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第七十一話 大人の|悪戯《あそび》

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 ギルドで薬草を換金していると、後ろから声をかけられた。

「よっ! 貧乏人、今から飲みに行くからお供せよ」

 振り返るとオットウが金貨の入った小袋をチャラチャラ鳴らしながら、にやけ顔で立っていた。奴とはよく飲みに行くが、奢って貰ったことは一度もない。

「小娘を連れているから、ちょっと待っていてくれ」

 俺はギルドの外へと出ていく。

「テトラ、待たせたな……すまないが飲みに誘われたので一人で帰れるな、飯は作れないので帰り道に何か買って食べてくれ」

 少しふくれっ面な顔をしたが、納得はしてくれたようだ……。

「家に帰って何か食べるよ」

 俺は彼女に銀貨を一枚握らせて、もう一度ギルドに戻った。
 
 ギルドの横に併設されている酒場に向かう。

「今日はこんなちんけな酒場で夜を過ごすつもりはない」

 お大尽様は豪気であった――

 ギルドの前の大通りを一本外れた路地に歓楽街がある。五、六メートルほどの狭い道幅には、小さな飲み屋や妖しげな風俗店が所狭しと立ち並ぶ。路地にはあふれるほどの酔っぱらいが闊歩する。

 数歩前に進むたびに邪魔な客引きが寄ってくる。新人冒険者が歩こうものなら、ケツの穴の毛までむしり取られるに違いない。香水や店先で焼く肉の匂いが辺りに充満する。手招く女や妖しげな看板に釣られた冒険者達は夜の店に消えていく。        

 オットウはそんな沢山のトラップを簡単にかいくぐり、ある一軒の酒場に入る。店内には柄の悪そうな冒険者や、通りで見かけた行儀の悪い酔客は一人もいなかった。狭いテーブルの椅子に腰を下ろすと、薄化粧をした女給が注文を取りに来る。オットウに全て任し俺は店内をキョロキョロ見回す。

「店選びだけはS級の冒険者だな」

「ちげーねえ」

 ゲヒヒと大声で笑う。

 日本の居酒屋と同じく、飲み物を注文したら直ぐに女給が運んできた。彼女は笑顔で持ってきた酒入りのグラスを丁寧に机の上に置いた。

「食べ物はもう少し待っていて下さいね」

 好感度は百パーセントを超えた。

「ご機嫌すぎる店じゃないか!!」

「先日見付けた穴場よ! 料理も期待していいぜ」

 性格や生き様は屑だが、夜の店を見付ける嗅覚だけは非凡と言うしかない。

「先日は悪かったな……いらない金を使わせちまった」

 言葉とは裏腹に全く誠意を感じない。

「確かにといいたいが、あれは俺の自己満足だ」

「そう言ってくれると今日の酒は旨くなるぜ」

「「旨い酒に乾杯!!」」
  
  日本の家庭料理のような、芋煮やお浸しが並び酒が進む。

「相棒、実はお願いがあるんだ……」

 やはりただ酒には罠があった。俺は顔をくしゃっと崩してオットウの目を覗く。

「そんな面倒なことではない! ち、知恵を貸して欲しいだけだ」

「話しを聞くだけ聞いてやる」

 俺は渋々、奴の話に耳を傾けた。

「最近入れ込んでいる女がいるんだが、ケツも触らす気配さえ見せないのよ。胸を揉んでも良い店だぜ! かなり金を落としたが、びくともしない女なのよ。付き合うのは完全に諦めたが、納得してその店を卒業したい」

 要約すれば女に某かの復讐をして、店とは縁をきっぱり切りたいと言うことである。

 オットウはS級の屑である――

 俺は彼に知恵を授けその店に向かうことにした。
 
                                 *     *     *

 俺はオットウと一緒に店に入った。

「また、オットウさん来てくれたんだ」

 美人の商売女が彼の腕に手を回し、俺らを空いたテーブルに案内した。店内には冒険者と女達の会話で埋め尽くされている。

「すぐにアスナちゃんを呼んでくるから」

 俺たち二人にお酒をついで、そそくさとテーブルを去って行った。

 お待たせしましたとぺこりと頭を下げ、オットウの横にアスナ嬢は座った。流石オットウがひいきにしていた女性は綺麗だった。俺の横には先ほどの嬢が座り接客してくれている。

 オットウは何度か彼女の手を触ろうとするが、サラリとかわされていた。俺の方の相方は、セクハラを簡単に受け入れてくれるので酒が旨い!

「で、ボーッとしてたら中鬼に組み敷きられ、あわや森の土になりかけたのよ! そこで懐から金貨入った小袋を泣きながら渡して許して貰った」

「俺もそれ見て吹き出したよ! 言葉の通じない魔獣が金貨使うんだぜ」

「嘘だぁ! 鬼がお金なんか使わないの知ってるし」

 自虐ネタを連発し場を和ませる。冒険者は自慢話をする方が多いので、彼女たちに好印象を持って貰えた。もちろん酒は頼んでの話だが……。

「お姉さん、つまみのグリッツお願いね」

 グリッツを乗せたお皿が来る。俺は鉛筆のような細長い焼き菓子をポリポリと食べた。

「この菓子は安くて酒に合うんだよね」

 オットウもそれを旨そうに食べた。

「知ってるか? 俺の故郷でこのお菓子を使ってやる、凄く人気のあるゲームがあるんだ」

「何それぇ~~」

 話に乗ってくれたアスナ嬢にグリッツの先を咥えさせる。

「ふたりそれぞれがグリッツの両端をくわえて食べ始め、グリッツをより短くしたペアの勝ち。かんたんなあそび・・・・・・・・でしょ」

 俺は直ぐに反対のグリッツを咥えた。ここでオットウが良いノリでスタートと開始の合図を告げる。

 最初は戸惑っていた彼女だが、直ぐにこのゲームの意図を理解して食べ進む。お互い棒の長さを意識しながらカプカプカプと食べ、俺はわざと恥ずかしそうな顔を作ってグリッツから口を離す。

「じゃあ、次はアスナちゃんペアの番」

 俺はここで最初の策略を繰り出す。テーブルの下から銀貨数枚をリリカ嬢に手渡す。彼女は直ぐにその企みを汲み、グリッツをアスナ嬢に咥えさせ、オットウとグリッツゲームをはじめた。

 ゲスの彼はもちろん容赦なくグリッツを食べ勧め、彼女はすぐに口を離す。もちろん負けである。負けた方に酒を飲ませる。

 「ハイ、二回戦!」 

 さらに陰で銀貨を積みゲームを勧める。俺を良い客だと認識したリリカ嬢も、乗りよくこの遊びを楽しむ。

 俺たちのゲームを横で見ていた冒険者達が、次々とグリッツを頼みゲームを始めた。店内は初めて経験したこの大人の悪戯あそびに大受け。

 もうこのゲームを断れないところに、アスナ嬢を俺たちは追いっめた。

  もちろん最後にオットウは、彼女の唇を美味しく頂きました。

 グリッツゲームは夜の町で大旋風を巻き起こし、このおつまみの値段はどの店でも数倍に跳ね上がることになる(プレイ料金込み)。
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