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第百話 不思議な石

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「ふおおおおお」

 湯船の中で細かい泡に包まれ、柔らかい水流が全身を揉みほぐす。こうして一日の疲れをお風呂で癒す。

 拾った青白磁せいはくじの石をお湯につけながら、ゆっくりと眺める。水に濡れると光っているように見える不思議な石だ……。手のひらで転がしていると「コン」という音が石の中から聞こえた。石を耳に当てると、今度は・・・中からひそやかな音がする。

 石ではなく卵じゃないか? 石を湯船に沈めると、コココココと石が湯の中で微妙に揺れていた。風呂から上がり、一人で酒を楽しむ。つまみの横に石を置き、じっと見つめる。

 石からコツコツと音が鳴っていたが、酒を一本空けた頃にはぴたりと音がやんだ。空になった酒瓶を見ながら、流石に二本目は仕事に響くので、飲むのは止めにした。それから酔いの回った俺は、上半身をふらつかせながら寝床に入る。

 意識が溶けそうになると、布団の中からコツコツと音が鳴り出す。どうやら石が音を立てているらしい。最初は気になったが、いつの間にかその音をBGM代わりに、朝までぐっすりと眠った。

 朝食を食べながら、昨日の出来事を振り返る。テーブルに置いてある石は、昨日のような音は全くしなかった。音が激しく鳴ったのは、風呂とベッドの中だった。共通するのは、どちらも石が暖まっていることぐらいか……。

 もしかしたらこの石は卵では――――

 卵という発想が頭から出なかったのは、結構雑に扱っていても、割れなかったからだ。普通の卵なら持ち帰っている途中で割れているはずだ。

 仕事に行くのに、そのまま置いておくのは忍びなくて、腹に卵を当て包帯で落ちないように縛ってみた。自分でも馬鹿なことをしているなと思ってはいる。ダイナ川に行く途中、卵が動く振動がお腹に伝わる。すると卵を暖めたいという変なスイッチが入ってしまった。

 カスミナ草の群生地に近づく。昨日見付けた足跡の本体に、出会わないよう慎重に歩を進める。辺りからは、小鳥のさえずりしか聞こえてこないので、安心して薬草狩りを始めた。腹に包帯を巻いているので、身体が少しだけ暑い。ただ、お腹を叩く赤ちゃんのために我慢した。

 薬草を狩りながら、お腹の卵の正体を想像する。

 もし、鳥の卵なら殻が割れてるので違うはずだ。爬虫類の卵ならそのまま放置していても生まれてくるはずだが、暖めると動き出すので爬虫類とも考えにくい。そこで、この卵は魔獣の可能性が一番高くなる。しかし、俺が知っている魔獣は卵生より胎生のほうがしっくりきた。まあ、どちらにせよ卵の動きが無くなるまで、お母さんは頑張ると決意を新たにする。

 カスミナ草を一つ一つ丁寧に狩り取る。袋に一杯まで杯詰め込んで、銀貨五枚の微妙な仕事だ。今日はもう少し多く狩り取らないと、この仕事をいつまで続けさせられるか分からないので、せっせと手を動かし続ける。銀貨七枚ぐらいになったところで、日が傾く前に仕事を終えた。とりあえず、今日も大型魔獣に出会わずに帰れそうだ……。

                               *       *      *

「お疲れ様です、銀貨七枚になります」

 マリーサさんは素っ気ない態度を取り、銀貨を窓口の前に・・・置いた。今日は何のサービスもなしで、薬草が買い取られた。

「この仕事をいつまで続けるのか?」

 マリーサさんに質問状をたたき付けた。

「もう大丈夫です、この数日おっちゃんが無事・・・・・・・・だった・・・ので、新米冒険者をまとめて送り込みます」

 まったく顔だけの女で嫌になる。もう次の仕事は引き受けないと、心の手帳に書き殴る。

「ご免なさい! 銀貨一枚足りなかったわ」

 そう言って、俺に追加の銀貨を一枚手渡した。こういう隙のないところも……。

 俺は彼女のぬくもりの残った銀貨を握りしめ、併設されているギルドの酒場に足を運ぶ。

「おっ! おっちゃんじゃねーか」

 オットウが俺に声を掛けてきた。

「こんな安酒を飲んでいるんだよ?」

 お酒を飲んで出来上がっている彼の前に、どしりと腰を据えた。

「ちょっと遊びすぎて、金欠だ」

 どれだけ歓楽街でお金を落としたのやら……

「果実酒と串肉五本頼む」

 俺は給仕に注文した。

「果実酒っておこちゃまかよ!」

 その注文を聞いて、ゲラゲラと笑う。

「この数日、ギルドから美味しい仕事が入り、頑張りすぎて甘い物が欲しくなるのよ」

 俺は懐から小袋を出し、小銭をチャラチャラと鳴らした。

「相棒に、あやかりたいぜ!」

「安心しろ、マリーサさんには、ダイナ川のカスミナ草取りにお前を推薦してやったから、指名依頼がすぐ此処に来るわ」

 ブーーーッ、オットウが飲んだ酒を吹き出した。

「あんな、きつくて安い仕事を誰が引き受けるか」 

 それを聞いて、またゲラゲラと笑う、酒飲み同士の不毛な会話が続く――

「少し気になったんだが、おっちゃんの腹が出過ぎと違うか?」

 俺は上着を上げ、包帯を外しながら事の経緯を話す――それを聞いたオットウは、言葉をつまらせ大爆笑した。

「しかし、綺麗な卵だな!」

 そうだろう! 俺は酒を口にしながら、褒められたむすめを優しく撫でた。

「何が生まれるか楽しみだよ」

 生まれるかーーーーーっ!!

 俺たちは安酒を飲みながら一日の仕事を終えた――
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