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第七十話 高枕安眠 

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 テトラが魔法を習いに行く日以外は、俺の仕事についてくる事が多い。彼女は素人だが魔法を使えるので守る必要はない。俺の横で遊んでいても、それほど邪魔には感じなかった。俺が薬草を狩っていると、見よう見まねで手伝いをする。暇潰しになっているらしく、家にひとり置いていくより安心出来た。時折現れる小鬼や中鬼も、魔法で狩れるので頼もしい相棒だ。

「あった……ここにもあった! これも薬草だよね」

「そうだ良くみつけたな! もう少し根の上で摘み取れば完璧だ。根を残すと、切った先からまた葉が生えてくるからな」

「そうなんだ! 」

 そう言って、彼女は自慢げに自分の集めた薬草を俺に見せる。

「この十倍は狩り取らないと、銀貨一枚には届かないぞ」

「ふへぇ~、それじゃあこの一帯の草を、全部摘まなければいけないじゃないの」

「そうだな、俺みたいなベテランになれば、こいつみたいな銅貨3枚で買い取って貰える薬草を見付ける」

 テトラの前でその植物をヒラヒラさせた。

「この葉が薬草なんて聞いていないわ」

 鼻をぷくっと膨らませてプリプリ怒る。

「そりゃそうさ……今日初めて見付けた薬草だからな」

「あ~ん、その草なんて何処にあるのよ!」

「簡単に取れないから高いんだぞ」

「そんなの分かっているの!!」

 俺は彼女の横にしゃがみ込み、先ほど見せた薬草を彼女の目の前からヒョイヒョイと摘みとった。

「目の前に二つもあるじゃねえか」

 いやらしく笑い、自分の袋に狩り取った薬草を詰めこんた。

「狡い、狡いよ。それは私が狩るはずだった薬草でしょう!」

「そんなもの、見付けたもん勝ちに決まってるだろ」

「返してよ~それ私の稼ぎなんだから」

 無理矢理、俺の袋から薬草の束を抜き出し自分の袋に詰めた。

 なんだこの茶番劇は!? もうひとりの俺が自分に突っ込んだ。

 そんな油断が一つの悲劇を生む――

「ウワワワワ!! ヤ、ヤバイ」

 突然現れた中鬼に組み敷かれ、なんとか長刀の柄で噛みつかれないように必死に藻掻いている。助けてとばかりにテトラのいる方へ首を向けると、彼女は夢中で薬草を摘んでいて気付いていない。死にものぐるいで蹴りを入れると上手く中鬼の腹に入り、中鬼は甲高い叫び声を上げた。

「おっちゃん! 」

 ようやくこの惨状に気づいたテトラが、中鬼に風魔法を慌てて撃ち放った。中鬼は身体から血を流して膝から崩れ落ちる。俺は中鬼の頭に薙刀を振り下ろすと、『どん』と音を立てて中鬼は地面に突っ伏して倒れた。

 俺は難を逃れた。彼女が警戒していると高を括り、薬草を狩っていたらこの様である。

「助かったぜ」

「おっちゃん、ごめんなさい」

「お前が謝ることはない、完全に俺の失敗だ。もしもテトラが先に襲われていたら目も当てられなかった」

  彼女の謝罪を柔らかに否定した。
                           
 冒険者として中鬼ぐらいは簡単に追い払える位の実力は付けていたので、完全に警戒を疎かにしていた。もしこの襲撃が集団だったら、森の養分になったのは中鬼ではなく俺たちであった……。

 時計の針を巻き戻す――

 中鬼は弱そうな人間を二頭見つけた。完全に無防備な状態で草を摘んでいる。仲間を呼びに戻ろうと考えたが、獲物を独り占めする方を選んだ。そっと近寄り襲いかかると、おもいの他人間の反応が早い。組み敷いたのはいいが、牙を首にねじ込むことが出来なかった。

 力押しで潰そうとしたが、棒で抵抗されて上手くいかない。そこに突然、己の腹に蹴りが入り悶絶した……。少し人間との距離をとった瞬間、不思議な風に前進が巻かれ身体から血が噴き出した。

 何が起こったのか分からないままに、身体から力が徐々に抜け立てなくなる。口いっぱいに土の味が広がるり、命が消えていくのが分かった……

 中鬼は薙刀を脳天に叩き落され、血の海に沈んだ。

 油断が生んだ中鬼の悲劇――
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