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第六十六話 愚者【前編】
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ソリを引きながら森に入るのは何時ぶりだろうか……冒険者は呟きながら、ため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるので上を向いてみた。上空にはドラゴンが気持ちよさそうに飛んでいる。地上からジェット機を見るぐらいのサイズで、ドラゴンが飛行している姿は数度見たことがある。大きさや鱗がはっきりと確認できるほど、低空飛行で飛んでいるのを見たのは今回が初めてだ。
魔の森の上空を二十メートルサイズの巨大な魔物が、数匹も旋回している姿は圧巻の一言に尽きる。あの身体を支えて飛ぶ翼はいかにもドラゴンに相応しいが、実際に目にすると航空力学的に釣り合わない感じがした。
優々と飛ぶドラゴンを見て、この冒険が成功しますようにと祈りを捧げる。何故なら今回の行程は、三日ほど森を潜らないと群生地に着かない……少し遠い距離の薬草を狩るためだ。
縁起物のお陰で森を歩いて三日の朝まで、一匹の小鬼にさえ出会わずに、群生地の近くまで安全に付くことが出来た。寝床をたたみ干し肉と焼き菓子を腹に詰め、今日の収穫を思い浮かべ出立。これだけ深く潜ると獣道以外は、草木が広がり前が見えないことも多いので慎重に進む。前方の草が不自然に揺らぐ。小さな物音が微かに聞こえ、俺はソリから手を離し長刀を握り直す。
目の前でガサガサと草が押しつぶされる音が静かな森に響く。俺は刀を構えた人間と鉢合わせした。
六人ほどの集団とにらみ合いが続く。
「おっちゃんじゃねーか!」
突然、高い声で俺の名を呼ぶ――オットウが居た。
「見た目は悪いが俺の友人だわ」
場の空気がその一言で緩和する。
「盗賊に友達なんぞいないぞ」
軽口を交わすと、向こうの冒険者がクスクスと笑った。
「この虎の牙を率いているリーダーのコブクロだ」
「静岡音茶だ。ギルドではおっちゃんで通っている」
お互いに挨拶を交わす。
「会って早々悪いが、ポーションを分けちゃくれねーか」
彼らを見るとメンバー全員が、かなり負傷している。俺は袋から数本のポーションを出してコブクロに手渡した。
「助かったよ、でもこれだけじゃ足りない 」
俺は薙刀を握りしめ彼らを睨みつけた。
「す、すまない言い方を間違えた」
「悪いが俺も仕事があるので、これ以上譲歩する気はない」
怒気を含んだ声で答える。彼は一歩後退しながら
「そこなんだが……俺らをよく見てくれ」
そう言ってコブクロは一人の男を指した。その指の先には金髪の女性が、猿ぐつわを噛まされ紐で結ばれていた。
「エルフだな!?」
「ああ、エルフを取っ捕まえた…… で、お前さんはここで仕事を続けて良いのか?」
暗にエルフを探しに来る可能性のある地で、仕事が出来るのかと言い放している。
「チッ!! こいつは五倍だ」
俺は盛大に舌打ちを洩らしながら、懐から上級ポーションと袋に残った低級ポーションを全て彼らに配った。現地で冒険者の物の貸し借りは通常二、三倍のお礼が常識。これは知り合いというのが大前提で、普通にポーションを渡してハイありがとうと安心出来る世界ではない。
「すまんの! 相棒」
いつから俺の相方になったか知らないが、オットウが申し訳なさそうに謝った。
「恩に着るぞ! タリアまで無事に帰りたいので、詳しいことは道すがら話す」
悲しいかな自分で作った道を、彼らと共にトンボ返りすることになった。俺は上を向きながら縁起物ではなく、疫病神に祈っちまったと後悔した。
森でオットウ達が大型野獣を狙いにいったその先で、偶然エルフを捕まえたという。エルフがふらふらと森の中を歩いていたので捕獲を決め、まだかなり幼生の個体だと油断して網を張ったが、強力な魔法の反撃にあい怪我を負ったそうだ。ただ、魔法攻撃が続かなかったのが幸いして、数の力で押し込んだ。
高ランクでもない虎の牙パーティーが、エルフを捕獲したとは信じられない話だと思ったが、彼の話を聞いて納得した。
「一人、金貨五十は堅いでしょ~」
オットウは悪びれることもなく、いやらしい笑みを浮かべる。
「あやかりたいね……魔人売買は禁止されてるのに、上手くことが運ぶのか?」
「そこよな……闇商売とは無縁だから、リーダーの腕次第だな」
俺たちはゲスな話をしながら足を速める。小さな休憩は取るものの、昼食を抜いて森を駆け抜ける。日が傾き始めた頃、ようやく野営の準備をする。オットウがおっちゃんの料理はいける、などとほざいたので嫌々ながら料理番をした。六人もいれば簡単に小動物と野草ならすぐ狩れる。俺は肉の塊を受け取り、小さく切りそろえて鍋に入れる。火加減を調整しながら、塩と香辛料を鍋にぶち込む。八人で食うには少々足りない気がするが、各々が持っている保存食と合わせれば十分だろう。
俺は出来たての肉入りスープをメンバーに配る。エルフを運んでいる男には、カップにスープを注いで二つ手渡す。『美味しいじゃね―か』という声がちらほら聞こえるのでドヤ顔をしている俺に、オットウがツンデレ冒険者と茶化して場を和らげる。良い感じの空気が流れたとき、突然カラリと音が鳴った。
音の先を見ると、エルフを面倒見ていたギャロと呼ばれる青年が、彼女に食べさすはずだったカップを地面に落としたらしい。
「突然エルフが暴れるから!」
男は然もエルフのせいで、料理が台無しになった体をとる。俺は波風をここで立てる必要もないので我慢する。ただ、無理矢理に彼女を引いているので、明日の行程に支障がなければいいのだが……と、自分の身の安全だけ心配した。
* * *
まだ辺りが薄明かりの状態で、テントをたたみ出立する。オットウもそれなりに長く冒険者として生きているので、この迅速な行動を見て無事に帰れそうだと予感させる。
懐から干し肉を出しクチャクチャ噛みしめていると、手を出す奴がいたからくれてやる。
「げっ!! これ木片じゃねーか!!」
唾を吐きながらプリプリ怒る奴がいたので、今度は本当の干し肉を手渡した。最初は手に持った干し肉を、胡散臭そうな顔をして鼻に当て、臭いをかぎながら口に入れる。
「果たしてそれは、肉なのでしょうか?」
不敵に笑ったら、悲しそうな顔を返したのですぐに謝った。
本当の干し肉です――
昨日と同じように、小休憩を取りながら一行は藪を掻き分け前に進む。一つ違うのは、俺の耳にエルフの声が届くのだ。両手を拘束されながら随行させられている彼女が、時折、腹や顔を強く小突かれている。悲痛に歪む顔を見ていられない。
エルフは休憩の合間も水をあまり与えられておらず、疲労で身体がぐらついていた。あまりの扱いに見かねた俺は、オットウを通してコブクロに伝えたが、彼の陰湿な攻撃は続いていた。問答無用とばかりにギャロの手から、彼女を奪い取りそうになった。
俺は我慢できずに休憩の合間、傷付いたエルフに水と焼き菓子を与える。ギャロは腐った目で俺を睨みつけてきたが、『ああーん』と軽く凄んだら目をそらし俯いた。水を与えられたエルフは、おじさん素敵なハート目どころか、憎しみのこもった眼で睨まれ目をそらした。その一連のやりとりを見ていたオットウは、腹を抱えて笑っていた。
道を進むにつれ見慣れた風景が増えてくる。昼食を二回抜いて進んだ結果、明日の夜にはこの森を抜ける目処が立つ。二回目の野営地では、中型野獣を仕留めて帰ってくる余裕が出来た。俺もフラストレーションがかなり溜まっていたので、塩と香辛料を大盤振る舞いして料理を仕上げた。小さな焚き火の前で、食事と冒険者自慢を各々が語る静かな宴会が始まる。
酒が入っていないのに、何故か一体感が生まれ良い感じの時間が流れていたが――
突然『ゲホッ、ゴホッ』吐瀉する音が森に響いた。
「ギャロ―やめねーか! 商品に傷をつけんな」
流石にコブクロもブチ切れ、ギャロを叩いた。ギャロと呼ばれた青年は、どろりとした目をリーダーに向けながらぼそぼそとした声で謝った。オットウが俺の耳元で
「あいつエルフに指先を二本飛ばされたのよ……」
「二本で金貨五十枚ってお釣りが出らぁ」
「だなぁ」
場は完全に白けてしまい解散の運びとなる。
「オットウすまんがエルフを買いたいので、リーダーに話しをつけてくれ!」
彼は目を丸くしながら、呆れ半分の表情で俺を見つめる。
「お、おう」
今し方、席を立ったコブクロを追いかけていった。
魔の森の上空を二十メートルサイズの巨大な魔物が、数匹も旋回している姿は圧巻の一言に尽きる。あの身体を支えて飛ぶ翼はいかにもドラゴンに相応しいが、実際に目にすると航空力学的に釣り合わない感じがした。
優々と飛ぶドラゴンを見て、この冒険が成功しますようにと祈りを捧げる。何故なら今回の行程は、三日ほど森を潜らないと群生地に着かない……少し遠い距離の薬草を狩るためだ。
縁起物のお陰で森を歩いて三日の朝まで、一匹の小鬼にさえ出会わずに、群生地の近くまで安全に付くことが出来た。寝床をたたみ干し肉と焼き菓子を腹に詰め、今日の収穫を思い浮かべ出立。これだけ深く潜ると獣道以外は、草木が広がり前が見えないことも多いので慎重に進む。前方の草が不自然に揺らぐ。小さな物音が微かに聞こえ、俺はソリから手を離し長刀を握り直す。
目の前でガサガサと草が押しつぶされる音が静かな森に響く。俺は刀を構えた人間と鉢合わせした。
六人ほどの集団とにらみ合いが続く。
「おっちゃんじゃねーか!」
突然、高い声で俺の名を呼ぶ――オットウが居た。
「見た目は悪いが俺の友人だわ」
場の空気がその一言で緩和する。
「盗賊に友達なんぞいないぞ」
軽口を交わすと、向こうの冒険者がクスクスと笑った。
「この虎の牙を率いているリーダーのコブクロだ」
「静岡音茶だ。ギルドではおっちゃんで通っている」
お互いに挨拶を交わす。
「会って早々悪いが、ポーションを分けちゃくれねーか」
彼らを見るとメンバー全員が、かなり負傷している。俺は袋から数本のポーションを出してコブクロに手渡した。
「助かったよ、でもこれだけじゃ足りない 」
俺は薙刀を握りしめ彼らを睨みつけた。
「す、すまない言い方を間違えた」
「悪いが俺も仕事があるので、これ以上譲歩する気はない」
怒気を含んだ声で答える。彼は一歩後退しながら
「そこなんだが……俺らをよく見てくれ」
そう言ってコブクロは一人の男を指した。その指の先には金髪の女性が、猿ぐつわを噛まされ紐で結ばれていた。
「エルフだな!?」
「ああ、エルフを取っ捕まえた…… で、お前さんはここで仕事を続けて良いのか?」
暗にエルフを探しに来る可能性のある地で、仕事が出来るのかと言い放している。
「チッ!! こいつは五倍だ」
俺は盛大に舌打ちを洩らしながら、懐から上級ポーションと袋に残った低級ポーションを全て彼らに配った。現地で冒険者の物の貸し借りは通常二、三倍のお礼が常識。これは知り合いというのが大前提で、普通にポーションを渡してハイありがとうと安心出来る世界ではない。
「すまんの! 相棒」
いつから俺の相方になったか知らないが、オットウが申し訳なさそうに謝った。
「恩に着るぞ! タリアまで無事に帰りたいので、詳しいことは道すがら話す」
悲しいかな自分で作った道を、彼らと共にトンボ返りすることになった。俺は上を向きながら縁起物ではなく、疫病神に祈っちまったと後悔した。
森でオットウ達が大型野獣を狙いにいったその先で、偶然エルフを捕まえたという。エルフがふらふらと森の中を歩いていたので捕獲を決め、まだかなり幼生の個体だと油断して網を張ったが、強力な魔法の反撃にあい怪我を負ったそうだ。ただ、魔法攻撃が続かなかったのが幸いして、数の力で押し込んだ。
高ランクでもない虎の牙パーティーが、エルフを捕獲したとは信じられない話だと思ったが、彼の話を聞いて納得した。
「一人、金貨五十は堅いでしょ~」
オットウは悪びれることもなく、いやらしい笑みを浮かべる。
「あやかりたいね……魔人売買は禁止されてるのに、上手くことが運ぶのか?」
「そこよな……闇商売とは無縁だから、リーダーの腕次第だな」
俺たちはゲスな話をしながら足を速める。小さな休憩は取るものの、昼食を抜いて森を駆け抜ける。日が傾き始めた頃、ようやく野営の準備をする。オットウがおっちゃんの料理はいける、などとほざいたので嫌々ながら料理番をした。六人もいれば簡単に小動物と野草ならすぐ狩れる。俺は肉の塊を受け取り、小さく切りそろえて鍋に入れる。火加減を調整しながら、塩と香辛料を鍋にぶち込む。八人で食うには少々足りない気がするが、各々が持っている保存食と合わせれば十分だろう。
俺は出来たての肉入りスープをメンバーに配る。エルフを運んでいる男には、カップにスープを注いで二つ手渡す。『美味しいじゃね―か』という声がちらほら聞こえるのでドヤ顔をしている俺に、オットウがツンデレ冒険者と茶化して場を和らげる。良い感じの空気が流れたとき、突然カラリと音が鳴った。
音の先を見ると、エルフを面倒見ていたギャロと呼ばれる青年が、彼女に食べさすはずだったカップを地面に落としたらしい。
「突然エルフが暴れるから!」
男は然もエルフのせいで、料理が台無しになった体をとる。俺は波風をここで立てる必要もないので我慢する。ただ、無理矢理に彼女を引いているので、明日の行程に支障がなければいいのだが……と、自分の身の安全だけ心配した。
* * *
まだ辺りが薄明かりの状態で、テントをたたみ出立する。オットウもそれなりに長く冒険者として生きているので、この迅速な行動を見て無事に帰れそうだと予感させる。
懐から干し肉を出しクチャクチャ噛みしめていると、手を出す奴がいたからくれてやる。
「げっ!! これ木片じゃねーか!!」
唾を吐きながらプリプリ怒る奴がいたので、今度は本当の干し肉を手渡した。最初は手に持った干し肉を、胡散臭そうな顔をして鼻に当て、臭いをかぎながら口に入れる。
「果たしてそれは、肉なのでしょうか?」
不敵に笑ったら、悲しそうな顔を返したのですぐに謝った。
本当の干し肉です――
昨日と同じように、小休憩を取りながら一行は藪を掻き分け前に進む。一つ違うのは、俺の耳にエルフの声が届くのだ。両手を拘束されながら随行させられている彼女が、時折、腹や顔を強く小突かれている。悲痛に歪む顔を見ていられない。
エルフは休憩の合間も水をあまり与えられておらず、疲労で身体がぐらついていた。あまりの扱いに見かねた俺は、オットウを通してコブクロに伝えたが、彼の陰湿な攻撃は続いていた。問答無用とばかりにギャロの手から、彼女を奪い取りそうになった。
俺は我慢できずに休憩の合間、傷付いたエルフに水と焼き菓子を与える。ギャロは腐った目で俺を睨みつけてきたが、『ああーん』と軽く凄んだら目をそらし俯いた。水を与えられたエルフは、おじさん素敵なハート目どころか、憎しみのこもった眼で睨まれ目をそらした。その一連のやりとりを見ていたオットウは、腹を抱えて笑っていた。
道を進むにつれ見慣れた風景が増えてくる。昼食を二回抜いて進んだ結果、明日の夜にはこの森を抜ける目処が立つ。二回目の野営地では、中型野獣を仕留めて帰ってくる余裕が出来た。俺もフラストレーションがかなり溜まっていたので、塩と香辛料を大盤振る舞いして料理を仕上げた。小さな焚き火の前で、食事と冒険者自慢を各々が語る静かな宴会が始まる。
酒が入っていないのに、何故か一体感が生まれ良い感じの時間が流れていたが――
突然『ゲホッ、ゴホッ』吐瀉する音が森に響いた。
「ギャロ―やめねーか! 商品に傷をつけんな」
流石にコブクロもブチ切れ、ギャロを叩いた。ギャロと呼ばれた青年は、どろりとした目をリーダーに向けながらぼそぼそとした声で謝った。オットウが俺の耳元で
「あいつエルフに指先を二本飛ばされたのよ……」
「二本で金貨五十枚ってお釣りが出らぁ」
「だなぁ」
場は完全に白けてしまい解散の運びとなる。
「オットウすまんがエルフを買いたいので、リーダーに話しをつけてくれ!」
彼は目を丸くしながら、呆れ半分の表情で俺を見つめる。
「お、おう」
今し方、席を立ったコブクロを追いかけていった。
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