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第百十一話 悪食【前編】

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 斬ッッッッ!! 刀に体重を乗せ薙ぎ付ける。小鬼は自分に何が起こったか分からないまま、頭部を失い地面に突っ伏した。まだ温もりの残った小鬼の身体から魔石を抜き取る。その作業を終えたのを見計らったように、ソラが小鬼に近づき美味しそうに食べ出した。

 どうしてこうなったのか……その経緯を話そうと思う。

 最初の頃は薬草狩りの最中、偶然に仕留めた小動物を、山の生活にも慣れ始めたソラに与えていた。ソラはおやつが来たとばかりに、その食料を喜んで食べていた。俺が動物を狩るのを覚えたソラは、どうやら俺より目が良いらしく、獲物を見付けては「ギャース」と鳴いて俺を呼んだ。もちろん鳴き声に気が付いた獲物は逃げ出した。そこでソラは獲物を見付けると、尻尾で俺を叩き知らせる。上手く狩りに成功したときは、然も自分の功績だとドヤ顔を俺に向ける始末だ……。

 近場の狩りなので危険は少なかったが、小鬼が出ない場所でもない。

 初めて小鬼をソラの前で狩ったとき、小動物と同じように、ソラは小鬼に口を付けた。人間から言わせれば、小鬼や中鬼の肉など固すぎて食べられない。そんな固い肉をいとも簡単にバリバリと食べ始める。

 このまま食べさせてもいいものなのか少し不安になったが、よく考えれば小鬼を狩ったとき、討ち捨てた死体は翌日には骨になっていたり、その場所から無くなっていたのを思い出した。野生の生き物から見れば、小鬼も美味しい餌に違いない。なんとなくそれで合点がいってから、小鬼を狩ったときはソラに与え続けた。そう言う訳で、ソラは山で狩った小鬼は完全に食べ物として認識している。

 小鬼をぺろりと食べきったソラが、俺の足を尻尾で叩いた。ソラの目線の先には、兎が草を食べている。(こいつ、まだ食べる気だよ……)俺はソラの合図を無視すると「ギャースギャース」とながら、尻尾で俺に不満をぶつけてきた。

                *      *      *

 薬草を狩った後、市場で買い物を済ませてからギルドに帰るようになった。夕飯の買い物時間をとっくに過ぎているので、市場には閉店の空気が漂って、買い物客もまばらだ。俺はソリを引きながら店を練り歩く。

「おっ! ソラちゃん今日も可愛いね」

 野菜屋の店主がソラに、赤い果物を投げつける。ソラは二本足で立ち上がり、両手を使いそれを受け取った。教えたわけでもないのに、大道芸を身につけていた。

「今日の残り物だ」

 俺は主人から安い野菜を購入する。またソリを引きながら市場を回ると、次々に食料がソラに投げ込まれる。ソラはそれら全てをうまく受け取り「キュキューピー」と愛想を振りまいてた。各店の店員も商売に一段落ついているので、ソラを好意的に迎え入れている。

「「「わーー、ソラちゃんだ」」」

  子供たちがソリを囲み、ソラの周りに集まってきた。

「キュキュキュー」

「あーん! 私にも触らせてよ」

「グキュユ~~」

 ときおり店の子供たちがソラを見付けると、ぺたぺたと触られたりしている。最初は少し嫌がっていたようだが、それも営業の一環なのか怒ることはない。したたかな我が子だ……。

「屑野菜だが持ってかえるかい?」

 気っぷの良いおばさんに呼び止められる。ソラはソリから飛び降り、てててと彼女に近寄り甘え出す。おばちゃんはソラを優しく受け止める。

「うちの子も小さかった頃は、これ位可愛かったんだが」

 そう言って、ソラを抱きながら笑った。

「いつもありがとな!」

 俺は彼女にお礼を言って、ソラをソリに乗せて市場から出る。

 西の空から赤みが消える頃、ソリ一杯に食料が積まれていた――
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