを特注で作ったのだ。ソラを探しながら、俺は自分の馬鹿さ加減に腹が立った。ソラはまだ生まれて数ヶ月の子供だ、山には入って迷わないと考える方がおかしいのだ。ソラに何とか声が届く距離に近づきたいと森の中を駆け巡った。

 無情にも日は傾き始めた――

 ソリには一応夜間にも対応出来る道具は置いてある。俺はこのまま闇の中を照らしながら捜索を続けるか迷った……迷うことなど無かった!!

 俺は森の中を息の切れるまで走り続け……

 ギルドの門をたたいた――
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