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第六十七話 愚者【後編】

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「リーダー、お耳に入れたいことがありやす」

 そう言って、オットウはコブクロに歩み寄った。

「明日じゃいけないのか?」

「おっちゃんの野郎がエルフを買いたいそうで……」

「フハハ! 冗談か」

「いいやマジ話っすよ」

 オットウは、きっぱりと言い切った。

「あんなみすぼらしい奴が払える金額じゃねえつぅーの。それが解らないほど耄碌しちまったのか」

「あいつはそれなりに金を持ってます……ブルーウルフを一人で狩ってきたのは奴ですぜ」

「あの宴会のブルーウルフか!?」

 そういってコブクロは重そうにしていた腰を上げた。

 焚き火はもう残り火となり、相手の顔がはっきり見えなくなっている。

「急に呼び出して悪かった……早速だが用件はもう聞いてるだろう」
 
「ああ、エルフを買いたいそうだな」

「 幾らだ?」

「金貨500枚は堅いので幾ら積むつもりだ」

 質問を質問で返してきた……

「金貨二百五十枚!」

 コブクロの頬が、ひくっと引きつった。

「話にならん!!」

 おっちゃんに向けて、子犬でも追い払うように手を振り腰を上げる。

「まあ、話を聞け。虎の爪に魔人をさばくルートなんて持ってないだろ。エルフを持って帰って闇に流したところで、叩かれて金貨250枚が関の山だ。しかも、奴隷売買が禁止になっている以上、後からいらない仕事をわんさかもってこられるぜ」

 すると、コブクロは少し困った顔になった。

「で、金貨300枚だ!」

「いやいやどう見積もっても少なすぎるぜ」

魔人の売買は禁止なんだろ・・・・・・・・・・・・でも俺は知ってしまった・・・・・・・

「俺たちを売るって言うのか」

 俺は彼の目をじっと覗き込み、獰猛な笑みを浮かべる。

「金貨320枚だ……裏社会でこの金額以上でさばけると思うか?」

「嫌なとこを付いてくる奴だな……持ってけ豚野郎」

 いかにも渋々と言った様子で了承し、俺たちは誓いの握手をした。

「どうやら上手くいったようだな、この色男! 女三人侍らしてエルフの嫁ときたもんだ」

 暗がりから、ぬらりとオットウが姿を現す。

「モテる男はつらいぜ」

「で、何故あのエルフを買ったのよ? 趣味が違いすぎるよな…… 顔はピカイチだが胸がでかくなる頃には、お前さんのチ○ポは使えなくなっているはずだぜ」

「バカ抜かせ! 俺は死ぬまで現役だよ」

「そうしといてやる」

 寝床に帰るオットウの背中を見ながら、故郷に残してきた妹に少し似ていたからとは、恥ずかしすぎて言えるはずもなかった。 
   
                                  *      *      *

 夜明け前に起床して辺りが明るくなるのをじりじりと待ち、パーティが出立するだいぶ前にギャロからエルフを受け取る。

「こんなおっさんが……」

 声を失う。『ざまあ』と彼の顔を、下からなめるように覗き込み煽ってやった。銀貨一枚分はすっきりした。

 彼女の足枷を外し耳元で

「悪いようにはしないから、今日一日俺に付き合ってくれ」

 俺は懐から飴を取り出し。彼女の口に放り込み猿轡を噛ます。彼女のほほが少し赤くなった。

 色々な死亡フラグは立てたがドラマの神様は降臨することなく、夕暮れ前には無事にタリアの町に全員が無事に着いた。ギルドで大金をおろして、コブクロに金貨の詰まった袋を手渡した。じゃらじゃら音を出しながら金貨を積み上げていく。

「オットウに酒を奢れよと伝えてくれ」

 他に言いたいことが山ほどあったが、これ以上ケチが付くのも嫌なので言葉を飲み込んだ。

「ちょい待ちッ! 金貨が一枚足りないぜ」

「はあ? ポーション代を忘れたのかよ……しかも、まけてやっているのにお礼も無しときたもんだ」

「しっかりした奴だな」

「しっかりしてるからこそ、エルフが買えんだよ」

 コブクロは苦笑して俺を見送る。

「待たせたな……家に帰るとするか」

 エルフの猿ぐつわと手枷を外し帰路につく。彼女は全てが珍しい世界に目をキョロキョロと動かし、周囲を見回している。まだ会話の一つもしていないことに気が付く……。今の状況は完全に援交親父だと首をすくめる。
       
「俺の名は静岡音茶だ、ここではオッチャンで名が通っている」

「私はゴニョゴニョ……テトラ」

 聞かれたくない家名があるのか……

「お前が捕まった人間から大枚をはたいて買ったが、何もしないから安心しろ。普通なら奴隷紋を無理にでも付ける事から察してくれ」

 奴隷紋など完全な憶測だが、魔法がある以上信じるだろう。
 
「ここでテトラを解放しても良いが……ちなみにこの地は人間の支配するタリアという町だ」

「私……捕まるの?」

 彼女は不安そうな顔をして俺の指示に従う。

「魔人との交流はほぼ無いと言ってもいいので、ここで観光するのは勧められんよな」

 その一言で、エルフは押し黙り下を向く。

「とりあえずうちに来ることでいいか」

「う、うん……」

 俺の目をそらしながら弱々しく頷ずいた。

 これ以上の会話は続かなくなり、もう完全に日が傾いた道を二人で歩く。商業地からやがて住民が住む地区に景色が代わる。こじんまりとした一軒家――我が家が見えてきた。部屋に光はともっていないが「ただいま」といつもの癖で玄関に入る。その行為が可笑しく感じたのかテトラがクスクス笑った。

「ここで靴を脱いで入ってくれ」

 彼女は不思議そうな顔をして俺の指示に従う。

「人間は部屋に入るとき靴を脱ぐんだ」

「いや、俺の故郷の理だよ……」

 俺は出立前に水を張ったお風呂の火を付け、彼女をリビングに招く。腰を落ち着けた瞬間、今まで溜めていた疲れが床に溶け込む。少し落ち着いたところで彼女が捕まるまでの経緯を聞くことにした。

 彼女曰く、家から騎馬を持ち出し国を飛び出したまではよかったが旅路の最中、馬(太い四本足で歩くサイのような無骨な動物、馬の数倍の脚力を持つ)が暴走してしまう。止めるすべもなく半日以上暴走は続き、鞍から振り落とされた。馬は荷物を積んだまま逃げ去り、彼女は腰からぶら下げた鞄一つで数日森を彷徨った先で人間に遭遇したことを語った。

「それは災難だったな……」

 もう少し話を続けようと――『ググー』腹の虫がなる。

 テトラのお腹から……真っ赤な顔になった彼女は俺が悪かったかのように、憎しみを浮かべ睨んでくる。

「飯の準備するから、風呂に入ってこい」

 俺は彼女を無理矢理立たせて、背中を押しながら風呂場に急かす。風呂に入ったのを確認して、俺の下着とタオルを彼女の薄汚れた服の横に並べた。

「赤いキャップの整髪料だけは絶対使うなよ! 他の石鹸などは自由に使ってくれ」
 
 『う~ん』という返事とも溜息とも思える声が中から帰ってきた。風呂から出た瞬間、ラッキースケベを装えばよかったと、もう一人の黒い羽の生えた俺が囁いた。

 ギルドの居酒屋で買った出来合いの料理と飲み物を、リビングに並べ食事の準備をする。いつもはテーブルで椅子に座ってゆったりと食事をとるが、何となく床の方が二人の距離が縮まるかと思い選択した。ゴロリと床に寝転び身体を休めていると、俺の前に天使が降臨した。

 月一でくる、こまっしゃくれたエルフは見慣れていたが、成長したエルフを見たのは初めてのことだった。乾ききっていない金色の髪から滴が濡れていて、白い透き通った汗ばんだ肌がほんのり赤く染まっている。その顔立ちは完全に人形のように完全に整い、青の中に薄く緑ががった目で俺を見つめた生き物は、想像する天使に他ならなかった。

 それは性的な意味ではなく、客観的にエルフという造形を見て震えた。

「なに見てんのよ」と言われないように、そくさくとリビングから去って風呂場にいった。俺は湯船につかりながら金貨の使い道を間違っていたことに改めて後悔する。あのとき彼女に会っていなければこんな事にはならなかったと……。それでもあのとき俺は・・・・と被って見えたんだよ。言い訳がましく頭を湯の底に沈め大人買いに反省した。

 リビングに並べた料理が次々に消えていく。かなり多めに買ったつもりだが、俺の取り分を確保しないと全部食べられそうな勢いだ。よく考えればテトラが食事にありつけたのは一週間以上前のことでありほんのすこし涙が出た。

「いつもの倍以上食べられるだろ」

「えっ!? いつもこんなものだけどおかしかった?」

 俺は明日からのエンゲル係数に恐怖した――
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